※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



そこは真っ暗だったけれど、とても暖かくて、甘いお菓子みたいな匂いがただよっていた。

私は一人ぼっちでうずくまっていた。不思議と寂しくはない。
柔らかい綿みたいなものに包まれながら、ウトウト目を閉じたり開いたりしてまどろんでいた。

どこだろう、ここ。
長い時間ここにいたような気もするし、さっき来たばっかりのような気もする。時間の感覚がよくわからない。

たしか私、舞ちゃんと喧嘩してたんじゃなかったっけ?その後舞美ちゃんとふざけっこしてて・・・・


「・・・眠い・・・・」

いろいろ考えようとしても、頭がボーッとしてうまくいかない。
体に力が入らない。

私、もしかして死んじゃうの?
嫌だ、まだやりたいこといっぱいあるのに。
キュートでいっぱい活動して、学校の友達といっぱい遊んで、パパやママや妹弟たちとももっとたくさんの時間を過ごしたいのに。

フラフラする体を無理矢理起こすと、なんと私の目の前に私がいた。

「うわっ。」

完全に真っ暗な空間だったのに、私の姿だけはなぜか見えた。

「ねえ、あのさ、千聖だよね?ていうか私も千聖なんだけど」

とりあえず話しかけてみるけれど、私はにっこり笑ってるだけで、何にも言わない。

よく見てみると、今私が見ている私は、私自身とは少し違うような気がした。
私、こんな大人っぽい顔してたかな?服も、私じゃ絶対選ばないようなお嬢様っぽいスカートなんて履いてるし。

「ねえ、」
もう一度話しかけようとしたら、目の前の私はいきなり手を伸ばして私を抱きしめてきた。
私はどうしていいのかわからなくて、とりあえず私を抱き返してみた。
その瞬間、2人の体が、ピッタリと一つにつながったような気がした。


「あぁ・・・・」
唇から大きなため息があふれ出た。
頭の中に、たくさんの映像が流れ込んでくる。


私の手を抱いて、みんなの輪の中に引き入れてくれる愛理。

私と一緒に、笑いながらグラウンドを走る舞美ちゃん。

私の名前を叫びながら、傘もささずに夜の街を駆けるなっきぃ。

目に涙をいっぱいためながら、どこにも行かないでと私を引き止める栞ちゃん。

暗い部屋の中で、黄色いリボンで指をつないだまま、私と寄り添っている舞ちゃん。

どんなシーンでも、優しい顔で私を後ろから見守ってくれているえりかちゃん。

桃ちゃん、りーちゃん、ベリーズのみんな、パパ、ママ、妹に弟。みんなが私に向かって笑いかけている。

長い長い映画を観ているような感覚だった。
なぜだかわからないけれど、すごく胸が痛くて、私はボロボロと涙をこぼしていた。
みんなに会いたくてしかたがなかった。早くここを飛び出したくてたまらない。

「みんなのとこ、戻らなきゃ。」
私がそういうと、もう一人の私は、肩越しにしっかりとうなずいた。
暗闇の中でぼんやりと光っていた目の前の私の体が、だんだんとさらに強い光を放っていく。

「まぶしっ・・・・」
目を開けていられない。
私は光の洪水の中で、しばらくの間きつく目を閉じていた。



たくさんの人の気配で目が覚めた。
ちょっと黄ばんだ天井。薬くさい空間。
レッスンで使うスタジオの、医務室のベッドに私は寝ていた。
右手が熱を持ったようにジンジン痛い。強い力で握り締められているみたいだった。

「茉麻ちゃん・・・?」

舌が引きつれてうまく喋れなかったけれど、私の声を聞いた茉麻ちゃんは、うつむいていた顔をガバッと上げた。
大きな丸い目が、裂けちゃいそうなぐらい大きく見開かれている。

「手、痛いよ茉麻ちゃん・・・・」
「千聖・・・・!」

茉麻ちゃんの顔が歪んで、私のほっぺたに涙が落ちた。

「千聖、千聖!ごめんね、私のせいで」

茉麻ちゃんは放っておいたら土下座でもしそうな勢いだった。何が何だかよくわからなかったけど、私はあわてて「私、大丈夫だよ。」と背中をさすった。

「・・・ちっさー」
今度は後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると、至近距離に舞美ちゃんの顔。まるでお化けでも見るような顔で、私を見つめている。

よく見たら、狭い部屋の中にたくさんの人が集まっていた。
キュートのみんなだけじゃなくて、ベリーズも。マネージャーさんやスタッフさんも端っこの方にいた。

「えっ、これ何っ・・・私、どうしたの?何かあった?」
「千聖・・・喋り方」
「え?何か変?ごめんわかんないけど」

「元に戻ったんだ・・・・・」

めったに泣かない愛理が表情を崩したのを合図にしたように、キュートもベリーズも、皆が泣き出してしまった。あのももちゃんまで。

「え・・・ええっ・・・・!ちょ、ちょっと、やだなあ。舞美ちゃん?えりかちゃん?アハハ、やめてよぅ」
ドッキリでもしかけられてるのかと思って笑いかけるけれど、誰も「なんちゃって!冗談冗談ー♪」と言ってくれない。
りーちゃんや栞ちゃんなんて、吐いちゃうんじゃないかってぐらいヒーヒー言いながら泣いている。

