「砕かれた鋼鉄」(2011/06/05 (日) 04:32:12) の最新版変更点
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*砕かれた鋼鉄
イコマにある寂れた商店街。
いや、殺し合いの舞台となった事で寂れさせられた商店街。
そこを歩く一人の男がいた。
王者がつけるような真紅のマント。
そして防御性よりも動きやすさを重視した、肩当と胸当と篭手だけの最低限の防具。
高級品なのだろう金色のそれは、使い込まれているのかそこかしこに傷が浮かんでいた。
大事にその防具を使っているのだと一目で分かり、金色の輝きも嫌味には映らない。
そしてやはり金色の柄をした使い込まれた一振りの大剣。
どう見てもこんな寂れた場所に似合わぬその高貴そうな外見の男、ヒューズ・バレッタは、
普段の自信がなりを潜めたように顔を俯け、落ち込んだ表情でトボトボと歩いており、
草臥れたその姿は異様にこの下町とマッチしていた。
「エリーゼ……僕はどうしたらいいんだ!」
『殺し合い』なんていう非人道的な事に巻き込まれたヒューズは苦悩の声をあげる。
確かにヒューズは傲慢で小憎たらしい所もある。
しかしあくまでもそれはひねくれているだけ。
決して悪を悪とも思わぬ極悪人というわけではない。
モンスターの命なら容易く刈り取って見せるだろう。
冒険実習でも何度となく行ってきた事なのだから。
サバイバル形式のただの試合だというなら望んで参加するだろう。
一流の力を見せ付けるいいチャンスなのだから。
だが、これはそんなのとは違う問答無用で放り込まれた殺し合い。
ましてやこの場所にはヒューズの級友までも呼ばれていた。
親しい相手。いや、そうでなくとも無辜の人々を殺すなんて出来るはずが無かった。
常ならば、殺し合いに乗るという選択肢など
一流としてのプライドもあって、思い浮かべもしなかっただろう。
しかし、人質として画面に映っていた最愛の妹の事を思えば、
その選択肢をはなから否定する事もできなかった。
「やはり殺すしか……ないのか、リナさん達を、薙原を?」
少し前であったなら、妹の為に心を鬼にする事もできただろう。
彼の周りにいる味方と呼べる人物は身内くらいだったのだから。
家族を守る為にはどんなに心が痛かろうとそれを抑える事ができた。
だけどヒューズは知ってしまった。
薙原ユウキとの交流で、確かな友情を感じてしまった。
ずっと孤独であったヒューズにとって、
それは初めての事で。
それはかけがえの無いもので。
それは決して失いたくないものだった。
家族。
友情。
どちらも譲れぬもので。
でもどちらかを選ばざるをえなくて。
相反する思いにヒューズは苦悶する。
そんな中、敵意の無い参加者と遭遇する。
不意討ちで襲われなかったのは運が良かったのか。
方針を決めかねてるうちに遭遇してしまったのは運が悪かったのか。
少なくとも、ヒューズにとっては喜ばしい事ではなかったのかもしれない。
「……ネイ、先生」
「無事だったか、ヒューズ!」
ネイは再会を喜び駆け寄ってくるが、それがヒューズの心に僅かな痛みをもたらす。
安否を心配してくれた相手を前に、それでも殺しあうという道を捨てきれない罪悪感。
会いたくなかった。少なくとも今は知り合いに会いたくなかった。
せめて見知らぬ相手だったら、迷いを断ち切る事ができたかもしれないのに。
せめて誰かを殺せた後なら、迷わず剣を向ける覚悟ができたのに。
せめて敵意を見せてくれたなら、こんな罪悪感なんか生まれないのに。
「ヒューズ?」
苦悶の表情を見て心情を察したのか、ネイは手前で足を止める。
「……エリーゼか」
ネイも開会の時に人質の画面を見ていたのだ、理由はすぐに察せられた。
その言葉の返答とばかりに弱弱しくも剣を構える。
元傭兵であるというこの教師に勝てるわけがないのに。
心の底では悪事を止めて貰うのを願っているのか。
それとも、この自分など歯牙にもかけないだろう強大な教師達を再認識する事で、
殺しあわずに妹と自分達が助かる道、という希望を見出したいのか。
ヒューズ自身にもそれは分かっていなかったが、それでもこれが
どっちの方針を取るにしろ、迷いを断ち切る最後のチャンスだと剣を向けた。
「迷っているのか」
