川 ゚ -゚)花の棺のようです

 川 ゚ -゚)

花に埋もれていた。


目が覚めて、むせるようなくすぐったい匂いが鼻につく。
私はとりあえず身を起こした。

それと同時に花が舞う。
視界のあらゆるところで、さまざまな色が舞う。
乱れた髪をさっと手櫛で直すと、今度は花びらは見えない風に揺らされた。

あたりは何もない、白い部屋。
まぶしいくらいに、しみ一つない白い壁が、私を取り囲んでいた。

次に目に映ったのは、色とりどりの花だった。それらが私を埋めている。
ばらが多い。

何かうれしいことがあったときに贈ったり飾ったりする花だろう。
そんな花が、よく見れば棺桶に積められている。

つまり、私は棺桶のなかに花と一緒に入れられていたようだ。

不思議と頭は混乱していない。
この状況を最初から当たり前のようにわかっていたのかもしれない。
そんな感覚が、私を妙に落ち着かせている。

部屋から出ようという気持ちはないが、とりあえず、居心地が悪いので、棺桶からでる。

見ると私は赤いドレスを着ていた。真っ赤なドレスだった。
赤と言うより紅か、なんだか血を彷彿とさせる、少し鮮やかさにかける赤だ。
それは花の鮮やかさと対比されて、私の目にはすこし異常なものに見えた。

棺桶の縁に腰掛ける。

一体、私は何をしていたのだろう。
いや、その前に私は何者だったのか。ここはどこか。

ふつう、人間というものは、理解しがたい状況に陥ると、混乱するものだろう。
しかし私はひどく落ち着いていた。
周りの白い壁にも、早くも慣れみたいなものを感じる。
しかし、そうはいえども、やはりここに居る理由が思い出せないのは、奇妙だ。

私はまるで考える人のように、足を組んであごをついた。
そして目を閉じてみる。

無明の世界が私を包んだ。ここは黒い壁に囲まれた部屋だろう。
瞼を透けて光がすこしちらちらと漏れてくるけれど。

心の中はまるで波のない海のようだ。

動揺も、興奮もせず、ありのまま感じた世界を素通しで取り込んでいる。
味気ない、すべて同じ太さでの線で描かれている絵みたいな世界をみているんだと、私は思う。
感情のない世界は素晴らしく明瞭だった。

そうしていると、すこし記憶が戻ってくる。
私には恋人がいたんだ。

なぜ、そんなことから思い出したのかはよくわからない。
でも少しはここに居ることと関係があるに違いない。

私はもっと思いだそうと、心を空っぽにした。
狭い頭の中の世界に古ぼけた映像が流れ出す。


   (  ∀ )


私はその恋人をとても愛していた。
たぶん、いままでつきあったことのある男の中で一番、好きだった。

彼の瞳の色は、茶色く透き通り、彼の髪もまた淡い茶に染まっていた。
背も高く、私を見下ろすその瞳の視線を、私は彼の腕の中からいっぱいに受け止めた。

二人いつまでも甘い言葉をささやきあっては、愛なんてものに満たされる感覚に酔いしれていた。
いや、酔いしれていたのは私だけ。

なぜ?
だって、彼にはほかに好きな人がいたんだもの。


 川 ー )


そこまで思いだして、私はなんだか急に笑えてきた。
これが本当にいままで私が歩んできた道だろうか、あまりに疑わしすぎて逆に笑えてきた。

でも、はじめよりもまだその感じは薄くなってきた。まあ、確かに私ならあり得る。
完全に記憶が戻ったわけでもないのに、なぜかそう思い始めてきている。
何はともあれ、思い出す作業を続行しよう。

誰ともつかぬ他人を私の中に作り出して、それに質問させる。


  わかった、よくありがちな話。その「好きな人」に彼をとられたのね。

  いいえ、もともと私がとったの、その女から。


これには私もさらに高く笑わざるを得なかった。
男の盗りあいやら小競り合い、そんなくだらないことまでしていたらしい。
過去とはいえ、私はこんな女だったのか。
それを笑ってすまそうとする私もたいして変わっていないだろうが。

