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和裁(和服裁縫)

和裁とは、和服裁縫の略語であり、和服を制作することやその技術のことである。「和服の仕立て」ともいう。詳しくは、和裁を参照。
和服の畳み方

「本だたみ」と言われる畳み方が一般的に普及しており、着付け方を紹介した本などにも多く取り上げられている。その他礼装用などで本畳みにすると刺繍など折り目が付いてしまうことを避けるために行う「夜着畳み」という畳み方もある。仮仕立てと呼ばれる仮縫いの状態や仮絵羽になっている着物を畳む畳み方(絵羽畳みなどと呼ばれる)もある。また仮に衣桁などに架ける場合や一時的に畳んでおく肩畳みなどと呼ばれる背中心から折り込み、衿が肩方を向く畳み方があり、これは洋服を畳む時に似ていると言え、本だたみのような技術は要しない。(なお、この畳み方を本だたみであるとする専門家もいる)また、襦袢や羽織などは本畳みにせずそれぞれの畳み方によって畳む。
和服の洗濯の方法

一般家庭には、礼装の和服を洗濯する技術がない。一般的には、和服のクリーニングを専門に扱うクリーニング店に洗濯を依頼することが多い。縮緬や綸子など高価な正絹で作られている礼装の和服の洗濯の料金は高いので、正装の和服を洗濯する頻度は少ない。一方木綿や麻などの普段着の和服は、一般家庭で容易に洗濯できるものが多い。家庭での洗濯にも耐えるように「水通し」をしてあらかじめ生地を収縮させて仕立てる方法と、洗濯による生地の収縮を見込んだ仕立てを行う方法がある。古代においても持統天皇の御製『春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天の香具山』に見える通りである。正式には、洗濯の際に和服の糸をほどいて分解して洗濯し、染み抜きを行い、洗濯が終わったら大きな板に生地を張り付け上から薄く糊を引いて乾かした後に縫い直すことを行う。この洗濯方法を、洗い張り(あらいはり)または洗張(あらいはり)と呼ぶ。縫い直すときに、服の寸法を直すことや弱くなった所の補修や弱った所を目立たない所に置き換える「繰り回し」などを行うこともある。これらの作業をする分、洗い張りの料金は高価になるのが一般的である。現在ではより安価なドライクリーニングの手法も多用されるようになっている。
衣服の様式を表す言葉

和服の特徴を表す言葉を中心に、衣服の様式を表す言葉をここに集めた。
袖があるかないか

肩衣(かたぎぬ)
   袖のない身頃だけの衣服。

小袖か広袖(大袖)か

小袖(こそで)
   小さい袖口。または、小さい袖口がある服。 袖の様式としての小袖
広袖(ひろそで)
   大袖(おおそで)ともいう。広い袖口。 広袖または大袖

現在、小袖は和服の長着を指す言葉であるといわれることが多い。しかし元々「小袖」という言葉は、袖口が小さいという特徴をとらえた言葉だった。小袖の発生に関する研究は、極めて学術的で専門的な学問の研究対象であり、簡単に答えが出せるものではない。現在確認できる書物の中で、「小袖」という言葉が日本で最初に現れたのは、10世紀に源高明が書いた『西宮記』だといわれる。しかし、『西宮記』の小袖は、公家が肌着として着用した小袖とは別の物だといわれる。
平安時代の公家の肌着としての小袖

平安時代に公家が使った「小袖」という言葉が、現在の日本語の「小袖」と同じ意味なのかどうかは、研究の対象である。一般的に言って、昔のことを研究するときは、現在と同じ言葉が昔使われていたとしても、同じ意味を持つとは限らないことを念頭に研究すべきである。平安時代の公家の肌着としての小袖に関して、次のことがいわれている。

   「小袖」という言葉が発生した時期は、少なくとも平安時代の後期からであるといわれている。しかし、平安時代の後期よりも以前から、という可能性もある。
   小袖は、袖口が小さい袖が付いた、上半身を包む服。円筒状の袖が腕を包む、筒袖といわれる袖だった。
   公家が肌着として着た服と、盤領(あげくび)の服の2種類の服のどちらも、公家は「小袖」と呼んでいたのではないかといわれている。
   「小袖」は、まず公家が使い始めた言葉だった。当初は、公家以外の人にとって「小袖」という呼び方は一般的ではなかった。

平安時代後期に公家は、袖口が大きい服を大袖と呼び、大袖に対して袖口が小さい服を小袖と呼んでいた。大袖と小袖は、袖の面積が広いか狭いかの特徴をとらえた言葉ではなく、袖口が大きいか小さいかという特徴をとらえた言葉だった。仮にある2つの服の袖の面積が同じであったとしても、その内1つの服の袖の左右の端の一部を縫って、袖口の長さを短くすれば、その服は小袖であり、端を全く縫わなかった方の服は大袖である。たとえ現在の振袖の袖のように面積が広い袖でも、袖口の長さが20cmくらいであれば、袖口が小さいという特徴を持っているといえるので、小袖であるといえる。平安時代の後期から鎌倉時代にかけて、公家以外の人の間に「小袖」という言葉が少しずつ広まったのではないかといわれている。平安時代の後期から、公家が、肌着として着ていた小袖に華やかな色を付けるようになったといわれる。肌着なのに、なぜ華やかにしたかはよく分かっていないが、襟と首の間から肌着が少し見えるから、という説がある。武士や庶民が既に着用していた服は、公家が肌着として着ていた小袖と形が似ていたらしく、武士や庶民は既に自分達が着ていた服を「小袖」と呼ぶようになっていったと推測されている。
袖の長さ