心を読むようにそう言葉にしたネイは、責める事もなく真摯な目で見据える。
「こんな状況だ、殺人は悪だ人殺しは屑だ、なんて言うつもりは無い。
自分にとって本当に必要だったなら、それも仕方の無い事だ」
そして思いもよらない言葉。
「俺も傭兵時代、人殺しをした事はあるし命を天秤にかけた事もあった。
その事について、俺は後悔はしていないつもりだ」
殺し合いなんてやめろ、そんな事されてもエリーゼは喜ばない。
「だけど、お前は違うだろう?」
そういったありきたりな言葉を投げかけるわけでもない。
「お前は元来、気の利く優しい奴だ。
困っている後輩がいたら相談にも乗ってやるし、他人を無闇に傷つけたりはしない。
俺はそんなお前を知っている」
だからこそ本気で向き合ってくれているのだと、ヒューズにも理解できた。
「誰かを見捨てて誰かを助ける、場合によってはそれが正しいのかもしれん。
だが、例え難しくとも、どちらも犠牲にしない。
そんな優しい道もあるんだという事を忘れるな」
それはこの殺し合いの破壊という道。
殺し合いを破壊すれば、参加者も人質も助かる。
「先生は、エリーゼに危険があるかもしれないのに僕にその道を選べというんですか」
だが、同時にどちらも犠牲になってしまうという危険性も孕んでいる。
「いや、家族の命が懸かっているんだ。俺はそんな無責任な事は言えん」
「じゃあ、僕はどうすればっ……!」
気がついたら、懇願するようにネイへと叫んでいた。
免罪符が欲しかったのだろうか。
どちらにしろ、大切な者を失う可能性があるのなら、
責任を負いたくなかったのかもしれない。
自分で決めたわけではない、先生のアドバイスに従っただけだと。
「それはヒューズ、お前が自分の意思で決めるんだ。
俺達教師はお前たち子供に選択肢をやる事しかできん。
困っているなら相談に乗る事はできる。
間違っていたら叱ってやる事もできる。
だが、いつだってお前達の道を決めるのはお前達自身だ。
冒険者として、光綾学園の一員として、
なにより、ヒューズ・バレッタという一人の人間として、悔いの無い選択をするんだ。
俺はお前がどんな選択をしようと、それを短絡的に責めたりはせん」
でも、それを見通したかのように、先生はそう言った。
「だがなヒューズ、俺はお前がいつでも優しくあれる事を信じている」
そして最後に、表情を和らげてそう言い終えた。
長い孤独だった人生の中。
妬みの声や蔑みの視線に溢れていた中。
自分達や父の顔色を窺うような大人だらけだった中。
こんなにも暖かい言葉を投げかけてくれる大人が、
こんなにも自分と向き合ってくれる人物が、
こんなにも自分を信じてくれる他人がいただろうか。
ああ、思えば、光綾学園には、自分達の周りには、ちゃんといたんだ。
僕はこんな掛け替えの無い人達を殺そうとしていたのか。
そう思って涙を僅かに浮かべつつ剣を下げた時。
僕はこれまでにない失望感を覚えた。
僅かな殺気の後、こちらへと駆け寄ってくるネイ先生の姿。
直ぐに涙を拭うと、恐ろしい表情を浮かべているのが見えた。
騙す為の方便だったのか、と失望と共にやむなく剣を構える。
ネイ先生は拳を自分へと伸ばし、
僕はそれにカウンターをするように剣を振り下ろしていた。
肉を切り裂く音と共に、違和感を覚える。
おかしい。あまりにもおかしかった。
咄嗟の事で考える余裕がなかったが、
思えばネイ先生と自分の実力差ならそもそも騙す必要すらないのだ。
先生と再会してすぐの時にもその事は思ったはずだ。
それにこんな簡単に自分の攻撃が当たるはずが無い。
先生の攻撃も自分に掠りもしていなかった。
恐る恐る拳を突き出したままのネイ先生の方を向いてみる。
僕の顔の横に突き出された腕には、矢が一本刺さっていた。
まるで僕の頭を守るかのように。
良く見ると、他にもネイ先生の身体に数本の矢が突き立っている。
その様子に、七本の矢を一斉に放つセブンスターと言う武器が脳裏に浮かぶ。
そして第三者に奇襲をされたのだとようやく気づいた。
ではまさか先生の今の行動は―――
「ネイ……先生?」
「無事だったか……ヒューズ」
先生は僅かに顔を歪めながら、再会の時をなぞるかのように、同じ言葉を交わす。
やはりという思いと共に、僕は先生へと叫んでいた。
「な、ぜ……何故です先生! 僕は、僕は先生を殺そうと考えていた!
