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レッスンスタジオの最寄り駅の改札を通って、私はすぐにトイレに駆け込んだ。
心臓が鳴りすぎて止まるんじゃないかってぐらいドクドクと音を立てている。
吐くかと思ったけれど、冷たい便器に腰掛けているだけで少しは心が落着いた。


「私がキッズじゃなくて、エッグだから?」

ゆっくり呼吸を整えながら、もう一度さっきの言葉をなぞってみる。

考えてみたら、すごい言葉じゃないか。
ちっさーを戸惑わせるだけじゃなくて、自分自身にも刃物を向けるようなものだ。


キッズのみんなは優しい。
キュートだけじゃなくベリーズにも私をのけものにするメンバーはいないし、まるで私もキッズの一員だったかのように接してくれる。

でも本当に些細なことで隔たりを感じることはやっぱりあって、私はそのたびにどうしようもない寂しさや疎外感を味わっていた。
今更こんな風に自滅するまでもないじゃない。
いや、ちっさーを巻き込んだからむしろ自爆テロか。余計にたちが悪い。


――♪♪♪

そんな馬鹿なことを考えていたら、ふいにメールの受信音が鳴り響いた。
ケータイを開くと、愛理からメールが着いている。

“今どこにいるの?みんな心配してるよ><ちさとも気にしてるみたい”


そっか・・・たぶんまだ、ちっさーは私の言葉に傷ついたままなんだ。
そう思ったら、また心臓が高鳴り始めた。
今度は痛みじゃない、むしろ、ジェットコースターでてっぺんを目指すまでのあの高揚感に近い。
ちっさーにあんな顔をさせられるのは、私しかいないんだ。
私だけが知っている、ちっさーの感情を揺さぶるスイッチがあるんだ。
私だけの、ちっさーが。

「・・・何考えてるんだ、私。」

こんなのはまともな発想じゃない。
わかっていても、心の奥からあふれ出てくる感情は否定できない。

私はきっと、特別なちっさーが欲しいんだ。

お嬢様になる以前のちっさーと私は、まあまあ良好ぐらいの関係を保っていたように思う。

私は常にどこか特定の輪に入っていなければ不安になるタイプの寂しがりで、
ちっさーは誰でもいいから常に適度に構われていたいタイプの寂しがり。
同じ寂しがりでもその方向性は正反対だったから、ずっと一緒にいるということはなかった。
真面目な話なんて全くせず、お馬鹿な遊びだけは2人で誰よりノリノリでやるような、ある意味で一番薄いつながりだったのかもしれない。


一人っ子で、人との間に強いつながりを求める私にとっては
えりかちゃんと舞美ちゃんはお姉ちゃん。
愛理は相方。
いつもまっすぐで頼れるなっきぃとは同級生コンビ。
舞ちゃんは年齢よりかなり大人っぽいから妹っていうより、よきライバルという感じだった。


でも、ちっさーは・・・私にとって何なのだろう。


頭を打ってからのお嬢様ちっさーとは、愛理と3人でよく一緒にいるようになった。
前みたいにふざけっこはしなくなったけれど、ファッションやメイクの話で盛り上がったり、会話の幅は広がった。
それでもちっさーはやっぱり愛理との方が仲がいいみたいだったし、2人だけでお買い物に行って私は誘われなかったということもあった(このことはもう引きずるなってえりかちゃんに言われてるけど・・・)


それで私は、ちっさーを「私の妹」と発言するようになった。
私のパシイベでもそう言ったし、ちっさーの時にもそういうメッセージを送った。

ちっさーは「ありがとう、栞菜。嬉しいわ。」なんて言ってくれたけど、私なんかよりえりかちゃんや舞美ちゃんを頼っているのは明らかだった。
なっきぃとの結びつきだってずっと前から強い。


私はどうにかして、みんなみたいに、ちゃんと中身の伴った私だけのちっさーを手に入れたくてたまらなくなっていた。
そして、さっき・・・とてもとても歪んだ形だけれど、ちっさーへの罪悪感と引き換えに、それを少しだけ手に入れることができた。


私にだけ、誰にも見せないような傷ついた顔を見せるちっさー。


これからはあの一言を言うだけで、簡単に特別なちっさーを引き出すことができる。

こんなひどい感情は、まだ誰にも打ち明けることはできない。
愛理に返事は打たず、ケータイをかばんに放り込んでトイレを出た。
タイミングよくホームに入ってきた電車に飛び乗って、窓の外を眺める。
本当にこれでいいの?
そう思いながらも、窓に映る私の顔はカサカサに乾いた心のまま少しだけ笑っていた。



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