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「栞菜、楽しかったわ。ありがとう。」

スイーツと輝きがリミックスバージョンみたいになって耳から離れない私とは対照的に、カラオケ店を出てからもちっさーはご機嫌だった。

「・・・・ちっさーが楽しかったならいいよ。
で、今からなんだけどさ。良かったら、栞菜の家で夕ご飯食べて行かない?」
私が誘いをかけると、ちっさーは慌てて胸の前で両手を振った。
「そんな、申し訳ないわ。私のためにそんなに気を使わないで。今日は、このまっままっすぐ帰るわ。とても楽しかった。」
「でもちっさー・・・ううん、わかった。じゃあ改札まで送るよ。」

強引に誘うのはもうやめた。
本当に名残惜しいのだけれど、まだ私はちゃんとちっさーとの距離の測り方がわかっていないのだから、引くところは引かないといけない気がした。



「じゃあ、またね。」
「ええ。また。」
ちっさーはにっこり笑って、のんびりした足取りで改札へ向かっていく。

定期入れを片手に改札の順番待ちをする姿を眺めていたら、ふいにちっさーの足が止まった。

「ちっさー?」

急に流れを止めたちっさーを、怪訝そうににらみながら後ろのサラリーマンが追い越していく。
何人もの人が、ちっさーを抜かす。邪魔だと言わんばかりにぶつかられても、ちっさーは少しよろめいただけでその場を動かなかった。

「ちっさー、どうしたの?」

あわてて列の中から引っ張り出して、邪魔にならない柱の影まで連れて行った。
「忘れ物でもしちゃった?」
抱いてた肩を離して、正面に向き直る。

「あ・・・」

ちっさーは、私を見ていなかった。
というよりも、視点がどこにもあっていない。
茫洋としていて、あきらかに心がここにないのがわかった。


“千聖は時々ね、すごく遠い目をして、心が全然違うところに行っちゃってるの”

さっきのえりかちゃんの言葉が頭をよぎる。

ど、どうしよう。どうしたらいいの。

慌ててケータイを取り出して、えりかちゃんに電話をつなごうとした。

「うわっ!ちょ、ちょっと!」

その時、いきなりちっさーが抱きついてきた。
今日のちっさーは少し高めのヒールのローファーを履いていたから、私たちはほとんど身長差がない。
耳にちっさーの息がかかる。
熱くて甘ったるくて、背中にゾクゾクが走った。

「・・・・・やっぱり、帰りたくない。」


私の手からケータイが落ちた。


「ちっさー、カレーでいいかな?」
「えぇ・・・・・」

幸というべきか、不幸というべきか。
家に戻ったら、お母さんもお父さんも出かけていた。

私たちは向かい合わせになって、リビングでレトルトのカレーを黙々と食べた。
味なんてよくわからない。
この後の展開を考えたら、身がすくむような思いだった。

「・・・あの、ちっさー。私片付けやってるから、適当にテレビでも見てて。」
「えぇ・・・・・」

ちっさーは相変わらず心ここにあらずといった様子で、私が促すままにソファへ移動してテレビを眺めはじめた。

何だか、最近読んだケータイ小説みたいだなと思った。
寂しさや不安をまぎらわすために、いろんな人と関係を持ったりする主人公がちっさー。
えりかちゃんは・・・あれだ、セフレというやつか。
それで、私は行きずりの男。

紆余曲折あって、結局ちっさー・・・じゃなかった、その主人公は幸せを掴むとかいう話で、私は大いに感動して号泣したんだけれど、こうして自分もキャストの一人に当てはめて考えてみると、ちっとも泣けない。いや、むしろ別の意味で泣けるかもしれない。


でも本当に、これでいいのかな。
えりかちゃんですら、正しいかわかっていないことを、私なんかが代わりにしてあげるなんて。
ていうか、そもそも何をどうすればいいのかわからない。

「栞菜。」
いきなり、背中越しにちっさーが声をかけてきた。

「うひゃ!・・・・あ、待って、もうちょっ・・・・!」

ちっさーはいきなり私の手を取って、強引に胸を触らせてきた。
表情はうつろなまま、でも目線だけは私をはっきり捉えている。
振りほどくことはできなかった。
どうにかして、ちっさーを元の状態に戻したい。

(で・・・できる、かも、しれない)
私はちょっとエッチな雑誌とかで得た知識を必死でよみがえらせて、ちっさーの首筋をやんわりとなで上げてみた。
「・・・っ」

ピクンと反応が返ってくる。

(えっと・・・次はどうだっけ、胸?はもう触ってるから・・・)

こんな調子で恐る恐る体に触り続けていたら、何だか私もいやらしい気持ちになってきた。

どうしよう。
もっと触ってみたい。
ギュッてしてみたい。

そんな欲望が心を蝕んで、私の指はちっさーのスカートの中に伸びていった。
その時。

「・・・やっぱり、帰りたい。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ?

「ごめんなさい、栞菜。」

「ちょっ・・・ちょっとー!ちっさー、最悪なんだけど・・・!」

私はいきなり脱力して、床にへなへなと座り込んだ。

「ごめんなさい・・・」
まだ少しぼんやりしてるけど、ちっさーは概ねいつものちっさーに戻ったみたいで、介抱するように私の背中をさすってくれた。

ああああああ、もう本当に恥ずかしい。
だって、ちっさーは普通じゃない状態だったから仕方ないけれど、私ははっきりとちっさーをどうにかしてやろうと思ったわけで。

「あー!あー!もー!」
恥ずかしすぎる。ちっさーがいなかったら、私は一人で絶叫して、床をゴロゴロ転げまわりたい気分だった。

「栞菜・・・あの、私、本当に、ごめんなさい。」

「・・・いいよ、気にしないで。」
ていうか早く忘れてください。

何だか、馴れないネコを相手にしているようだった。
全身をゆだねているようにみせて、少しでも距離のとり方を間違えたら、腕の中をすり抜けていってしまうような奔放さと臆病さ。

「ちっさーは、犬だけど猫なんだね。」

「え?」

「いや、なんでもない。
それより、一個だけお姉・・・・栞菜のお願い聞いてくれる?さっきのお詫びと思って。
・・・お母さん達が帰ってくるまでは、ここにいて。帰らないで。ちょっと寂しい。」

ちっさーは軽く目を見開いた後、「ええ、もちろん。」と満面の笑顔で承諾してくれた。

「じゃあ、栞菜の部屋で遊ぼう。」

まだ私は、遠くへ飛んでしまうちっさーの心を繋ぎとめる方法を知らない。
心に抱える果てしない孤独感も共有できない。

それでも私はちっさーが大好きだから、ちっさーが自然と痛みを吐き出せるような、そんな存在にいつかはなってあげたいと思った。

・・・・・・ああ、それにしても、本当に危なかった。
ケータイ小説ばっかり読んでるとアホになるっていうお母さんの小言が、今日ばかりは胸に痛かった。

やっぱりこういうのは私には向いていない。
これからはあせらずゆっくりと、ちっさーに「お姉ちゃん」て思ってもらえるような関係を目指そう。
決意を新たに、私はちっさーの手をギュッと握った。


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