現に先生にそんな傷を負わせてしまった!
それなのに、何故僕を助けたんです!」
僕のその質問に、先生はさも当然のように笑って答えた。
「当たり前だろう、生徒を守るのは教師の役目だ。
それに、例え殺そうと考えていたとしても、お前はまだ誰も殺してはいないだろう。
……それよりヒューズ、お前は逃げろ!」
先生は矢の飛んできた方角を睨みながら、僕を後ろに庇うようにして構える。
同じように僕もそっちを向くが、なぜか誰の姿も見えない。
隠れているのか。或いは僕の知らない、姿を消すような術でもあるのか。
「でも、先生は傷が―――」
前者ならいいが、後者なら先生といえど危険だ。
「馬鹿野郎、俺は『鋼鉄の肉体』ネイ・ガーシュインだ!
おまえらヒヨッコの攻撃なんか屁でもないわ!」
黄緑のジャージが赤く染まりつつあり、痛みが無いはずは無いのに。
それでも僕に心配をかけないように、力強さをアピールする。
その行為は確かに僕を安心させるに足る行為だった。
「早く行かんか! 迷っているお前がいれば足手まといだと言っとるんだ!」
僕は先生の言葉にその通りだと自嘲をしつつ、素直にその場を離れる。
「ヒューズ! 困ったら先生たちや級友を頼るんだ!
お前はお前が思っとるほど孤独じゃない!」
僕はその言葉に有り難みを感じながら、全力で走り去った。
「行ったか……」
ヒューズが去っていく気配を感じ、俺は安堵のため息をつく。
ああは言ってみたものの、ヒューズからのダメージは見た目よりも大きかった。
だがそれは決して顔色にはださなかった。
「教え子の成長が嬉しい反面……だな」
近くから敵の気配はするものの、未だに姿は見えない。
やはり姿を消しているのだろうか。
だとしたら装填に時間のかかるセブンスター(推定)との相性は抜群だ。
思ったよりも分の悪い戦いかもしれない。
だが負ける気も毛頭無かった。
俺は息を思いっきり吸って叫ぶ。
「どうした! 俺はこの通り逃げも隠れもせん!
