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「めぐ、行かないで。私を捨てないで・・・」
小さな体全部を震わせて、お嬢様は何度も何度もごめんなさいと繰り返し呟いた。

「・・・千聖、大丈夫。誰も千聖を置いていったりしないよ。」
「私、舞に嫌われてしまったの。私のことが嫌だから、舞は寮を出て行くって・・・どうしたらいいの。」

お嬢様はしゃくり上げながらも、一生懸命私に話してくれた。
マイさんに、ワガママだから嫌いだと言われたこと。お世話係なんてしたくない、勉強も見てあげたくないと言われたこと。
思い出すたびに苦しくなるだろうに、お嬢様はまるで自分を痛めつけるように、一語一語、心に刻むように喋り続ける。

「私が悪いの。さっきだって、なっきぃは当たり前のことを言っただけなのに、私が勝手に当り散らしてなっきぃを傷つけたわ。全部私のせいなの。ワガママばっかり言っているから、お父様もお母様も妹達も帰ってきてくれないのね」
「何言ってんの、違うよ千聖。そうじゃないよ。」

優しい千聖お嬢様は、他人にワガママを言った後、いつもひどい自己嫌悪に陥っている。私はずっとお嬢様に仕えてきたから、そんな場面を嫌というほど目の当たりにしていた。

いいじゃないか、少しぐらい人に当り散らしたり、怒りや悲しみをぶつけるときがあっても。それを受け止めるためのメイドであり、お手伝い係を担う寮生なんじゃないの?
マイさんと何があったのかはわからない。マイさんは頭がいいから、なかなか本心が見えない。だけどあれだけお嬢様のことを慕って、いつでも一緒にいたマイさんが、今更お嬢様のささいなワガママを理由に離れていくとは思いがたい。何か別の理由があるのは明らかだった。

それでも私は、彼女がこんなにも千聖お嬢様を傷つけたことはやっぱり許せない。
今ここにマイさんがいたら、つかみ合いになってでも、千聖お嬢様に謝らせたい。年下だろうと、そんなことは関係ないと思う。

こういうことを即考えてしまうのが良くないんだろうな。私は結構頭に血が上りやすい。いつもお嬢様に“そんなことを言わないで。めぐは怒りっぽいのね。”なんて窘められちゃう部分だから、さすがに口に出しては言わないけれど。


「ねえ千聖。マイさんだけが、千聖の全てじゃないよ。舞美だってアイリさんだって、他にもいっぱい千聖に良くしてくれる人はいるでしょう?」

・・私だっているよ、とはさすがに言えなかった。それは恥ずかしい。

「でも、舞は1人しかいないわ。皆さんのことも、めぐのことも大好きだけれど、舞がいないと私は心が壊れてしまうかもしれない。・・・めぐ、お願い。舞のことを悪く思わないで。舞に頭を下げさせようなんて、考えないで。」
「千聖・・・、うん、わかった。ごめん」

お嬢様は意外に人の心の機微を読む。私の考えていることは、概ね感じ取ることができたみたいだ。
さすがに短気すぎたかもしれない。みんなが揺れている今、私まで理性を失ってどうするんだ。

「千聖、良かったらソファに移動しない?いい加減床に座りっぱじゃ寒いよ。・・って私の部屋じゃないけど」
「ふふ。そうね」

お嬢様はやっと少しだけ笑顔を見せてくれた。
相変わらず私の体にギュッとしがみついたまま、ふかふかのソファに腰を下ろした。あんまり人に触られるのが好きじゃないお嬢様が、こんなに体をくっつけてくるなんて。
人のぬくもりで心を癒さなければいけないほどに弱ってると思うと、私の胸もズキンと痛くなった。


「何かさ、人間関係って難しいよね。相手を思ってしたことでも、変な風に捉えられちゃったりさぁ。
逆に、どうでもいいことで気を使われたりもするし。変な気回さないで、はっきり口で言ってよ!みたいな。どんなに仲が良くても、そういう見解の相違?みたいなのって起こっちゃうんだよね。」

「・・・めぐは、お友達と大喧嘩をしてしまったことがあるの?」
「うん、昔のことだけどね。少し似ているかもしれないな、今のお嬢様とマイさんの状態に。」

私は千聖お嬢様のふわふわした癖っ毛をいじりながら、今で少し胸が痛むその出来事に思いを馳せていた。

「中学生の時にね、すごく仲のいい友達がいたの。でも、つまらない誤解が積もり積もって、ある時ひっどいケンカになって。私が彼女のためになると思ってやったことが、逆に彼女を傷つけて苦しめていたみたい。」

「その方とは?今はどうなっているの?」
「・・どうもなってないよ。ケンカ別れしたまま。」
「会いたいとは思わないの?めぐが謝ったら、お友達に戻れるのではないのかしら?」

お嬢様の声に熱が篭る。自分とマイさんの出来事に、重ね合わせているんだろう。

「・・・・会いたいよ。でも、ちょっと時間が経ちすぎちゃった。正直、顔を見るのが怖い。それに、会わないうちに変わってしまっていたらどうしようって。彼女だけじゃなくて、自分もね」
「そう・・・めぐでも、そんな弱気になってしまうことがあるのね。」
「ふはっ、どういう意味、それ!」

お嬢様の屈託のない天然発言に、思わず吹き出してしまった。めぐでも、って。
本当に、千聖お嬢様は不思議な力を持っている。たった一言で、ちょっと暗くなっていた私の心の雲まで飛ばしてくれた。

「正直さっきは、千聖をこんなに傷つけたマイさんが本当に憎たらしかった。だけどね、マイさんが千聖にひどい言葉をぶつけたのには、何かしら理由があると思うんだ。
もし千聖がマイさんと仲直りしたいって思ってるなら、早く手を打ったほうがいいよ。お互いのことをちゃんと好きなのに、このまま誤解してお別れするのは悲しいでしょ。・・・・私みたいに、手遅れになる前に。」
「めぐは、舞が私のことをまだ好きだって思うの?」
「当たり前でしょー?こんなに可愛い千聖のことを、そうそう嫌いになれる人なんていないって。」

抱っこしてる腕に力をこめてほお擦りすると、お嬢様はやっといつもの潔癖気味のお嬢様に戻った。

「きゃっ!嫌よめぐ、そんなにギュッてしないでちょうだい。顔が近いわ!」
「うへっへっへ、千聖がワンちゃんみたいで可愛いからぁ」
「もう・・・・・・ありがとう、めぐ。もう大丈夫よ。ごめんなさいね、お仕事が忙しい時間なのに。」

お嬢様は部屋のドアを開けて、仕事に戻るよう促してきた。

「じゃあね、お邪魔しましたお嬢・・・」
「あっ待ってめぐ。栞菜を呼んでほしいの」
「カンナさん?」

確か、3日ぐらい前に入寮したっていう・・・

「栞菜に、添い寝をしてもらうわ。そういう約束をしてるの。」
「わかりました。もうお食事はよろしいですか?そしたら、お風呂沸かしておきますから。カンナさんには、22時頃来てもらいましょうか。」


お嬢様の部屋を出た私は、懐かしい友達の顔を思い浮かべた。
まだ彼女のアドレスは消していない。2人で撮った写真やプリクラも、捨てられずにいた。



「みやび・・・」
久しぶりに口に出した名前は、やっぱり私の胸を切なく締め付けたのだった。





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