半袖(はんそで)
   腕の手首に近い部分が包まれない袖。

袖の形状

筒袖(つつそで)
   円筒状の袖で、腕と袖の布の間にあまり空間がない袖。服飾の研究では、特に和服に限らず洋服においても、筒袖の特徴を持った袖を筒袖と呼んでいる。洋服の多くは筒袖である。現在一般的な正装の和服の多くは筒袖ではない。 筒袖の模式図 その1 筒袖の模式図 その2 船底袖
元禄袖(げんろくそで)
   袖丈が25cmから30cmくらいで、袂の輪郭の丸みが大きい袖。元禄袖の「元禄」の語源は、日本の元号の元禄である。昭和の内1945年頃まで、布の資源を節約する目的で、和服の袖丈が短い袖が「元禄袖」と称されて宣伝された。これは、元禄時代を再現する目的ではなかったので、昭和の元禄袖と元禄時代の元禄袖は別のものである。昭和の時代に、筒袖の洋服を元禄袖に作り替えることはなかった。
角袖(かくそで)
   角に丸みを付けない四角い袖。 角袖の模式図
広い肩幅と狭い袖幅
   広い肩幅と狭い袖幅の図
   室町時代後期から江戸時代初期にかけて、裕福な庶民の間に、少し変わった形状の袖を持つ絹の和服が流行した。当時それは「小袖」と呼ばれたものの、平安時代の小袖とも現在の小袖とも違う特徴を持つ。その袖は、袖幅が短く(肩幅の約半分)、袖口が小さく、袖の下の輪郭が大きく膨らんで緩やかなカーブを描いている。半袖ではない。これは現在の寸法と違い当時の着物の前幅・後幅などが現在よりもかなり大きくたっぷりしているため、相対的に袖の寸法(袖幅)が短くなってしまっているのである。現在、この服を「初期小袖」と呼ぶのが間違いなのは、平安時代に既に「小袖」が登場していたからである。しかし現在、この服を「初期小袖」と呼んで解説している書物がある。

英語で "Kimono Sleeves" という、洋服の袖の様式を指す言葉がある。 Kimono Sleeves を直訳すると「着物の袖」だが、洋服の袖の様式を指す言葉の Kimono Sleeves は、和服の袖を指す言葉ではない。 この Kimono Sleeves とは、袖と身頃が縫わなくても繋がっている袖で、ゆったりとした大きな袖のことである。
袂を身頃に繋げるか繋げないか

長い袂を身頃に縫い付けずに、離してあることを、「振り」があるということがある。
八つ口の有無

身八つ口が開いているかいないか、また振八つ口が開いているかいないかによって、和服の様式が特徴付けられる。
盤領か方領か

盤領(あげくび・ばんりょう・まるえり)
   首の周りが丸い円周の形をした襟で、左の襟を右の肩の近くに固定させて着る。
方領(ほうりょう)
   角襟(かくえり)ともいう。上前と下前の縁に沿って縫い付けられている襟。
垂領(たりくび)
   方領の服を、上前と下前を重ね合わせる着用の方法。または、盤領の服を、首の前が露出するように、工夫して着用する方法。

開襟かどうか

開襟(かいきん)
   外側に向けて一回折った襟。

現在の和服に開襟はない。昔の和服には、極めてまれだが、開襟の和服があった。現在までに見付かった開襟の和服は、室町時代の末期と桃山時代の道服(どうふく)と、平安時代の唐衣(からぎぬ)だけである。
衽の有無

衽がない服も存在する。通常、肌襦袢(はだじゅばん)、関東仕立ての長襦袢(ながじゅばん)、羽織(はおり)を作るときは、衽を作らない。
上半身を覆う服の裾が、下半身を覆う服に隠れるか、表面に現れるか

上半身を覆う服の裾を下半身を覆う服の外に出して垂らすのは、和服では羽織、洋服ではスーツのジャケットやコートなどがある。上半身を覆う服の裾を下半身を覆う服に隠すのは、和服では袴を履くときの長着、洋服では、男性のスーツのワイシャツなどがある。
身丈の長さ

対丈(ついたけ)
   身体の肩から足までの長さを参考に身丈の長さを決めて服を作ること。対丈の長さを決めるときの前提に、次のものがある。服の裾がだいたい足首辺りになるようにすること、おはしょりを作らずに着ること、そして服の裾が地面を引きずらないことである。現在の女性の和服の長着を着るときはおはしょりを作るので、この服は対丈ではない。現在の男性の和服の長着を着るときはおはしょりを作らないので、この服は対丈である。昔の和服には、床の上を引きずるくらいの、身長に比べてかなり長い服もあった。

布が何枚重なっているか

単(ひとえ)
   単衣ともいう。布を重ねずに作った服。
袷(あわせ)
   服の裏に布を重ねるように付けて、布が2枚重なっている服。

和服の普及率の衰退

七五三や成人式のような人生の晴れの節目の儀式・催事のときに正装の和服を好んで着用する人達は今も少なくない。しかし、20世紀から現在までの日本を全般的に見ると、和服の普及率が衰退していることは疑う余地がない。衰退の主な原因として、正装の和服が非常に高価であること、着付けに手間が掛かること、活動性に欠けること、温度調節がしにくく、現代の日本、特に夏場の気候には不向きであることなどが挙げられる。安価な古着の和服を専門に扱う呉服店も出てきている。

普段着の和服には、大量生産されて安価な物もある。普段着としての和服は、洗濯もしやすく、着付けも簡単で活動に便利なものである。上半身と下半身部分に分かれたセパレート型のものもある。それでも現在、日本では一部の業種を除いて、甚兵衛や浴衣以外の普段着としての和服を見かける機会は非常に少なくなった。祭りにおける神輿の担ぎ手の股引ですら、スパッツやジーンズで代用されることが多くなっている。


参照:ウィキペディア「和服」より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E6%9C%8D


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