<翼編2>チャイムが鳴る。昼休みが終わりを告げる。———それどころじゃ無いもんねと、翼は自分に言い聞かせた。真面目故、何をするにも理由と言う名の言い訳をしないといけない性分なのだ。まず翼が向かったのはトイレだった。別にもよおさずとも結衣はよくトイレに行くことがあってあまりもトイレに向かうので「頻尿なの?結衣、あんた頻尿なの?」と聞いたところ「いや、なんか個室はいると落ち着くんだよね」という、小学校時代からの付き合い故の理由だった。トイレの扉を開ける。そこは、入り口付近に手洗いがあり、その奥に用具入れが1つ、その向こうに個室が5つある平均的な女子トイレだった。もしかしたら結衣以外の人がいるという可能性を考えて申し訳なさそうに呼びかける「結衣ー・・・いるのー?」トイレ独特の空気に翼の声が溶けていくが、翼が求めている声は返ってこなかった———いや、ただ単にからかってるだけかもそう思った翼はトイレの鍵を確認する。色は全て青。オールグリーンならぬオールブルー。「入り口側から開けてくわよー?」ガチャッガチャッ———やっぱりいないのかなガチャッガチャッガチャッ「・・・あ」「・・・え?」最後の扉、つまり、窓に一番近い個室の扉を開くとそこには真っ黒な髪をして、毛先がウェーブしているいわゆるソバージュヘアーの生徒が便器に座り、膝の上にPCを置いてこちらを向いていた。「あ、ご、ごめんなさいっ!!!!」そう言って扉を閉めようとすると「・・・別に大丈夫。お花は摘んでない」「え?あ?」よく見ると、蓋を閉じた便器に座っている。単純に便器を椅子として利用していたようだ「え、いや、でも」「謝らなくても大丈夫・・・室町さん、だっけ」「え?何で知って・・・」「・・・一応、クラスメートだから・・・」そう言われ、自分のクラスメートの顔を思い出していく。———こんな子いたっけ?えーっと・・・「姫崎ひより」「ご、ごめんなさい・・・」「別に。あまり、私クラスで目立たないから・・・」「そ、そう?」実際、翼が覚えてないのだからそうなのだろう。———でも、こんな存在感そう無いよ・・・そう思ったが、よくよく現在の状況を振り返ってみて———あ、トイレ開けてPC持った人がいたらそりゃ驚くかと結論に至って早々に存在感の項目を、頭の中の会議から外した「ところで、天羽さん、探してるの?」「え、何でそれを・・・」「さっき「結衣ー」って言ってた」「・・・なるほど」「天羽さんなら」「知ってるの?」「どこに行ったかはしらない。けれど、さっきまで隣の個室にいた」「本当に?」「本当」「どこ行ったかわからない?」「それはわからない」「そっか・・・」「でも」「でも?」「今思えば、本当にあれは天羽さんだったのかな、って」「・・・どうして?」「入ってきた時は、確かに天羽さんだった。姿は見てないけれど『おっはなっをつっみにー』って、あんなの歌うの天羽さんぐらい」「・・・あのバカ・・・」「その辺はさておいて、入ってきたのは確かに天羽さん。でも、出て行く時はどう考えても天羽さんじゃなかった」「え?」「だって、声も違った。普段の天羽さんよりもっと甘かった。ハニートーストを砂糖の山に突っ込んだ感じ」「・・・ふむ」「それに、笑い方も違った」「笑い方?」「うん。『きゃははは』って感じで笑ってた。あれは子どもかな」「・・・子ども・・・あ」「どうしたの」「いや、何でも無い。ありがとね」「いえいえ」「ところで、授業は?」「あなたも。そしてそれは聞かないお約束」バタン。ひよりが、少し腰を浮かせて扉に手をかけ、静かに閉めた。———子ども?まさかね・・・翼の脳裏には、ふたつの可能性が浮かんでいた。1:純粋に結衣がふざけている可能性。2:本当に消えたまずは1の可能性について考える。こればっかりは否定出来ない。気まぐれな結衣のことだ、何とかしてふっと消えて勝手に幼女を捜しているという可能性。そして2の可能性について考える。「消えた」というのがどのように消えたかにもよるがいくらか人のいる廊下で、いきなり消えるというのはあまりにも非科学的だしそして何より一番おかしいのは「消えた」ことを翼に言われるまで誰も認識していないという点だった。
