剣道の歴史1


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1.神話としての武神
  「古事記」によると、天孫降臨(テンソンコウリン)に先立ち,出雲の国を治めていた大己貴命
 (オオクニヌシノミコト)と国譲りの交渉をした「経津主命(フツヌシノミコト:香取神宮)」と
 「武甕槌命(タケミカヅチノミコト:鹿島神宮)」のニ神が、十握剣(トツカノツルギ)を地に
  刺して談判したことが武道の始まりといわれ、このニ神が「武神」といわれている。

2.歴史としての武神
 源氏の氏神「八幡大菩薩(ハチマンダイボサツ)」を鎌倉幕府以降の武士達が崇敬した。

3.剣道の誕生
 (1) 紀元700年代:撃刀(タチガキ)、撃剣(タチウチ)と称した。
   鎬(シノギ)と反(ソリ)のある刀剣(世界で唯一)を以って自分の身を守る方法が生まれた。
 (2) 紀元1300年代:兵法(ヒョウホウ)と称した。
   各流派の元祖が現れ、一般庶民も帯刀するようになり、真剣から刃引き、そして木刀での
   「形稽古」を行った。
 (3) 紀元1700年代:剣術(ケンジュツ)、剣法(ケンポウ)、刀法(トウホウ)と称した。
   防具を着け、竹刀で打合う稽古が主流になった。
 (4) 江戸時代:江戸中期に、一部の者が剣道と称した。
   武士道が生まれた。
   ◎武士道:武士が必ず実践しなければならない倫理の綱要
   ◎武士道の徳目:正義、勇気、仁愛、礼儀、至誠、名誉、忠節、克己 など
 (5) 明治時代以降:剣道と称した。
 (6) 明治9年に「廃刀令」が発令され、剣道の影が薄くなった。
   帯刀は,「軍人」、「警察官」、「大礼服着用の者」のみしか許されなくなった。
 (7) 明治28年:剣道の精神的効果が見直され、「大日本武徳会」が誕生した。
   各流派を統合し、「打突の部位」「打突の方法」等が統一された。
 (8) 明治44年:中等学校の正科となり、翌年に武道専門教員養成所の「武道専門学校」が誕生した。
 (9) 大正元年:「大日本帝国剣道形」が制定され、以後2回加註され現在に至っている。
 (10) 大正2年:高等師範学校(現 筑波大)にて武道専門教員養成が始まった。
   《参考》
    「面紐の結び方」が2種類あるが,これは次の流れによるものである。
    ◎「面金の最上部」から付ける:北辰一刀流の結び方
      千葉周作が流祖である北辰一刀流が水戸東武館に伝えられ、高弟の内藤高治が「武道専門学校」
      の主任教授となった関係で、関西地方に伝えられた。
    ◎「面金の下部4・5段目」から付ける:神道無念流の結び方
      斉藤弥九郎から根岸信五郎に伝えられた神道無念流の高弟 高野佐三郎が「高等師範学校」の教授
      だった関係で、関東地方に伝えられた。
 (11) 昭和16年:国民学校の必修科目となり、戦局に伴って、武技の面が極端に強調された。
 (12) 昭和20年:敗戦により占領軍に差止められ、大日本武徳会も解散させられた。
 (13) 昭和25年:愛好者の強い要望で「しない競技(スポーツ)」として復活した。
 (14) 昭和27年:全日本剣道連盟が結成された。
 (15) 昭和28年:剣道試合・審判規則が制定された。
 (16) 昭和32年:称号段位審査規定が施行された。
 (17) 昭和37年:中学校の正科体育の1単元に入り、翌38年に高等学校にも入った。
 (18) 昭和38年:全日本剣道道場連盟が結成された。
 (19) 昭和41年:第1回全日本少年剣道練成大会が日本武道館で開催された。
 (20) 昭和50年:「剣道の理念」を制定し、武道としての剣道を明記した。
 (21) 平成 元年:学校の格技場を「道場」と称する法案が成立した。
 (22) 平成 7年:現在の剣道試合・審判規則が施行された。
 (23) 平成12年:現在の剣道称号・段位審査規則が施行された。





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