そうだ、なんだかゆっくり思い出してきた。

盗られた女、名前も知らなかったけど、ひどく野暮ったい女だった。


    ζ( - *ζ


盗られたことに怒って、私のとこに乗り込んできたことがある。
田舎の出身で感情が高ぶるとどうやら故郷の言葉がでるらしかった。
非常に聞き取りづらい言葉で、なにやら私をののしっていたようだが。

あんなののどこがいいのか。
彼のことは好きだったが、そのセンスというか好みだけは今でも理解しがたい。

そんな中、私は揺るぎない自信に満ちあふれていた。
この女などには彼は盗られまいと、確信していた。
こんな女より私は美しいのだから。

なにより、彼を奪えたと言うことは、彼は私を選んでくれたということだ。
そうタカをくくって余裕の笑みを見せていた。

だが、それはあっさり破られた。

私はあの野暮ったい女に負けた。
彼は消えてしまった、それもあの女と一緒に。

たしか、その女と初めて出会って何ヶ月かした後だった。
彼の家に行くと、もぬけの殻だった。

私がプレゼントした家具も、なにもかもがなくなっていた。
あまりに衝撃的で、へたりこんだフローリングの冷たさは今でも覚えている。

まさかと思い、あの女を捜した。

が、彼と同じで、忽然と姿を消していた。
どうやら、彼はあの女と一緒に逃げたようだった。
奪還されてしまったわけだ。

これは女にとっても、男であろうとも、至極苦いような、トラウマになるような、そんな記憶になるんだろうか。
でも今の私には、なんだかおかしくて、笑えてくる。

それは私が記憶をなくしていて、自分のことだと思えないからか。
それとも、私が人間ではなくなったからか。
どちらにせよ、私は一種の悟りのようなものを感じていた。


ふと、私が棺桶からでる時に棺桶の外に落ちた花を一輪拾う。
きれいな薔薇だった。花びらは白い。

そういえば、彼が教えてくれた。
白い薔薇の花言葉は「私はあなたにふさわしい」だったか。

まるで皮肉だった。
あんな田舎娘はふさわしくて、この私はふさわしくないと。

どうやら、私は私自身に絶対的な自信を持っていたらしい。
そして、どうしようもない、強固な嫉妬心も。
女から嫌われてしまう典型的なタイプだと自覚している。

私はぎりりと歯ぎしりをした。
なんだか、笑っていられる余裕があったはずなのに、今更いらだちが沸き上がってきた。

薔薇をぎゅっと握りしめた。
愛しの彼を奪還できてさぞあのふてぶてしい女は満足だろう。

そういえば見た目はみずぼらしく、貧相だったが、妙に口紅だけは濃かった。
その油を塗りたくったような気味の悪い唇の端を不気味に曲げて、
どこか見知らぬところでほくそ笑んでいるに違いない。

いや、確かに笑っていた。
確かあれから何度か彼らに会ったような気がする。

そうだ、そうだった。
私と向かい合い、彼と仲むつまじげに腕を抱き、その光景を私に見せつけていたのだ。

ふと、薔薇を握っていた手に、視線を落とした。
さっきとっさに薔薇を握りしめてしまっていたが、薔薇にはとげがあるはずだ。
それともこの薔薇はすでにとげが抜いてあるのか。
いや、でもさっき拾ったときには確かにとげがたくさん生えていたはずだったが。

見れば、確かにとげは生えていたが、手にはなんの後もない。
傷も、ましてや血さえも。握ったときも痛くなかった。

これはどういうことだろう。

あっ、と思わず私は声をあげた。

薔薇の花びらは、うっすら赤に染まっていた。
柔らかいピンク色。
このような薔薇を、どこかで見たことがある。
それを思い出し、何やら、私の胸はウジでもわいたようなむずがゆい感覚でいっぱいになった。