この俺が怖くないならさっさとかかって来い!」
……
…………
………………
「はぁ、はぁ、ここまで来れば、はぁっ……」
襲撃者が追ってくるような気配は無い。
ネイ先生が防いでくれているのだろう。
とりあえず安全になった所で、ネイ先生の言葉を思い返す。
優しい選択。
悔いの無い選択。
やはりどうすればいいのか分からない。
どうすれば悔いが残らないのか。
エリーゼ、薙原。
それだけじゃなくてリナさん達や先生達も。
みんな助かる方法はあるのだろうか。
悩む間に、やる気なしと取られて、エリーゼが拷問されるかもしれない。
それ以前にこんな迷っている状態じゃ、
さっきのように自分の命すら危ない。
思えばまだ自分の支給品すら見ていないじゃないか。
いくら状況に流されていたとは言え、
これで冒険者を目指すだなんて片腹痛い。
今はどうするかは保留にしよう。
モンスター、或いは殺し合いに乗った者達を倒す。
根拠はないが、きっとそれだけでも今は大丈夫なはずだ。
方針を固めると、直ぐにバッグの中を漁った。
「…………え?」
そして取り出した一枚の紙を見て硬直する。
そこに書いてある文字。
『-マンハンター証明書-
これを持っていると、人間へのダメージが増加します。』
まさか。
こんなの性質の悪い冗談に決まっている。
だってこんなアイテム見たことも聞いた事も無い。
道具を扱うスカウトの授業でも、
色んなアイテムを売っている鉄仮面さんからも。
だけど、
一瞬だけ歪めていたネイ先生の顔を思い出して。
遺言のようだったネイ先生の言葉を思い出して。
僕は嫌な予感を振り切るように、急いで来た道を戻っていった。
ただの杞憂であればいい。
そうだったなら、今度は先生と共に戦おう。
そして殺し合いに乗った襲撃者を倒すんだ。
そう―――
そう思って、いたのに……
目の前に倒れている先生のジャージは真赤に染まっていて。
万全なら食らうはずの無い命中率の低い矢が何本も身体に刺さっていて。
何より、
自分のせいで掛け替えの無い人を死なせてしまった事が
救いようの無いほど愚かで。
「うわぁぁぁあぁぁあぁぁぁああぁぁぁああぁぁああっ―――!!!!!」
僕は絶叫した。
【ネイ・ガーシュイン@ぱすてるチャイムContinue 死亡】
【残り75名】
【イコマ/1日目・朝】
【ヒューズ・バレッタ@ぱすてるチャイムContinue】
[状態]:心の疲労
[装備]:シーザースペシャル
[道具]:基本支給品、マンハンター証明書@ランスVI-ゼス崩壊-、未確認×1
[思考]基本:やさしい選択?
1:慟哭―――
【マンハンター証明書@ランスVI-ゼス崩壊-】
人間へのダメージ増加、これ持っている人は危険人物
「あと79人……!」
商店街から離れていく少女がいた。
ボサボサなオレンジの髪の毛を二つに束ね
レイプでもされたかのようなボロ布を着た少女。
身体中汗や泥に塗れ、まるで浮浪児のような格好。
その手には七叉に分かれたボウガンが握られていた。
名前は春風。
先ほどネイ・ガーシュインを殺害した人物である。
本来なら怪我を負っていようともネイに勝てる要素は無かった。
この殺し合いでも実力は下から数えた方が早い、そんな人物。
ではなぜネイを相手に勝利できたのだろうか。
結論から言うと運が良かった、この一つに尽きるだろう。
まず第一にネイがヒューズへの攻撃を庇ったという事。
第二にネイがヒューズによりダメージを受けたという事。
第三にヒューズの支給品がマンハンター証明書だったという事。
第四に春風に、隠密スプレーという姿を消すアイテムがあったという事。
このうち一つでも欠けていたら、春風は簡単に返り討ちにあっていただろう。
そして、この条件が組み合わさったお陰で、
春風は持久戦に持ち込む事が出来た。
ネイは戦闘中により迂闊に傷の手当てもできなくて、
かといって姿が見えない相手に責めあぐねていた。
例えば敵が近距離攻撃しか持っていなかったらカウンターを返すこともできた。
或いはネイが魔法などを使えれば広範囲攻撃であぶりだす事もできた。
だがネイの攻撃手段は自慢の肉体のみで、
春風は得意な三節棍も使わず、挑発にも乗らず、ボウガンで執拗に攻撃を繰り返すだけ。
そういった理由で、春風は辛くもネイに勝利する事ができたのだった。
そんな事を知ってか知らずか、春風は次の獲物を探して駆け回る。
「みんな殺して……アエン様は、春風が助けるんだ!」
