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ここに勤めてもう半年ぐらい経つけれど、こんなに千聖お嬢様が不機嫌になっているのは初めてみた。

「お嬢様、お食事召し上がられないんですか?」
「・・・・」

夕食の時間。お嬢様は頬杖をついたままプイッと横を向いて、窓の外を睨んでいる。

2時間ほど前、お嬢様は舞美に抱きかかえられるようにして、お屋敷に戻ってきた。
その表情は青ざめて、体は小刻みに震えていた。
どう見ても普通の状態じゃない。どうやら久しぶりに学校に来たマイさんとケンカしたらしいけれど、2人はいつもつまらないことで揉めている。単なるケンカで、こんな状態になるとは思えなかった。

「お嬢様、温かいものでも飲みますか?おなかすいてませんか?何か買って来たほうがいいならすぐ行って来ますよ?」
「いいえ・・・しばらく1人になりたいわ。」
オロオロする舞美を残して、千聖様は部屋に閉じこもってしまった。

「めぐぅ・・・」
途方にくれた顔で、舞美がもたれかかってきた。私はそのちょっとたくましい背中をポンポンと叩いて励ます。

私はメイドで、舞美はお嬢様の通う学園の寮生。年が近いからか、私たちは普通の友達のように仲がいい。
勤務中はあんまり馴れ合わないようにしているけれど、珍しくこんなに落ち込んでいる舞美を、お仕事モードで突き放すことはできなかった。

「どうしたの。千・・・お嬢様もだけど、舞美もヤバイよ」
「もー・・・わかんないよ。私鈍感だから、また何か大事なこと見落としてたかもしれない。」

落ち込む舞美をどうにか宥めているうちに、調理場から夕飯のいい匂いがただよってきた。


「まあ、おいしいご飯食べて落ち着こう?大丈夫だって!」

私はひとまず舞美をその場に残して、調理場へ向かった。
いくら友達が落ち込んでるからって、いつまでも油を売っているのはあんまりいいことじゃない。私は岡井家のメイド。仕事をきちんとこなさないと。

テーブルを整えて、食器を並べているうちに、やっとお嬢様は部屋から出てきた。

「お嬢・・・・」

声をかけようとして、言葉に詰まる。
お嬢様はもう青ざめても震えてもいなかったけれど、今まで見たことがないぐらい、ひどいしかめっつらをしていた。
そして、今に至る。





「お嬢様、お料理が冷めてしまいますよ。」
「・・・・・食べたくないわ。」
相変わらず正面を見ようともせずに、お嬢さまは口だけ小さく動かして首を横に振った。

「お嬢様。食欲がないのは仕方がないですけれど、ひじをつくのはマナーが悪いです。ちゃんと前を向いて。体制を直してください。」
サキさんにピシャリと指摘されて、お嬢様の口はますますへの字になる。

「私、えりかさんの作るご飯が食べたいわ。」

しぶしぶ手の位置を直しながらも、お嬢様は今度は右に座るエリカさんをターゲットにした。

「お嬢様、ご飯ならあるでしょう?」
「いいよ、なっきぃ。ウチ何か作ってくるから・・・」
「ダメ、えりこちゃん。お嬢様、用意されたものを召し上がってください。」

今日のお手伝い兼夕食のお供に来ているのは、サキさんとエリカさん。舞美はいつの間にか寮に帰ってしまっていた。

この様子だと、サキさんは千聖お嬢様が舞ちゃんとケンカして超絶不機嫌なことをまだ知らないんだろう。
サキさんははりきりすぎてしまうところがあるから、ワガママを発動したお嬢様を何としてでも窘めたいと思ったのかもしれない。
でも今日のワガママは、いつものとは違う気がした。
案の定、キャンキャンと注意されたお嬢様は、テーブルを叩いて勢いよく立ち上がった。


「なっきぃはどうして意地悪ばっかり言うの・・・・・私、そんななっきぃは嫌いよ。なっきぃだって私が嫌いなんでしょう。えりかさんも、お父様もお母様も・・・・舞も。みんな、私のことが嫌になってしまったんだわ。」

うつむいたお嬢様の目には、大粒の涙がたくさん溜まっていた。

「お嬢様!」

お嬢様はきびすを返して、リビングから去っていった。
突然の事態に、私以外のメイドも動揺している。
こんなに激しく、感情的な姿を見せるなんて。
サキさんは今にも泣き出しそうになっているけれど、エリカさんが側についている。大丈夫、多分。
私は他のメイド仲間に合図を送って、お嬢様の後を追いかけた。

「お嬢・・・・千聖。めぐです。開けて。ちょっと話そう。」

お嬢様のお部屋のドアの前で、私は特別な呼び方を使った。

これは、お嬢様と私だけの秘密。

私は2人だけでいるときはお嬢様を“千聖”と呼んで、タメ語で話す。
お嬢様は私を“村上さん”じゃなくて“めぐ”と呼ぶ。

こんなの、バレたら首がとんじゃうかもしれない。でも私は、本当の意味で、お嬢様がお姉ちゃんみたいに頼れる存在になりたかった。
私たちには、2人きりじゃないときはあんまり仲良くしないという暗黙の了解があった。その代わり、2人でいる時は思いっきり甘えさせてあげる。


「めぐ・・・・」

わずかに開いたドアの隙間から覗いた、千聖お嬢様の丸くて小さい指が、私の腕を掴んだ。
吸い込まれるように部屋へ入ると、待ち構えていたように、お嬢様は私の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。



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