———そんな手の込んだ悪戯する子じゃないものね他にも当然、色々な可能性が翼の中に生まれては来たがやはり結衣がふざけたか、そうでなければ本当に消えた、という2つの選択肢から逃れる事はできなかった。そうやって考えながら、トイレを出ようと扉に手をかけた瞬間きゃああああああああああああっっ!!!!!!!!ドアの向こう側からでもしっかりとわかる、耳をつんざく様な悲鳴だった。ドアを開けトイレから出て、廊下を見渡すとスカートを抑えて顔を赤くしている生徒を見つけた。尋常じゃないその雰囲気に、思わず駆け寄る。「だ、大丈夫!?」「!!!!」「怪我は無い・・・みたいね」「ぁ・・・」「どうしたの?」「ぱんつ・・・」思わず翼は耳を疑った。女子生徒の悲鳴、強ばった表情、そして口から出た言葉はパンツ。———パンツ?パンツと言えば、およそズボンやスラックス、いわゆる衣服のボトムスのことか下着のことであろう。まあでも、女子の口から「パンツ」と聞くと普通ボトムスの方に頭が行く。しかし、この学校の制服はスカートだ。と考えると、この場合「パンツ」とは下着の事なのだろうが・・・———パンツ?あまりにも状況とそぐわない。そこそこシリアスな空気だと思うのだけれど、その中でキラリ光る「パンツ」という単語の突拍子の無さが目立つ「ぱ、パンツがどうかしたの?」「とられた・・・」「とられたって・・・?」「撮られた上に盗られたのよ!!」「・・・は?」「廊下歩いてたら、目の前に白い服着た小さい女の子がいて、珍しいから話しかけたらい、いきなりスカートめくって写真を撮って、女の子とは思えない力でパンツを奪って何処かに行っちゃったの・・・」「・・・え?」「・・・信じてくれないの?」「いや、いやいやいやいや。信じろって言っても・・・」「・・・見る?」「いやいいです。遠慮しておきます」———ただのグロ画像じゃないそうツッコミを入れそうになったがぐっと堪える。———そうじゃないそうじゃない。グロいとかそういう話じゃない。「どうしよう・・・」「え?何が?」「だ、だってまだお昼休みなのに・・・下着が・・・」「替えの下着は?」「あるわけないじゃない・・・」「あ、そっか」「・・・て」「え?」「貸して?」「・・・は?」「いやだってしょうがないよ。緊急事態。超法規的措置」「誰も人質に取られてないよ?」「私のパンツが人質」「人じゃない!」「じゃぁ・・・ちょうだい?パンツ」「いやいやいやいやもっと無いでしょ!」「目の前で困ってる人がいるのに?」「初対面です!」「えー・・・ケチー」「ケチとかそういう問題じゃないでしょ?」「・・・」「とりあえず保健室行きましょ?ついていってあげるから」「・・・うう」
手を取り立ち上がらせ、近くにあった階段を2人で降りる。「にしても、あの女の子なんだったんだろう・・・」「・・・さぁ?」———それを追ってるんだけれどねそんな事も言えず、おもむろに携帯を取り出す———何か情報入ってないかな・・・どうやらTL上では特に何も盛り上がってはいない。おそらくまだ、認識している人間が少ないか、そうでなければ既に忘れきっているか。twitterの登場で、10分前は昔だし、1時間前は大昔と言っても可笑しく無いぐらい情報の速度が増しているのを実感している翼にとって目新しい情報は何もなかった。———リプライでも見てみるかなYurioka_1@zen_bay そういえば、さっきその女の子とやら、玄関で靴投げて遊んでたみたいですよ?———玄関、か。行ってみるかな。何かあるかも。「あ、もう大丈夫です」気づけばもう保健室は眼と鼻の先だった。「そう?気をつけてね?」「はい・・・ありがとうございました」———そういえば、あの子どうやって保健の先生に説明するんだろう。そんな今更な疑問を頭に、保健室を背にして玄関へ向かう。———にしても、玄関で靴投げて遊んでた、って・・・どういう状況なのかを想像する。靴を投げて遊ぶ、というのだから、まぁ靴がそこいら中に散らかっているのだろう。———でもまぁ、子供の悪戯みたいなもんでしょうし・・・最悪の事態を常に想定しろ、とは言った物だが所詮子供は子供、子供の考える最悪はそこまで最悪じゃないものだ。まぁ、スカートめくりをとおりこしてパンツ強奪という時点で紙一重で、いや、パンツ一重で発想が斜め上なのではあるが———そう軽い気持ちで玄関の扉を開けると、そこは予想を超えた惨状だった。「何これ・・・」冒頭でも説明したが、ここ私立奥島学園女子高等学校には3000人あまりの生徒がいる。当然、玄関には3000足の靴があるのだが———「こんなのってないよ・・・」その3000足全てがあちこちに散らばっていた。大小様々、ブーツもあればスニーカーもあり、あぁ、世の中にはこんなに靴があるのかと思わずため息が出るほど靴が散らかっていた。しかもよく見ると、全ての靴が互い違いに・・・具体的に言うと、ブーツとスニーカーといったように違う靴が、それぞれ互いのひもで結ばれていて正しくペアの靴を探すには相当の時間を割く事になるであろうことは誰が見ても明らかだった。