【イコマ/1日目・朝】
【春風@大悪司】
[状態]:疲労(中程度)
[装備]:三節棍、セブンスター@ぱすてるチャイムContinue
[道具]:基本支給品、隠密スプレー(残り2回)@GALZOOアイランド、未確認×2(ネイ)
[思考]基本:アエン様を助ける
【セブンスター@ぱすてるチャイムContinue】
7つの小さな矢を放つ弓。
【隠密スプレー@GALZOOアイランド】
敵に遭遇しにくくなる。
*砕かれた鋼鉄
イコマにある寂れた商店街。
いや、殺し合いの舞台となった事で寂れさせられた商店街。
そこを歩く一人の男がいた。
王者がつけるような真紅のマント。
そして防御性よりも動きやすさを重視した、肩当と胸当と篭手だけの最低限の防具。
高級品なのだろう金色のそれは、使い込まれているのかそこかしこに傷が浮かんでいた。
大事にその防具を使っているのだと一目で分かり、金色の輝きも嫌味には映らない。
そしてやはり金色の柄をした使い込まれた一振りの大剣。
どう見てもこんな寂れた場所に似合わぬその高貴そうな外見の男、ヒューズ・バレッタは、
普段の自信がなりを潜めたように顔を俯け、落ち込んだ表情でトボトボと歩いており、
草臥れたその姿は異様にこの下町とマッチしていた。
「エリーゼ……僕はどうしたらいいんだ!」
『殺し合い』なんていう非人道的な事に巻き込まれたヒューズは苦悩の声をあげる。
確かにヒューズは傲慢で小憎たらしい所もある。
しかしあくまでもそれはひねくれているだけ。
決して悪を悪とも思わぬ極悪人というわけではない。
モンスターの命なら容易く刈り取って見せるだろう。
冒険実習でも何度となく行ってきた事なのだから。
サバイバル形式のただの試合だというなら望んで参加するだろう。
一流の力を見せ付けるいいチャンスなのだから。
だが、これはそんなのとは違う問答無用で放り込まれた殺し合い。
ましてやこの場所にはヒューズの級友までも呼ばれていた。
親しい相手。いや、そうでなくとも無辜の人々を殺すなんて出来るはずが無かった。
常ならば、殺し合いに乗るという選択肢など
一流としてのプライドもあって、思い浮かべもしなかっただろう。
しかし、人質として画面に映っていた最愛の妹の事を思えば、
その選択肢をはなから否定する事もできなかった。
「やはり殺すしか……ないのか、リナさん達を、薙原を?」
少し前であったなら、妹の為に心を鬼にする事もできただろう。
彼の周りにいる味方と呼べる人物は身内くらいだったのだから。
家族を守る為にはどんなに心が痛かろうとそれを抑える事ができた。
だけどヒューズは知ってしまった。
薙原ユウキとの交流で、確かな友情を感じてしまった。
ずっと孤独であったヒューズにとって、
それは初めての事で。
それはかけがえの無いもので。
それは決して失いたくないものだった。
家族。
友情。
どちらも譲れぬもので。
でもどちらかを選ばざるをえなくて。
相反する思いにヒューズは苦悶する。
そんな中、敵意の無い参加者と遭遇する。
不意討ちで襲われなかったのは運が良かったのか。
方針を決めかねてるうちに遭遇してしまったのは運が悪かったのか。
少なくとも、ヒューズにとっては喜ばしい事ではなかったのかもしれない。
「……ネイ、先生」
「無事だったか、ヒューズ!」
ネイは再会を喜び駆け寄ってくるが、それがヒューズの心に僅かな痛みをもたらす。
安否を心配してくれた相手を前に、それでも殺しあうという道を捨てきれない罪悪感。
会いたくなかった。少なくとも今は知り合いに会いたくなかった。
せめて見知らぬ相手だったら、迷いを断ち切る事ができたかもしれないのに。
せめて誰かを殺せた後なら、迷わず剣を向ける覚悟ができたのに。
せめて敵意を見せてくれたなら、こんな罪悪感なんか生まれないのに。
「ヒューズ?」
苦悶の表情を見て心情を察したのか、ネイは手前で足を止める。
「……エリーゼか」
ネイも開会の時に人質の画面を見ていたのだ、理由はすぐに察せられた。
その言葉の返答とばかりに弱弱しくも剣を構える。
元傭兵であるというこの教師に勝てるわけがないのに。
心の底では悪事を止めて貰うのを願っているのか。
それとも、この自分など歯牙にもかけないだろう強大な教師達を再認識する事で、
殺しあわずに妹と自分達が助かる道、という希望を見出したいのか。
ヒューズ自身にもそれは分かっていなかったが、それでもこれが