そうだ、あいつ等の結婚式だった。
そしてピンクの薔薇、『ブライダルピンク』、結婚式で飾られていた。

そして私はその不愉快な儀式を遠くから見つめていたのだ。
今すぐにでもこんなモノはぶち壊してやりたかった。

だけど、それと同時に、私の元にもう彼は帰ってこないことを理解した。
ただの恋人と身内は違うのか。

悲しいというよりやるせなかった。
そこで初めて私の暴走は止まった。
どうしようもない流れ。

止めようとしても無駄で、ここで私は退かざるを得なかった。
負けたらすぐに退くのが大人、ということに今更ながら気付かされた。

それから私は、今までの激しい行動とは打って変わって、燃え尽きてしまっていた。
視界は灰色で、なにを見ても味気なかった。
やる気はとうに失せ、何もかもがどうでもよくなった。

そこまで思いだして、ふと私は疑問に思う。
じゃあ、なんで私はここにいるのだろうか。

二人をじゃますることをキッパリやめたのなら、私はこんなところに居ないはずだ。
それに少しずつ思い出していく内に、頭の別のところで私に起こった別のことを思い出していくのだが、
それとこれとがどうしてもつながらなかった。

私がここに居るということがどういうことなのか、何となくわかり始めてきた。

もう一度目を閉じた。

そのまま、終わってしまったらよかった。
過ちを恥じ、それから自意識過剰な自分を変えていけば良かった。

でも、そうじゃなかった。
そうじゃなかったから、私はここにいるんだ。
なぜ私がここにいるか、それはある種の奇跡にも似た、悲劇だった。

ある日、駅前、偶然二人を見かけた。


      (  ∀ ) ζ( ー *ζ


二人とも、きらめく笑顔で。
特に彼は、私の前なんかじゃ見せなかった笑顔で。

その瞬間、燃え尽きていたはずの炎は、一気に燃え上がった。
痛みのような痒みのような、形容しがたい不快な感覚が私を支配する。
耳元で私の姿をした悪魔がささやく。

もう、盗るだの盗り返すだのは、どうでもよかった。


ただ、復讐を。

幸せを彼らから取り上げたところ、それが私のものになるわけでもなかった。
それでも、その復讐は間違いなく、私のためだったに違いない。


それから毎日、二人へ嫌がらせをした。

無言電話、ありもしない噂を流したり、いろいろやって、二人を追い込んだ。


今更罪悪感は感じなかった。
いや罪悪感どころか、むしろ幸福のようなものを感じ始めていた。
それははっきりと表せるような幸福ではない。

だけど、奴らが手に入れたような幸福と何ら違いのないものだろう。
どちらも他人を踏みにじって手に入れたものなのだから。

生理的欲求が満たされるのとは、ひと味違う、苦くて、そのくせ甘さも持ち合わせている、悦楽。

しまいには、何もわからなくなっていた。
その悦楽に思考を喰い尽くされてしまっていたのだろう。
あまりよくわからないが、もしかしたら犯罪にも手を染めていたのかもしれない。

身内からもひどくしかられていた気がする。
お前は最悪な人間だと、何度も罵倒されたが、心の奥などには届かなかった。
麻薬におぼれた人間にそんな言葉などは通じない、それと同じだ。

私はもはや狂った人間となって、彼らを迫害した。


迫害を始めて、しばらくたった頃だった。
突然、二人から呼び出しを受けた。急に電話がかかってきた、女からだった。

なにをされるか、だいたい見当はついていた。
それをわかっていて私は彼らに会った。

 そして――?

 川 ゚ -゚)

私はぼんやりその白い部屋の中で佇んでいる。


視線を床に這わせていた。見えない蛇を目で追いかける。

その日、私は死んだんだ、殺されたんだ。
殺したのはもちろん、奴ら。
呼び出されて、待っていた私の背後から、刃物で一突き。
刺したのはどっちだったかは結局知らずじまいということか。

刺された怒りはわいてこない。乾いた笑いすらでてこない。
ただ無表情に座っていた。

もう死んでしまったからだろうか。
いや、そうじゃない。実は私自身もそうやって止めてほしかった。

まあ、どちらにせよ涙を流す気などさらさらない。
女が流す涙なんてものは所詮、イミテーションなのだから。

白い天井が私を見下ろしている。

きっとここには見えないものがたくさんあるんだろう。
似たような境遇の亡霊たちが惨めなこの女を見下ろしているのだろう。

私は、その天井を語りかけるように見つめた。

いいじゃない、私が少しくらい幸せもらったって。
あんたたち、どうせ、なにがあろうと一緒にいればいくらでも幸せが手にはいるんでしょ。
だったら分けてくれればいいのに。