「子供のいたずらってレベルじゃないわね・・・最早都市伝説よ・・・」———都市伝説ふと自ら呟いた言葉が心にひっかかる。都市伝説。もしかして、本当の本当に、あの白い幼女は都市伝説なのではないだろうか。世の中に絶対は無い。絶対に。なんてギャグをかますつもりはないが、ここまでの惨状を見せつけられるとそう信じたくもなる。いや、そう信じないと説明がつかない。どう考えても無理なのだ。靴を散らかすだけならまだしも、全ての靴が互い違いなんてのは可笑しいにもほどがある。「ってか・・・はぁ・・・えええ?」あまりにも突飛なその状況に、思わずため息をつく———今日は多分、人生で一番ため息吐く日になるでしょうね・・・大量に散らばった、互い違いに結ばれた靴の山を目の前にそんなことを思っていると『ため息ついたら幸せ逃げるよ?』「!!!!」青ざめた顔をして翼は振り向くしかしそこには誰もいない。人の気配は当然しない。しかし確かに聞こえたのだ。幼い声が。間違いなく。「どういうこと?誰かいるの?」『いるよ』慌てて声のする方向へ駆け寄る。翼のいる場所から右斜め前、靴棚と靴棚の間、ちょうど死角になっている所だ。「いない・・・?」『きっと翼ちゃんには見つけられないよ。だっていないもん』また声がする「・・・さっき貴方、いるって言ったじゃない」『それは存在してるって意味。でもここにはいない』「声が聞こえるけど」『テレパシーってあるでしょ』「・・・信じろとでも?」『実際に起こってることだよ』「どうせどこかに隠れてるんでしょ」『強情だなあ』「みつけてあげる」———と言ったのはいいけれどこの時点で翼は、「ここに声の主はいないんじゃないか」という結論に辿り着こうとしていた。明らかに声がおかしいのだ。どこかから聞こえたなら本来あり得る筈の反響やら遠くから聞こえる感じが全くしないのだ。さっき聞こえた右斜め前からの声は気のせいだったのか。靴をかき分け、その声の主を捜す。溢れた靴が足に絡まる。「・・・本当にいないの・・・?」「いないよ」右耳にかかる吐息の感覚。———いるんじゃない・・・っ!!幽霊の正体見たり枯れ尾花———と昔の人は言うであろう勢いで振り向くと、そこにいたのは「やっぱり・・・!!」目の前にいたのは、麦わら帽子を被って、白いワンピースに身を包んだ幼女だった。間違いない、教室で見たのはこの子だ。「はじめまして、かな」「・・・そういうこと言うんだ」「はい?」「・・・なんでもなーい」「こんな手のこんだ悪戯したの貴方?」「・・・いたずら?」「そう」「もしかして、このたーくさんある靴の事言ってるの?」「じゃなかったらなんだって言うのよ」「・・・いたずらじゃないもん」「え?」そうそっぽを向いた目の前の幼女がすっと右手を上げるとヒュンっっっっ「!!!!」翼の頬を靴が掠める———投げたの?今?「投げてないよ。飛ばしたの」「!!!」「お姉ちゃんと遊びたいけど、なーんかそんな気分じゃ無くなっちゃった」「あら、帰るの?」「うーん・・・寝ようかなぁ」「じゃぁ眠る前に1つ聞いていい?」「いいよ」「私の友達、どこにいるか知らない?」「ともだち?」「うん。結衣っていうの。天羽結衣」「あもうゆい・・・」「・・・教えない」「え?それってどういう・・・」翼が幼女に駆け寄ろうとしたその瞬間、先ほどと同じ様に靴が飛んできた。ただ1つ違うのは、その量だ。幼女の後ろに山のようにつまれた靴が、一斉に翼に向かって飛んできたのだ。「じゃぁね翼ちゃん」「ちょ、ちょっと待ちなさいよ・・・って痛っ!」体中のあらゆる所に靴がぶつかる。まるで靴の雨だ。「ああもう・・・っ!」追尾型ミサイルのように、自分を追ってくるわけではないと判断した翼は雨の如き靴の猛襲を避ける為に靴箱の影に隠れた。予想は的中。10秒も経たない内に靴は飛び止んだ。「もうあの子なんなの・・・?」いきなり真後ろにいたり靴を飛ばしたり、最早超常現象としか思えない翼は混乱する頭を整理していった。———あの子は私の「結衣がどこにいるのか」って質問に「教えない」って答えた。それが意味するのは、すなわち「どこにいるか知っている」ということだ。つまり、結衣を見つけるには必然的にあの幼女を追う必要が出て来る。そうと決まれば話は早い。翼は立ち上がる。「さてあの子、次はどこに行くのかしらね」———靴箱の影に隠れる瞬間に、チラッと見えたけど、あの子は体育館の方に行った。———体育館か。行ってみよう。そうやって意を決し、翼は玄関を後にする。「にしても、何であの子私の名前知ってたのかしら・・・」
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