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着付け [編集]

和服を着用させること、または和服を着用することを、着付けという。着付けには履物を履くことも含まれる。現在では美容院で着付けをすることが多いため髪結いと着付けはセットで行われるが、髪結いは着付けの意味には含まれない。髪結いは着付けより前に行うことも、後に行うこともある。着付けには、自分一人だけで行う方法と、他者に手伝ってもらいながら行う方法がある。和服を着ることを、和装ともいう。着付けをする人を、着付師と呼ぶ。女性の和服の着付けは難しくはないが、手順があるので慣れが必要である。そのため着付けの本があり、着付けを教えるための学校が全国に多数存在する。着付けの学校では、女性用の和服の着付けを一般人に教える授業料と、着付けを手伝う手数料が、学校にとっての大きな収入源になっている。世界の中で、自国の民族服の着用の仕方を教えるための学校が全国に多数存在し、かつ着付けを教える人に資格を与えるという国は日本だけである。ただし、これらの着付け教室や着付け学校が生まれたのは戦後のことである。
和服は右前 [編集]

男性用でも女性用でも、和服を着る際、手を袖に通した後、右の衽(おくみ)を体に付けてから左の衽をそれに重ねる。このことを、左よりも右を(空間的ではなく)時間的に前に体に付けることから、右前という。右前のことを、右衽(うじん)ともいう。男女共に右前なのは、洋服と異なる点である(なお、世界的に見れば洋服のように男女で打ち合わせが異なる方が特殊である)。
右前にする理由 [編集]

日本で和服をなぜ右前にするのか、またいつから右前にするようになったのかについては、諸説がある。時期については、『続日本紀』(しょくにほんぎ)によると、719年に、全ての人が右前に着るという命令が発せられた。これはその当時手本としていた中国において右前に着ることが定められたのでそれに倣ったものと言われている。中国で左前にすることが嫌われたのは「蛮族の風習であるため」とされたが、この蛮族というのは中国東北部や辺境の地に住む遊牧民達のことで、彼らは狩猟を主な生活として行う上で弓を射やすいという理由で左前に着ていた。中国の農耕民とは全く違う暮らしをし、しばしば農耕民に対する略奪を行っていた遊牧民達は、中国の古代王朝にとっては野蛮で恐るべき存在であり、これと一線を画することを決定したという説がある。それまでは中国でも日本でも左前に着ていた時期が存在する。また一説によると、一般的に右利きが多く、闘いなどの際右手で刀を抜きやすいように腰の左側に刀を差すことが多いため、刀を鞘から抜こうとするときもし和服を左前(右前の逆)に着ていた場合抜こうとした刀が自分の右から流れている衿に引っ掛かってしまうことがないように、和服を自分の左から右に流れている右前に着るようになったのだという。

また死者に死に装束を着せる場合通常と反対に左前に着せるが、これは「死後の世界はこの世とは反対になる」という思想があるためであると言われている。
着付けの準備 [編集]

縮緬類は半紙を四つ折りにして三つ襟の中に挟み、針で留める。 重ね着の場合は下着の襟だけを入れ、上下の背縫いを合せて1針留め、襟先も重ねて襟の付け根を1針留める。 長襦袢には半衿をつけておく。場合により半衿の中にプラスチックなどの芯を入れることもある。 腰帯、下締類はモスリン並幅三つ割を芯無にくけたものが解けず最もよい。
着付けの順番 [編集]
長襦袢 [編集]

肌着の上に長襦袢を着て衣紋を抜き、下締を2回巻いて結ばずに前で潜らせておく。


着物 [編集]

手を通して両手で襟先を持ち、上前襟先が右腰骨の上にくるまで前を合せ、座礼(茶の湯など)の場合、襟先が後に回るくらい深く合せる。下帯は腰骨の上の辺に締め、右横で結び、手を入れて「おはしょり」を伸ばし、衣紋を作り、襟はあまり広げずばち襟ほどにして、下締を締める。身八ツ口から手を入れておはしょりを整えて伊達巻を巻く。
帯 [編集]

帯のかけの長さは前に回して左腰骨に来るくらいがよい。丸帯は縫目が外になるように二つ折りすれば模様が前に来る。帯揚は盛装では大きめがよく、羽織下では低い方がよい。若い人があまり低い帯揚はよくない。
男性 [編集]

襦袢は襦袢で合わせて胴着を合わせて上下着を重ねて着る。 袴を履くならば角帯がよい。
子供 [編集]

7、8歳以上の盛装は腰揚をせず、難しいがおはしょりをして腰揚のように見せる。付紐を上着と下着と一所につけておくと楽である。
紋 [編集]

現在の正装の和服には、男性用・女性用ともに、紋(もん)が描かれている。紋は通常自家の家紋や裏紋(定紋や替紋)を用いる。和服の紋は、直径が2cmから4cmくらいの円の中に収まるくらいの大きさで表され通常白地で置かれる。和服の紋の数は1つ,3つ,5つのいずれかであり、用いる着物の種類や目的によって使い分ける。この内5つの紋が付いている「五つ紋(いつつもん)」が最も格が高い正式なものとなる。紋が描かれる場所は、紋の数によって決まっている。

また紋は「染め抜き日向紋」が正式とされ、白と地色だけで表される。紋が入る所は「石持ち」(こくもち)といい、あらかじめ白く染め抜かれており、そこに後から地色で柄を染め付ける。その他、輪郭線だけを抜いた「陰紋」が略式には用いられる。またさらに略式になると、染め抜きではなく刺繍で表される「縫い紋」となる。なお芸事や花柳界で使う着物の紋は本人の紋ではなく、所属する流派の紋や家元の定紋、また芸妓置屋の定紋を衣裳に染め抜いて用いることが一般的である。

紋が5つある「五つ紋」 背・後ろ袖・前胸 五つ紋

紋が3つある「三つ紋」 背・後ろ袖 三つ紋

紋が1つある「一つ紋」 背 紋が1つ


参照:ウィキペディア「和服」より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E6%9C%8D



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