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私の魔法の言葉の効果は、早速次の日からはっきりと現われた。

「おはよう、栞菜。」
「あ、お、はよう。」
レッスンスタジオまでの道を歩いていると、日傘をさしたちっさーが後ろから声をかけてきた。
いつもどおり、ごく自然に振舞うちっさー。胸が高鳴る。
「もう夏も終わりなのに、暑いわね。」

そんなことを言いながら、入る?とばかりに日傘を傾けてきた。
「ありがとう。」

こんな可愛い心遣いをしてくれる子に、私は何てひどいことをしようとしているんだろう。
良心がチクリと痛む。
今日のちっさーは、後ろに大きなリボンのついたシンプルなライトイエローのワンピースを着ていた。歩くたびにふわふわ揺れて、とても可愛らしいと思った。

「ちっさー、チョウチョみたいだね。可愛い。」
「あら、ありがとう。明日菜にも言われたわ。こういう色の蝶、本当にいるんですってね。」
ちょっと照れくさそうに笑うちっさーは、昨日のことなんて何も気にしてなかったかのようにも見えた。

「ちっさー、おしゃれになったよね。よく似合ってる、それ。」
「嬉しいわ。これはね、早貴さんがくれたの。あんまり着ないからって。」
「へえ・・・」

またじわじわと、心臓の鼓動が大きくなってくる。そんな交流があるなんて、私は知らなかった。

「ねえ、ちっさー。今度うちに遊びにこない?栞菜が着なくなった服とかあげるよ。」
「まあ・・・でも、何だか申し訳ないわ。お気持ちだけで嬉しいから、そんなに気を使わないで。」

何で。
私じゃ、嫌なの?
私だって、ちっさーのお姉ちゃんみたくなりたいのに。


「・・・私が、キッズじゃなくてエッグだから?」


気がついたらまた、あの一言を口走っていた。

ちっさーに魔法がかかる。
私に微笑みかけていた表情が一気に強張って、ゆっくり歩いていた足がピタッと止まった。

「栞菜、どうして・・・・?私、そんな風には」

私は無言でちっさーと押しのけて、早足で先に歩いていった。
ちっさーは追いかけてはこない。
やがて私の後ろで力ない足音が聞こえてきたら、なぜだか少し心が落ち着いた。



結局ちっさーは、集合時間直前までロッカーに来なかった。

「あれ、ちっさー珍しいね!今日ギリギリじゃん!」

舞美ちゃんの声に振り向くと、少し慌てた声でごめんなさいと言いながらちっさーが入ってきた。
さっき私に見せていたあの悲愴な顔じゃなくて、いつものおっとりお嬢様の表情に戻っていた。
「おはよう、ちっさー。」
さっきまで一緒だったくせに、とぼけて挨拶をしてみる。
「あ・・・おはよう愛理、栞菜。」

なんだ、特に引きずってはいないんだ。
ほっとすると同時に、なぜかそれを残念にも思っている自分がいた。
「千聖、今日一緒に柔軟やろう。着替え手伝うから急いで!」

舞ちゃんがちっさーの手を強く引っ張っていく。
舞ちゃんはいいな。私みたいな汚い手を使わなくても、ああやってちょっと強引でも正々堂々とちっさーを独占できるんだ。

それに比べて、私のやってることって・・・・

「栞菜?・・・なんか怖い顔してる。大丈夫?」
「うん。なんでもないよ。それよりさ・・・」
話題を逸らす。

心から心配してくれる愛理に胸が痛んだ。
ごめんね、愛理。



そんな葛藤はあったものの、禁断の魔法の味を知ってしまった私は、どんどんあの言葉を簡単に使うようになっていった。

例えば、何かおそろいの物を持ちたいと思った時。
一緒にコンビニに行って、何か買ってあげたいと思った時。
そして、ちっさーの好きそうな服をあげる時。

主に私がちっさーに何かしてあげたい時には、効果がてきめんのようだった。
慎み深いちっさーは必ず遠慮するけれど、私があの一言を言えば従ってくれた。

悲しい顔をさせることに、罪悪感はあった。
それでもこれは単なる私の親切の押し売りであって、ちっさーを傷つけるのが目的ではないという理由付けができたから、私は自分の矛盾した気持ちから目を逸らし続けることができた。
ちっさーも、私があの言葉を口にしないかぎりはごく普通の態度でいてくれた。
異常な結びつきになってしまったけれど、私たちはいつでも一緒にいるわけではないし、私もみんなの前では魔法を使わなかったから、誰も2人のおかしな状態に気づいてなかった。

そのことが私を増長させたのかもしれない。

私はわかっていなかった。
何でも言うことを聞いてくれる素直な妹ができたとばかり思っていたけれど、お嬢様のちっさーの中には、前の千聖の気の強さもしっかり残っていたということに。

終わりの始まりは意外に早く、そして突然やってきた。

いつもどおり本当につまらないことで切り札を使おうと思った。
ちっさーが私のヘアピンを可愛いと言ってくれたから、すぐに髪からはずして、ちっさーの手に握らせた。
いつもどおり遠慮するちっさーに、また私は「私が・・・」といいかけた。

「・・・そうね。栞菜が、エッグだからかもしれないわね。」

最後まで言い終わる前に、ちっさーは私の言葉を遮った。
唇をギュッと噛んで、強い目で私を睨みつけている。

――嘘。

だって、ちっさー。

私はただ、私だけのちっさーが



何を言われたか、とっさにわからなかった。
頭が真っ白になる。

「ちっさー・・・」


呆然としたまま名前を呼ぶと、みるみるうちに硬く強張っていたちっさーの表情が青ざめていく。


「あ・・・・私、私何てこと・・・・・」
涙で霞んだ私の眼の向こう側で、ちっさーが力なく床に崩れ落ちた。

同時に、私にも立っていられない程の強い衝撃がゆっくりと襲ってきた。
ちっさーと同じような体勢でへたり込む。

「え・・・ちょっと、どうしたの!?千聖?栞菜?」
なっきぃの声が遠いところから聞こえたような気がした。


涙が止まらない。

ちっさーを怒らせたことがショックなのか、
自分の行いがあまりにも馬鹿すぎたことがショックなのかわからない。

こんなことになって、初めて気づいた。
私は自分の気持ちばかり考えていて、ちっさーがいったいどんな気持ちで私の言葉を受け止めていたのか考えていなかった。
こんなに無神経なのに、何が「ちっさーは私の妹」だ。
本当に最低だ、私。


今すぐちっさーに謝らなければいけないのに、嗚咽で声が出ない。
「栞菜、落ち着いて。大丈夫だよ、息吸って、吐いて・・・・」

舞美ちゃんの大きな手が優しく背中を叩く。えりかちゃんが頭を撫でてくれる。

私はただ、私もこういうお姉ちゃんになってあげたかっただけなのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。


こうして私のかけた魔法は、あまりにももろく、簡単に消え去ってしまった。



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