あれは二週間ぐらい前のことだっただろうか。
授業が終わってとっとと家に帰ろうとしていたところを、風紀部隊に捕まってしまった。
いつものように改造制服についてブイブイ文句を言われた後、少し早足で昇降口へ向かっていた。
そして、ちょうど新聞部の部室前を通り過ぎたとき、私の耳に「千聖」という名前が飛び込んできた。
「んん?」
雑談という感じじゃない。激しく言い争っているような雰囲気。
最近の新聞部はおかしい。生徒のプライベートなことまで記事にするようなことが何度かあり、少し問題になっていた。
まさか、千聖のことを記事に?私は引き戸をそっと開けて、中の様子を見た。
「うるさいな。大体、天才だか何だか知らないけど生意気なんだよ。中等部のガキのくせに」
うわー、怖っ。あれは新聞部の部長か。中には何人か生徒がいて、ちょこちょこ見知った顔もある。
「そんなこと、関係ないでしょ。こんな嘘の記事書いて、恥ずかしくないのかって聞いてるの。」
「ちょっと、舞ちゃん落ち着いて」
「面白ければ何でも書いていいの?おかしいんじゃないの」
作業用の机を激しく叩きながら部長にくってかかっているのは、萩原舞という中等部の有名人だった。
あんまり他人に干渉しない主義の私でも、彼女のことはよく知っていた。学校始まって以来の天才と名高かったし、何より千聖とすごく仲が良かったから。
「部長、やっぱりこの記事はやめましょう。私、こういうんじゃなくて、もっと違う内容で千聖お嬢様のことを」
「夏焼さんは黙ってて。これは新聞部の威信の問題なんだよ。こんな子1人の意見なんて通してらんないの。・・・つーか誰だよ、発行前に記事の内容漏らしたの。」
「え~?千聖のことを記事にするんですかぁ?それ、ヤバくないですかぁ?」
本当は他人の喧嘩に口出しするのは好きじゃないんだけれど、千聖絡みなら話は別。
室内にいた人は私の顔を見ると、露骨にゲッという表情になった。・・・私は疫病神か。
「何なの、嗣永さんまで」
「えー?もぉのこと知ってるんですかぁ?うーれしーいー」
「・・・あなたのこと知らない人のほうが珍しいでしょ。って、今そんなことどうでもいいから。何か用?取り込んでるんだけど。」
「桃・・・」
にらみ合う部長と舞ちゃんの間に、みやが割って入るような状況になっている。他の生徒はどうしたものかと困惑顔で、3人の顔を見比べていた。
「だからぁ、千聖のことなんてぇ、書かないほうがいいと思うんですー。出したもん勝ちって思ってるのかもしれないですけどぉ、あそこの家はマジでヤバいんですよぉ?わかってないなあ」
「っちょっと何なの、どいつもこいつも。それが3年に対する口の・・・」
「はっ。年上だから何?バッッッカじゃないの」
・・・あっ!ヤバい。つい地が。
私の“素”を知ってるみや以外の人達は、急にアニメ声をひっこめた私をおばけでもみるような目つきで凝視してきた。
「・・・あー!もう、わかったよ。バカみたい。この記事載せなきゃいいんでしょ!?はいはい、こっちが悪うございました!」
一歩も引かない私と舞ちゃんにうんざりしたのか、部長は舞ちゃんから原稿をひったくってシュレッダーにかけた。
「部長・・・!」
「これで満足したでしょ。差し替えの記事考えるから、部外者はさっさと出て行って。夏焼さん、データ消しといて。」
背中に怒りをにじませつつも、これ以上は時間の無駄だと思ったらしい。新聞部は会議の体制に入ったので、私と舞ちゃんはおいとますることにした。
「・・・なんか、すいません。」
「ん?」
数歩後ろを歩いていた舞ちゃんが、私のブレザーの袖をくいっと掴んで小さな声で謝ってきた。あ、何だこの子結構可愛いじゃない。
「あは、別に気にしないで。ていうか、まともに喋るの初めてだよね?最悪なはじめましてだね。」
「ふふ」
お互いに存在は知っていたけれど、こういう形で出会うとは全く予想外だった。話してみると舞ちゃんはキツそうな外見とは裏腹に、よく笑うとても明るい子だった。中庭のベンチでしばらく談笑して、ふと話題が千聖のことになった。
「桃ちゃんは、千聖と仲がいいんだよね?」
「うん、そうだよ。さっきも、千聖の名前が聞こえたからつい立ち寄っちゃったんだ。」
「・・・じゃあ、お願い。さっきのこと、絶対に千聖には言わないで。」
舞ちゃんはまっすぐ私の方へ向き直ると、悲痛な表情で頭を下げてきた。
「ちょっと、舞ちゃん」
「お願いします。あんな記事、千聖の耳には絶対入れたくない。」
残念ながら私は肝心の原稿を見てないから、いったい何が書いてあったのかはわからない。でも、私と舞ちゃんは同志だ。同じように千聖を大事に思っている子がここまで隠そうとするものなんだから、相当ひどい内容だったに違いない。
「わかった、舞ちゃん。頭上げて?桃誰にも言わないから。」
「本当?」
「大丈夫、桃は口は固いんです。千聖みたいに、ちょっとつつかれるとあわあわしちゃうタイプじゃないから」
「ありがとう。」
その後少し雑談してから、舞ちゃんは寮に、私は自宅に帰っていった。千聖の件以外は接点のない私たちは、それきり顔を合わすことがなかった。
「・・・・・桃」
黙りこんでいたみやが私を呼んで、私の心は現在に戻ってきた。
「うん」
「私が悪いの」
「みや、違うよ」
「違わない。・・・お嬢様のことを、記事にしようって言い出したのは私なんだ。」
最終更新:2013年11月21日 23:45