こんな気狂いの女なんかを愛だかなんだかの名の下に、復讐したって無駄だ、
それで彼らのもとに何が残ったというのか。

罪悪感、解放感、いずれも悲劇の主人公になりえたという美酒だろうか。
何にせよ、世間がどれだけ私が悪いと言えども、人一人殺したんだから、私なんかよりよっぽど大罪だ。

私はそのまま、後ろに倒れた。
体が棺桶の中に納まる。

胸の前で絡めた手は驚くほど冷たかった。
動く度に花の香りが私にまとわりついてきた。

お祝いの花。
最初、この花は、あの二人を祝うものかと思っていたが、ちゃんと私を祝うものだった。

この目がつぶれんばかりの鮮やかな花たちは、最期の最後に復讐を遂げた私への神様からの餞別だろうか。
そう思うと今度は微笑みが漏れてきた。
神様ありがとう。


むせるような花の香りに包まれ、私は目を閉じた。

瞼の裏には二人が映っていた。


      (  ∀ ) ζ( - *ζ


とても悲しげな目だった。

せめてあなたたちは生きなさい。そして一生罪にさいなまれて生きていくがいい。
二人の愛というものでなんでも乗り越えられると勘違いできるんでしょう。

そう投げかけると、二人の姿は自然と薄くなっていった。
何か名残惜しそうだ。

泣かないでよ、私が泣かせたわけじゃない、自滅でしょう。

それでも二人の幻覚が消えゆくのに安心すると、私の意識も暗い闇に落ちつつあった。
安らかで、生きているときなどには味わえなかったほど、優しい気持ちになってくる。

そのまま、私は深い眠りについた。

 ζ(゚ー゚*ζ

目が覚めて、デレは固いシートから体を起こした。
外は暗幕を垂らしたように真っ暗で、窓からみた空には星一つ輝いてはいない。

車の中で仮眠をとっていた。
傍らには恋人であるモララーもさっきまでのデレと同じように、ぐっすりと眠っている。
聞こえてくる寝息に、ふと愛おしさを感じ、微笑みがこぼれた。

ああ、いっそ、このまま二人夢の中に閉じこもれたら。
後部座席をちらりとみる。

「それ」があった。

「それ」は灰色のビニール袋に包まれ、その上から茶色い布テープで何重にも巻かれている。
後部座席を占領して、ごろりと横たわっていた。

デレは腕時計をみる。午前2時。
そろそろ出発しなければいけない。

 「デレ」

不意に声をかけられて、みると、モララーが目を覚ましていた。
眠っていたときの体勢のまま目だけ動かしてこちらをみている。
その淡くて澄んだブラウンの瞳はデレだけを映していた。


( ・∀・) 「デレ、そろそろいこうか」


デレを安心させる為か、その顔は優しくほほえんでいた。
笑い返してやろうと同じように唇の端をつり上げたが、ひきつってうまくはいかなかった。
好きな人にこんな不細工な顔しか見せてやれないのが悔しい。

なぜ、優しさとはこんなにひねくれたものだろう。

モララーはデレを現実からかばうために微笑んだのに、
その微笑みはデレの胸に冷たいなにかに打ちつけた。

忘れることはあたわない、数時間前の出来事。
また後部座席に目を向けた。
「それ」は今は動きもせず、冷たいままだが、少し前までは暖かさを帯びて、
自らの意志をもち動いていたはずだった。

( ・∀・) 「…デレは悪くない…」


その視線のさきに気づいたのか、モララーはデレに優しく声をかけた。


( ・∀・) 「やらなきゃ、いつ俺たちが殺されてたかわからない」


いつものデレなら、その暖かい言葉で心を落ち着かせるのだが、今はむしろ心掻き立てられた。

殺してしまったんだ、一人の人間を。
これからも続いていくはずだった一つの世界を終わらせてしまったのだ。

その罪は間違いなく重い。
その一つの過ちで、デレら自身も同じように責任をとって命を絶たなければいけないのかもしれない。

あくまでことの運びようによってだが、それでも重罪を起こしたことに変わりはない。
しかもそれを二人は今から隠蔽しにいこうとしている。
確実に自らの罪を重し、自分の罪を締めている。