どっちの方針を取るにしろ、迷いを断ち切る最後のチャンスだと剣を向けた。
「迷っているのか」
心を読むようにそう言葉にしたネイは、責める事もなく真摯な目で見据える。
「こんな状況だ、殺人は悪だ人殺しは屑だ、なんて言うつもりは無い。
自分にとって本当に必要だったなら、それも仕方の無い事だ」
そして思いもよらない言葉。
「俺も傭兵時代、人殺しをした事はあるし命を天秤にかけた事もあった。
その事について、俺は後悔はしていないつもりだ」
殺し合いなんてやめろ、そんな事されてもエリーゼは喜ばない。
「だけど、お前は違うだろう?」
そういったありきたりな言葉を投げかけるわけでもない。
「お前は元来、気の利く優しい奴だ。
困っている後輩がいたら相談にも乗ってやるし、他人を無闇に傷つけたりはしない。
俺はそんなお前を知っている」
だからこそ本気で向き合ってくれているのだと、ヒューズにも理解できた。
「誰かを見捨てて誰かを助ける、場合によってはそれが正しいのかもしれん。
だが、例え難しくとも、どちらも犠牲にしない。
そんな優しい道もあるんだという事を忘れるな」
それはこの殺し合いの破壊という道。
殺し合いを破壊すれば、参加者も人質も助かる。
「先生は、エリーゼに危険があるかもしれないのに僕にその道を選べというんですか」
だが、同時にどちらも犠牲になってしまうという危険性も孕んでいる。
「いや、家族の命が懸かっているんだ。俺はそんな無責任な事は言えん」
「じゃあ、僕はどうすればっ……!」
気がついたら、懇願するようにネイへと叫んでいた。
免罪符が欲しかったのだろうか。
どちらにしろ、大切な者を失う可能性があるのなら、
責任を負いたくなかったのかもしれない。
自分で決めたわけではない、先生のアドバイスに従っただけだと。
「それはヒューズ、お前が自分の意思で決めるんだ。
俺達教師はお前たち子供に選択肢をやる事しかできん。
困っているなら相談に乗る事はできる。
間違っていたら叱ってやる事もできる。
だが、いつだってお前達の道を決めるのはお前達自身だ。
冒険者として、光綾学園の一員として、
なにより、ヒューズ・バレッタという一人の人間として、悔いの無い選択をするんだ。
俺はお前がどんな選択をしようと、それを短絡的に責めたりはせん」
でも、それを見通したかのように、先生はそう言った。
「だがなヒューズ、俺はお前がいつでも優しくあれる事を信じている」
そして最後に、表情を和らげてそう言い終えた。
長い孤独だった人生の中。
妬みの声や蔑みの視線に溢れていた中。
自分達や父の顔色を窺うような大人だらけだった中。
こんなにも暖かい言葉を投げかけてくれる大人が、
こんなにも自分と向き合ってくれる人物が、
こんなにも自分を信じてくれる他人がいただろうか。
ああ、思えば、光綾学園には、自分達の周りには、ちゃんといたんだ。
僕はこんな掛け替えの無い人達を殺そうとしていたのか。
そう思って涙を僅かに浮かべつつ剣を下げた時。
僕はこれまでにない失望感を覚えた。
僅かな殺気の後、こちらへと駆け寄ってくるネイ先生の姿。
直ぐに涙を拭うと、恐ろしい表情を浮かべているのが見えた。
騙す為の方便だったのか、と失望と共にやむなく剣を構える。
ネイ先生は拳を自分へと伸ばし、
僕はそれにカウンターをするように剣を振り下ろしていた。
肉を切り裂く音と共に、違和感を覚える。
おかしい。あまりにもおかしかった。
咄嗟の事で考える余裕がなかったが、
思えばネイ先生と自分の実力差ならそもそも騙す必要すらないのだ。
先生と再会してすぐの時にもその事は思ったはずだ。
それにこんな簡単に自分の攻撃が当たるはずが無い。
先生の攻撃も自分に掠りもしていなかった。
恐る恐る拳を突き出したままのネイ先生の方を向いてみる。
僕の顔の横に突き出された腕には、矢が一本刺さっていた。
まるで僕の頭を守るかのように。
良く見ると、他にもネイ先生の身体に数本の矢が突き立っている。
その様子に、七本の矢を一斉に放つセブンスターと言う武器が脳裏に浮かぶ。
そして第三者に奇襲をされたのだとようやく気づいた。
ではまさか先生の今の行動は―――
「ネイ……先生?」
「無事だったか……ヒューズ」
先生は僅かに顔を歪めながら、再会の時をなぞるかのように、同じ言葉を交わす。
やはりという思いと共に、僕は先生へと叫んでいた。
「な、ぜ……何故です先生! 僕は、僕は先生を殺そうと考えていた!
