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これでよかったの?今は胸が痛すぎて、全然わからない。
私はハシゴをよじのぼって、ゴロンと給水塔の陰に寝転がった。


“舞ったら、制服が汚れてしまうわよ”

そう言って、いつも私の頭を膝に乗っけてくれた千聖はもういない。私が断ち切ってしまった。

「千聖・・・・」

もうここで、2人きりで夕日を眺めたりすることはできないだろう。あんな酷い言葉を投げつけた私を、許してくれるはずがない。
バカみたいな喧嘩もいっぱいしたのに、今は楽しい思い出だけが甦ってくる。
千聖のことを大好きだって自覚はあったけれど、こうして失って、初めてその思いが自分の認識以上のものだったと気づかされてしまった。
これでいいんだよね?私、間違ってないよね?これからは、そっと影から千聖を見守り続ければ、それで全部丸く収まるんだよね?
今はこんなに辛くても、きっと時間が解決してくれる。千聖への気持ちも風化していくはず。



「・・・や、やっと追いついた・・・舞ちゃん、ちょっと手貸して・・・・・!」
「うわっ!」

いきなり、背後から声をかけられた。
あわてて見てみると、明るい茶色の長い髪を振り乱して、えりかちゃんがハシゴをよじ登ってくる最中だった。

「もっ・・・舞ちゃん足速すぎ!さすが舞美の妹だわ。ウチだって全速力だったのにぃ」
私にひっぱりあげられながら、えりかちゃんはブーブー文句を言ってきた。

「どうして、ここだってわかったの?・・・千聖は?」
「あのね、舞ちゃん。ウチも舞美も、舞ちゃんが思ってるよりずっと、舞ちゃんのこと見てるんだよ。
こういう時、舞ちゃんがどこに行くかだって、そりゃあ大体はわかりますって。お嬢様のとこには、舞美がいるよ。心配しないで」

別に心配なんか、と言いかけて、私は口をつぐんだ。“千聖は?”と聞いたのは私だ。完全に感情を押し殺したつもりだったのに、こんなささいなことで、私の本心は綻び出てしまう。そして、えりかちゃんはそれを決して見逃してはくれなかった。

「舞ちゃん、何があったのかちゃんと教えてくれないなら、この退寮届は受け取れないよ。」
いつものちょっと天然なえりかちゃんじゃない、上級生の少し厳しい目つきで、えりかちゃんは私を見つめた。


かなわない。私はえりかちゃんから目をそらして、夕日を見つめながら口を開いた。


「多額の寄付金で我が学園を私物化している千聖お嬢様は、あまりの性格の悪さに、友達が一人もいなかった。」

「?ちょっと舞ちゃん、何を」

「そこで千聖お嬢様のご両親は、金で千聖お嬢様にお友達を買い与えた。それが、あの寮の生徒達である。
・・・その中でも取り分けお気に入りの年下の生徒には・・・・・・毎晩、夜伽の相手をさせている。これ、私のことね」
「舞ちゃん、」

「他にも親交のある、高等部の変人Mさんも、お金で築いた人間関係と言われている。・・・尚、この記事の内容は、お嬢様を良く知る事情通の関係者からのリークであり、真偽の程はさだかではない。我々は今後もこの問題を追及していく所存ではあるが、まずは第一報を」
「わかった、舞ちゃん。もういいよ」

えりかちゃんは後ろから私を抱きしめてくれた。

「ごめんね、舞ちゃん。本当にごめんね」
首筋に、えりかちゃんの涙が落ちる。

「新聞部がこんな記事を出そうとしていたの。ぎりぎりで私はそのことを知って、文句つけてどうにか記事にはならなかったけど。」
えりかちゃんのしゃくり上げる音が、背中に響いて切ない。私のために泣いてくれる人がいるのに、無理矢理自分を一人ぼっちにしようとしていたことが、今更愚かなことだと思えた。

「・・・二週間休んでいたのはね、遠くに住んでるおばあちゃんが体調を崩してしまったから、家族でお見舞いに行っていたの。
命に関わる病気じゃなかったから、私は2~3日で寮に戻るっていう選択もできたんだけど、そうはしなかった。少し冷静になって、これからどうしたらいいのか考えたかったから。」
「頼ってくれればよかったのに。」

「ごめんなさい。あんな酷い記事の内容、誰にも教えたくなかったの。
でも私が千聖の側にいる限り、また違う形で、私達の関係を邪推した記事を書かれてしまうかもしれない。だから、私は少し千聖と距離を置くことにした。それが退寮の理由です」


えりかちゃんは私を抱きしめたまま、しばらく黙り込んでいた。
新聞部には、えりかちゃんの友達もいたはずだ。優しくて繊細なえりかちゃんに、こんなことを打ち明けてよかったのだろうか。私だけが背負っていればよかった事実を、えりかちゃんにまで押し付けてしまった。

「舞ちゃん。」

えりかちゃんは私の肩を掴んで、クルッと回転させた。いつものバッチリメイクは涙で汚れてしまっていたけれど、その瞳はしっかりと力を持って私を捉えていた。

「舞ちゃんが寮を出て行くことはない。・・・あとのことは、ウチらにまかせて。」
「・・・でも」
「はっきり言うけど、舞ちゃんはね、自分で何でもできると思いすぎなの。自分を犠牲にしすぎ。みんなで考えれば、もっといい方法があるかもしれないのに。もっと頼ってよ、これでも一応高等部のお姉さまなんだからね。」

私のおでこに軽くデコピンして、えりかちゃんは照れくさそうに笑った。
「・・・ごめんなさい」
「しばらくは、お嬢様のお屋敷には行かなくていいよ。お嬢様も興奮してるみたいだし、仲直りはいろいろ問題が片付いてからにしよう。・・というわけで、この退寮届は見なかったことにしまーす!」

えりかちゃんから突きつけられたその封筒を、私は素直にポケットにしまった。
「さ、帰ろう!遅くなっちゃったし。」
「えりかちゃん、ありがとう。あの・・・何か舞もえりかちゃんにしてあげられることがあったら」
「んー?それじゃあ、2つばかりよろしいかしら?まず、・・・・梅さん、高所恐怖症なの今思い出した。ハシゴ怖い。もう降りれない。助けて!」

えりかちゃんはハシゴの途中で、さっきとは違う、子供みたいなベソをかきだした。私は苦笑しながら、えりかちゃんの位置まで戻って肩を貸した。

「はい、これで怖くないでしょ。もう1個のお願いは」
「あ、ありがとう舞ちゃん。怖かった!でね、もう1個の方なんだけど・・・

さっき言ってた、ヨトギってなぁに?ウチ国語苦手でさー」

「・・・・・それは、ググッてください。」


まだ千聖の顔を見る勇気はないけれど、どうにか完全につながりを断ち切る事態は免れた。
強がりもほどほどにしよう。舞美ちゃんだけじゃない、私には、こんなに素敵なお姉ちゃんがいるんだ。

少し前を歩く、いざという時は頼れるその後ろ姿に、私はもう一回こっそり頭を下げた。



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