殺したのはモララーの元恋人だった。
デレたちの幸せを妬み、迫害してきた、幸の薄い女。
彼女に迫害されていた頃は、本当につらかった。
それだけしか言えない、もう忘れてしまいたいくらいだ。

それでも頭の片隅で彼女の声がハウリングしている。

ζ(゚ー゚*ζ 「さっきね、私、夢にあの女がでてきたの」


デレは急に口を開いた。
あの女とは殺した女のことだ。

モララーは少し驚いてデレをまじまじと見つめる。
同じようにデレもなぜ自分がそんなことを言い出したのか驚いた。

しかし、知らず知らずのうちに口は動き話は続いていった。


ζ(゚ー゚*ζ 「あの人、真っ白い部屋にいてね。真っ赤なドレスを着て、棺桶の中はいってたの。
        ――いっぱいの薔薇とかの花と一緒にね」


モララーは少し怪訝は表情をしながら訊いた。「それで?」


ζ(゚ー゚*ζ 「あの人、私たちのこと、馬鹿な奴らって笑ってた」

デレがそういうと、モララーは苦笑しながら「だろうね」と言った。

そうだった、デレは思い出す。
そんな女だった、嫌な女だったし、それ以上に本当に恐ろしい女だった。
夢の中でも、怨念より嘲笑をぶつけてきた。
全く彼女らしい。
殺してしまった後で、なぜだかいとおしさが湧いてくる、おかしな現象だ。

でも、今更そう思えても、彼女を殺したことを後悔しているわけではない。
紘が言ったようにこうしなければ、あの狂った女から逃れられなかっただろう。
警察はまともに取り合ってくれなかった。
民事不介入とは都合のいい言葉だ。

そして殺人者と成り下がったデレたちに、人々は都合のいい言い訳ととるだろう。
どんなに苦しみを他人に訴えたところでわかりあえたりはしない。


置き換えてみれば愛も同じだ。
どんなに愛し合って肌をすり合わせても、心の中は読みとれない。
一心同体なんであり得ない。


そういえば、夢のなかのあの女も言っていた、愛で何でも乗り越えられると勘違いできるんだろう、と。
それでも、構わなかった。
こう思うのはただの心酔か狂信かもしれない。


でも、モララーはあの女から迫害を受けていた頃、言ってくれた。

 ( ・∀・)『こんなにデレが苦しむなら殺そう』

あの女を後ろから刺したのも彼だった。

もしかしたら、これから彼にハメられて警察に突き出されるかもしれない、そんなことは考えたくないが。
そう懸念しながらも、デレはモララーを愛し続ける覚悟はできていた。
もし、そんなことがあろうものなら、間違いなく死を選んでやる。
そして死に際に一言、「ずっと好きだよ」とでもつぶやいてやろうか。

そこまで妄想してしまっている自分をデレは一人、心の中で寂しく笑った。
依存とは本当に厄介なものだ、人をこんなにも狂気に駆り立てるなんて。

モララーは外を眺めていたが、ふと、目映い自動販売機の光を見つけて、鞄を手に取った。


( ・∀・) 「ちょっとコーヒー買ってくるよ、デレは?」


ええ、買ってきてちょうだい、と言うと、モララーは軽く頷いて車からでていく。
その背を窓越しに視線で追いかける。

気づけば、窓は半分光を反射して、デレを映し出していた。
ひどく醜い顔だった。
メイクは崩れて、服装も田舎からでてきたばかりの実情をはっきり示していた。

三度、後部座席を見る。

夢の中のあの女は綺麗だった。赤いドレスがよく似合っていた。
死んだからか、生きた人間にはない艶やかさもあった。

それに比べて今のデレは醜い。
殺人を犯してしまい、精神的にも肉体的にも疲弊してしまったからだろう。

もうすぐ、彼女は埋められる。

夢の中ではかぐわしい花たちに埋められていたが、現実には冷たくじめじめした土に埋められてしまうのだ。
もしかしたら誰に見つかることもなく、土くれに還ってしまうかもしれない。