現に先生にそんな傷を負わせてしまった!
それなのに、何故僕を助けたんです!」
僕のその質問に、先生はさも当然のように笑って答えた。
「当たり前だろう、生徒を守るのは教師の役目だ。
それに、例え殺そうと考えていたとしても、お前はまだ誰も殺してはいないだろう。
……それよりヒューズ、お前は逃げろ!」
先生は矢の飛んできた方角を睨みながら、僕を後ろに庇うようにして構える。
同じように僕もそっちを向くが、なぜか誰の姿も見えない。
隠れているのか。或いは僕の知らない、姿を消すような術でもあるのか。
「でも、先生は傷が―――」
前者ならいいが、後者なら先生といえど危険だ。
「馬鹿野郎、俺は『鋼鉄の肉体』ネイ・ガーシュインだ!
おまえらヒヨッコの攻撃なんか屁でもないわ!」
黄緑のジャージが赤く染まりつつあり、痛みが無いはずは無いのに。
それでも僕に心配をかけないように、力強さをアピールする。
その行為は確かに僕を安心させるに足る行為だった。
「早く行かんか! 迷っているお前がいれば足手まといだと言っとるんだ!」
僕は先生の言葉にその通りだと自嘲をしつつ、素直にその場を離れる。
「ヒューズ! 困ったら先生たちや級友を頼るんだ!
お前はお前が思っとるほど孤独じゃない!」
僕はその言葉に有り難みを感じながら、全力で走り去った。
「行ったか……」
ヒューズが去っていく気配を感じ、俺は安堵のため息をつく。
ああは言ってみたものの、ヒューズからのダメージは見た目よりも大きかった。
だがそれは決して顔色にはださなかった。
「教え子の成長が嬉しい反面……だな」
近くから敵の気配はするものの、未だに姿は見えない。
やはり姿を消しているのだろうか。
だとしたら装填に時間のかかるセブンスター(推定)との相性は抜群だ。
思ったよりも分の悪い戦いかもしれない。
だが負ける気も毛頭無かった。
俺は息を思いっきり吸って叫ぶ。
「どうした! 俺はこの通り逃げも隠れもせん!