「っ痛・・・・!」
何気なくおでこに手をやると、包帯が巻かれていた。右のほっぺたも湿布で覆われている。

        • なんだろう、この感じ。前にもこういうことがあったような気がする。

「あ、あのごめん、私なんで怪我してるの?」

キュートのみんなはもうまともに喋れるような感じじゃなかったから、どうにか話を聞いてもらえそうなキャプテンと雅ちゃんに声をかけてみた。

「・・・覚えてないの?千聖今、階段から滑って落ちちゃったんだよ。」
「それで、キャラが変わ・・・違う、元に戻って・・・・・でも良かった、本当に」

2人はそこで声を詰まらせて、また泣いてしまった。

「キャラって・・・」
いったい何のことを言ってるのかわからない。
階段から落っこちたっていうのは、多分舞美ちゃんとくすぐり合いっこしてたからだと思うけど。
でもそれなら何でベリーズの皆がいるんだろう?ていうか、そもそも何でみんなこんなに泣いてるんだろう。

「ねえ、みんなそんなに泣かないでよー・・・」
私は何だか悲しくなってきて、つられて泣き出してしまいそうになった。


「・・・・・・・・・・・・・千聖。」

その時、泣き続けるみんなをうまく避けながら、舞ちゃんが私のところに近づいてきた。
「あっ舞ちゃん。ねーこれっ何で・・・・」

質問しようとした私の唇を、舞ちゃんの手が覆った。
ひんやり冷たい手が、ほっぺたを辿って鼻、まつげ、髪の毛に触れた。
どうしてだろう。
こうやって舞ちゃんが私の顔に触れるのは、初めてじゃない気がする。

“くすぐったいわ、舞さん”

頭の中に、そんな不思議な声が聞こえた。


「ちさと・・・・ちさと・・・・」

舞ちゃんは私の名前を何度も呼んで、細い腕で私を抱きしめた。
「舞ちゃぁん・・・」
壊れやすいガラス細工を扱うように、とても優しく包まれて、私もついに泣き出してしまった。
どうしてなのかわからないけれど、胸が締め付けられるようにズキズキ痛んだ。

思いっきり泣いてみんな落ち着いた頃、舞美ちゃんからいろいろ教えてもらった。
それによると、私は3週間ぐらい前にも階段から落ちて、頭を打ったらしい。

「舞美ちゃんとふざけてて、落ちた?」
「それは3週間前。・・・ちっさー、今日何日だかわかる?」
私が答えると、みんなが落胆のため息をついた。どうやら3週間分の記憶がすっぽり抜けているらしい。

「本当に覚えてないの?」
「うーん・・・」

何かが引っかかっているけれど、思い出すことができない。

「ちっさー、お嬢様になってたんだよ。」

――お嬢様。
その単語を耳にした途端、私の心臓がドクンと波打った。
すっかり忘れかけていた、さっきの夢のことを急に思い出した。
もう一人の私が見せてくれたあの光景が、頭をいっぱいに満たしていく。

「千聖?大丈夫?」
思わずこめかみを押さえてキツく目をつむる。

「思い・・・・出した、かも」
「ええっ!」
「まだ全然、ざっとだけど。自分がお嬢様キャラとか全然わかんないし。」
それでもみんなにとっては嬉しい報告だったらしく、安心したようなおだやかに笑ってくれた。

「お帰り、千聖。」
困ったようないつもの笑顔で、愛理が手を差し出した。

「ただいま。」
握った愛理の手は、何だかいつもより暖かくて頼もしかった。


その後。


キュートのみんなは元に戻った(らしい)私をすぐに受け入れてくれて、いつも通りのキュートになった。
舞ちゃんは最初すごく優しくしてくれたけど、今はもうすっかりもとどおりになった。私とつまんない喧嘩をしながら毎日キャーキャー騒いでる。


パパやママなんて、3週間の間いい子だった私と今の私を比べて、「また部屋汚くして!勉強は?お嬢様千聖を見習いなさい!」なんて言ってくる。
明日菜は「キモかった」「変だった」を連発した後、「おかえりなさい。」と呟いた。可愛い奴め。


結局私は、全ての記憶を取り戻すことはできなかった。
あの時夢で見たみたいに、ダイジェストみたいな形で、大まかな出来事は思い出せる。でも細かいことや、自分がお嬢様言葉で喋っていたり、可愛い服装をしていたことなんかは実感がない。
そういわれればそう・・・なのかな?という程度。

「ちっさー、本当に可愛かったんだよ。」なんて時々栞ちゃんが私をからかう。みんなは真顔でうなずいたりする。
「やめてよ恥ずかしいよ」
照れ隠しに変顔やったりしてごまかすけれど、お嬢様の話をされると、なぜかいつも胸の奥が甘くざわめく。

「まだここに、お嬢様の千聖はいるのかな。いたら面白いなあ。おーい。ごきげんよう。」
独り言をつぶやいて、胸をノックしてみても、当然何の反応も返ってこない。


それはみんなが知ってて、私だけが知らない、ひと夏の不思議な出来事だった。


次へ

TOP