いや、少しオカルトに考えてみれば、彼女はもうこの死体にはいない。
ここにあるのはただの肉体だ。
魂だけで、どこかに飛んでいって、彼女はずっと遠くでデレたちを笑っているのかもしれない、夢で見たように。

デレは笑った、ひどく自嘲的な笑みだった。

もしそうだったらこの勝負は完全にあの女の勝ちだ。
こんなくだらない世におさらばできて、なおかつこんなに憎くてしょうがないやつの人生を狂わすことができたのだから。

あんなに幸せだった生活を、いっぺんに壊すことができたのだ。
十分な戦利品だろう。


あなたたちは生きなさい。そして一生罪にさいなまれていきていくがいい。


夢だったはずなのに、なぜこんなにもはっきりと、幻の彼女はデレの心をずたずたにできるのだろうか。
知らぬうちにデレは涙を流していた。
滴は荒れた肌の上を転落していく。

向こうからモララーが走ってくる。
デレの涙に驚いて駆け寄ると、窓を軽く小突いてきた。
それにデレは、あわてて涙を拭って、微笑みで答えた。

涙を流したせいか、窓に写るデレの姿はよりいっそう醜くなった気がする。
そうして時を重ねるごとにどんどん醜くなっていくのだろう。

警察におびえて暮らしていくことになれば、その顔には深く苦悶のシワが刻まれていのか。
モララーが車に入ってくる。軽く車体が揺れて、後ろに積んだ死体も動いた。


これから二人はどうなっていくのだろう。
警察につかまるのだろうか、いや、うまくいけば一生逃げていられるかもしれない。
それでも、二人にもう昔のような幸せはやってこないにちがいない。

モララーはやさしくデレを抱き寄せた。
いつもなら、暖かさを一身に受け止められるはずなのに、今日は全く暖かさを感じられない。

感覚はマヒしていた。まるで生きたまま殺されてしまったようだ。
土に埋もれるのはこちらのほうかもしれない、
とデレは冷え切った指を紘の背中で絡めながら思った。
夜の闇のような絶望に今はひれ伏すしかない、いや今だけではなく、この先もずっと。

ふとデレはバックミラーにかかった小さな薔薇のコサージュに目をやった。
ゆらゆら揺れているそれは、昔、モララーが旅行先で買ってくれたものだった。

買った当初は真っ赤な薔薇だったが、今は直射日光にさらされていたせいか、どんどん退色し、
今ではもうオレンジ寄りの黄色い薔薇になってしまった。

色あせたその色はお世辞にも綺麗とは言えない。


人生も同じように色あせていくものだ。
自分のそれに絶望したものはたいていそう言う。デレも今、そうひしひしと感じざるを得ない。
まさかこんなに早く悟るとは思わなかったが。

小さなチャペルで二人愛を誓ったあの日に帰りたい。
あのときが幸せの絶頂期だったのか。


ζ(゚ー゚*ζ 「ねえ、黄色い薔薇の花言葉って何だったっけ?」

何気なく、デレは聞いた。
モララーはロマンチストで、よく神話や星座などについて教えてくれる。
花言葉も然りで、よく道ばたの花やらを見てはデレに教えてくれるのだ。

しかし、今回のモララーはいつまでも答えなかった。
知らなかったのか、言いたくなかったのか、黙ったままで、
いつまでもデレを抱きしめているだけだ。


抱きしめている腕に力が込められて、二人の体はぴったりと重なりあう。
それでも、二人はいつまでも「そのまま」だった。
一つになれたりはしない。
当たり前のことに、なぜかまた涙がでてきた。

そのときデレはあの女の声をまた聞いた気がする。心のよどみの奥深くで。
そしてデレはいつの間にかその声が言っていたことを反芻していた。

 「バイバイ」

夜は続いていく。
黒くつめたい風にあおられて、道端の野花はせせら笑うように揺れていた。



   ――― 川 ゚ -゚)花の棺のようです   終


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最終更新:2011年02月19日 10:24
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