この俺が怖くないならさっさとかかって来い!」
……
…………
………………
「はぁ、はぁ、ここまで来れば、はぁっ……」
襲撃者が追ってくるような気配は無い。
ネイ先生が防いでくれているのだろう。
とりあえず安全になった所で、ネイ先生の言葉を思い返す。
優しい選択。
悔いの無い選択。
やはりどうすればいいのか分からない。
どうすれば悔いが残らないのか。
エリーゼ、薙原。
それだけじゃなくてリナさん達や先生達も。
みんな助かる方法はあるのだろうか。
悩む間に、やる気なしと取られて、エリーゼが拷問されるかもしれない。
それ以前にこんな迷っている状態じゃ、
さっきのように自分の命すら危ない。
思えばまだ自分の支給品すら見ていないじゃないか。
いくら状況に流されていたとは言え、
これで冒険者を目指すだなんて片腹痛い。
今はどうするかは保留にしよう。
モンスター、或いは殺し合いに乗った者達を倒す。
根拠はないが、きっとそれだけでも今は大丈夫なはずだ。
方針を固めると、直ぐにバッグの中を漁った。
「…………え?」
そして取り出した一枚の紙を見て硬直する。
そこに書いてある文字。
『-マンハンター証明書-
これを持っていると、人間へのダメージが増加します。』
まさか。
こんなの性質の悪い冗談に決まっている。
だってこんなアイテム見たことも聞いた事も無い。
道具を扱うスカウトの授業でも、
色んなアイテムを売っている鉄仮面さんからも。
だけど、
一瞬だけ歪めていたネイ先生の顔を思い出して。
遺言のようだったネイ先生の言葉を思い出して。
僕は嫌な予感を振り切るように、急いで来た道を戻っていった。
ただの杞憂であればいい。
そうだったなら、今度は先生と共に戦おう。
そして殺し合いに乗った襲撃者を倒すんだ。
そう―――
そう思って、いたのに……
目の前に倒れている先生のジャージは真赤に染まっていて。
万全なら食らうはずの無い命中率の低い矢が何本も身体に刺さっていて。
何より、
自分のせいで掛け替えの無い人を死なせてしまった事が
救いようの無いほど愚かで。
「うわぁぁぁあぁぁあぁぁぁああぁぁぁああぁぁああっ―――!!!!!」
僕は絶叫した。
&font(red){&bold(){【ネイ・ガーシュイン@ぱすてるチャイムContinue 死亡】}}
【残り75名】
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【ヒューズ・バレッタ@ぱすてるチャイムContinue】
[状態]:心の疲労
[装備]:シーザースペシャル
[道具]:基本支給品、マンハンター証明書@ランスVI-ゼス崩壊-、未確認×1
[思考]基本:やさしい選択?
1:慟哭―――
【マンハンター証明書@ランスVI-ゼス崩壊-】
人間へのダメージ増加、これ持っている人は危険人物
「あと79人……!」
商店街から離れていく少女がいた。
ボサボサなオレンジの髪の毛を二つに束ね
レイプでもされたかのようなボロ布を着た少女。
身体中汗や泥に塗れ、まるで浮浪児のような格好。
その手には七叉に分かれたボウガンが握られていた。
名前は春風。
先ほどネイ・ガーシュインを殺害した人物である。
本来なら怪我を負っていようともネイに勝てる要素は無かった。
この殺し合いでも実力は下から数えた方が早い、そんな人物。
ではなぜネイを相手に勝利できたのだろうか。
結論から言うと運が良かった、この一つに尽きるだろう。
まず第一にネイがヒューズへの攻撃を庇ったという事。
第二にネイがヒューズによりダメージを受けたという事。
第三にヒューズの支給品がマンハンター証明書だったという事。
第四に春風に、隠密スプレーという姿を消すアイテムがあったという事。
このうち一つでも欠けていたら、春風は簡単に返り討ちにあっていただろう。
そして、この条件が組み合わさったお陰で、
春風は持久戦に持ち込む事が出来た。
ネイは戦闘中により迂闊に傷の手当てもできなくて、
かといって姿が見えない相手に責めあぐねていた。
例えば敵が近距離攻撃しか持っていなかったらカウンターを返すこともできた。
或いはネイが魔法などを使えれば広範囲攻撃であぶりだす事もできた。
だがネイの攻撃手段は自慢の肉体のみで、
春風は得意な三節棍も使わず、挑発にも乗らず、ボウガンで執拗に攻撃を繰り返すだけ。
そういった理由で、春風は辛くもネイに勝利する事ができたのだった。
そんな事を知ってか知らずか、春風は次の獲物を探して駆け回る。
「みんな殺して……アエン様は、春風が助けるんだ!」
【イコマ/1日目・朝】
【春風@大悪司】
[状態]:疲労(中程度)
[装備]:三節棍、セブンスター@ぱすてるチャイムContinue
[道具]:基本支給品、隠密スプレー(残り2回)@GALZOOアイランド、未確認×2(ネイ)
[思考]基本:アエン様を助ける
【セブンスター@ぱすてるチャイムContinue】
7つの小さな矢を放つ弓。
【隠密スプレー@GALZOOアイランド】
敵に遭遇しにくくなる。
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