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「舞ちゃん、ちょっと待って。」
えりかちゃんは前の席の椅子を引いて、私に座るよう促してきた。
2週間ぶりのえりかちゃんは相変わらずの超美人で、吸い込まれるような綺麗な瞳を見ていたら、心を見透かされるような気がして胸がざわめいた。

「退寮って、どうして?」
「家庭の事情。学校はやめないよ。でもこれからは、自宅から学校に通います。」

「・・・なんか、違う気がする。」
よどみなく答える私をじっと見て、えりかちゃんは首をひねった。

「なんかって、何?」
「わかんない。でも、舞ちゃんはそういう理由で退寮を申し出てるとは思えない。」

うっ。
理論武装の準備はできていたから、問い詰められたらうまいことごまかす自信はあったけれど、こう天然というか勘のようなもので探られるのは予想外だった。

「ねえ、やっぱり何か違うわけがあるんでしょ?ウチ頼りないかもしれないけど、一応寮長だし舞ちゃんよりも学校や寮には詳しいと思うんだ。だから、1人で抱え込まないで話してみて?」
「えりかちゃん・・・」
「千聖お嬢様だって、悲しんじゃうよ。舞ちゃんが出て行っちゃったら。」


――千聖。

苦しい胸のうちをえりかちゃんに打ち明けようとした時、耳に入ったその名前で、また私の心は固く閉ざされた。
やっぱり、言いたくない。全てを正直に話すということは、新聞部の件まで打ち明けなければいけないということだから。

「あれっ舞?」

その時、後ろから驚いたような声で名前を呼ばれた。

「…うそー、今日来るなら言ってよー!お帰り、舞!」
「ごめんね、お姉…」

振り返った私は、絶句した。

ファイルをたくさん持った舞美ちゃんの横に、千聖が立ち尽くしていた。

「今、お嬢様と一緒に生徒会の資料運んでて…」

すぐ近くで会話しているお姉ちゃんとえりかちゃんの声が、遠いところから聞こえているような不思議な感覚。
驚きに見開かれたままの千聖の瞳が、私だけを映している。
抗えない。
この目に見つめられたら、私は千聖に意識を奪われてしまう。

「ま…い?」
「うん。」

私がうなずくと、千聖はよろよろと私の方へ歩み寄って来た。

「舞…私、何度も携帯電話に連絡したのよ。メールだって打ったわ。どうして、一度も返事をくれなかったの?どこにいたの?
…あぁ、でも無事でよかったわ。舞に何かあったら、私」

困惑と喜びとためらいがごちゃまぜになった表情。
千聖は気持ちを持て余しているのか、溢れ出す言葉を私にどんどんぶつけてくる。

「あれ、千聖お嬢様舞から連絡来てなかったんですか?舞、ちょこちょこ返事くれてたよね?」
「ちょっと舞美!」

えりかちゃんは慌ててお姉ちゃんの口を塞いだけれど、時すでに遅し。
みるみるうちに千聖の顔が真っ赤になって、色の薄い唇が痛々しいほど噛み締められた。

「舞…どういうことなの。説明しなさい。」


一瞬で空気が凍り付く。
千聖は今まで、目上ぶったり寮生を見下したりすることは全くなかった。命令口調すら好まず、対等に扱われることを望んでいたのに、今私を問い詰めるその口調は、聞いたことがないほど厳しいものだった。



胸が苦しい。でも、これが千聖から離れるチャンスなのかもしれない。

「私、寮を出て行くの。もう千聖のワガママにはうんざりしてたの。大体、お世話係なんてやりたくないし。勉強だって、何で年下の舞が教えなきゃいけないの」

千聖はひたすら黙って、ひどい暴言を聴き続けている。
私の言葉はどれだけ千聖の胸にトゲを突き刺しているんだろう。それをまともに考えたら私の心は折れてしまいそうだったから、私は悪態が口をついて出るがままに千聖を責め続けた。


「舞、もういい加減にしなさい。」

「千聖なんて、いつもお取り巻きの人になんでもやってもらってるばっかりで何にもできないじゃん。それに・・・むぐっっ」

お姉ちゃんの制止も聞こえないようなふりをしていたら、ついに実力行使とばかりに口をガッと塞がれてしまった。

「・・・絶対に嫌。」

私が黙り込むと、千聖は唇を震わせながら呟いた。


「そんなの、認めないわ。舞は出て行っては駄目なの。命令よ。寮にいなさい・・・お願いよ。行かないで」
「お嬢様、ちょっと落ち着いてください」

「舞、お願いだから」

さっきまでの強い目つきじゃない。いたましいほど必死で、千聖は私を引きとめようとしていた。

「うるさいな。もう決めたの」

これ以上は、もうとても聞いていられない。
天才だなんだともてはやされていても、心が鋼鉄でできてるわけじゃないんだ。

「舞ちゃん!」

私は鞄を掴んで、教室を飛び出した。
これでよかったのかわからない。息が切れそうになるまで走り続けて、気がついたら私のおサボりの定位置・・・屋上の給水塔まで来ていた。



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