「じゃ、舞美まかせたよ!」
「了解ー!」
作戦開始当日の放課後、一足先にお屋敷へ向かうみんなに背を向けて、私は舞の部屋へ足を運んだ。
「舞、マーイ」
ドンドン扉を叩いていたら、中から舞がひょこっと顔を出した。
「なぁに?ってちょっと!お姉ちゃん?え、やだ、何?何?」
私はすばやく部屋に侵入すると、舞をお姫様抱っこしてベッドに放り投げた。
「覚悟!」
「ええっ!こら、何だ!お姉ちゃんてば!脱がすな!」
そのまま馬乗りになって、舞の部屋着をガーッと脱がそうとした・・・けれど。
お嬢様とのプロレスごっこで鍛えてるだけあって、舞はなかなか手ごわかった。変な動きで私の手からもそもそと逃れてしまう。
「よ、よーしわかった!じゃあ舞美も脱ぐよ!それでいいでしょ?」
仕方ない、可愛い妹のためだ。私は制服を脱ぎ捨てて、下着代わりのキャミとショートパンツ1枚になった。
「・・・・ごめん、本当に意味がわからないんだけど。急に部屋に来て、舞のこと脱がそうとしたと思ったらいきなり自分が脱ぎ出して。」
舞は突然の展開に動揺して、私の巨乳(とかいってw)をまじまじ見つめている。
「あはは、ごめんね。実は、舞にこれ着てもらいたかったんだ。」
私は隠し持っていた紙バッグから、“例のアレ”を取り出した。
「・・・それ、メイドさんの制服じゃん。」
「そうです!舞には今日から、お屋敷のお手伝い復帰してもらいます。今までおサボリしてた分、メイドさん見習いとしてビシビシしごかれてらっしゃい!」
「何でよ。そんなの勝手に」
まずい。舞みたいな頭のいい子に反論されたら、言い負かされちゃうかもしれない。私はちょっと早口で説明を続けた。
「舞は寮に残るって決めたんでしょう?それならちゃんと義務を果たさないと。まだお嬢様と気まずいかな。でもそのことは大丈夫。仕事内容にお嬢様のお世話はそんなにないらしいから。ね、花嫁修業だと思って!舞!」
「わかったわかった!顔近いよもう!」
舞は私の顔を捻じ曲げて、「着替えるから待ってて。」ともそもそ服を脱ぎ出した。
「よかったー!お嬢様も喜ぶよ。」
「ふん、そんなことないと思うけど。・・・お待たせ。」
めぐの体にあわせて作られたメイド服は、縦幅はちょうどいいみたいだけど、全体のサイズとしては華奢な舞にはちょっとぶかぶかみたいだ。胸まわりのタ゛フ゛タ゛フ゛したところをつまんで、舞は少々不本意そうだった。
「おー可愛い!ちょっと写真を・・」
「お・ね・え・ちゃ・ん!」
ちぇー。舞に威嚇されて、私もしぶしぶお屋敷に向かう準備を始めた。
「さ、行こう!」
肩を抱いて足を踏み出すと、舞は上から下まで視線を這わせてきた。
「な、何?」
「・・・・お姉ちゃん、露出魔?」
うわあああ!!舞を着替えさせるのに夢中で、自分が下着姿になっていたことをすっかり忘れていた。
「ちょっまっ!うわー恥ずかしい!」
「ふ、ふふ・・本当お姉ちゃんてさぁ・・・。舞先行ってるから!」
勢い良く階段を降りてく音を聞きながら、私は大慌てで制服を身に着けて舞を追いかけた。
「じゃあ、めぐ。舞をよろしく。」
「・・勤務中ですから、村上とお呼びください。矢島さん。さ、萩原さんはこちらに来てください。」
めぐは屋敷の玄関で私たちを待っていてくれた。お仕事モードでおすまし顔のまま二言三言交わすと、さっさと舞を連れて奥へ行ってしまった。
取り残された私は、みんなとの合流場所 ――大広間へ向かった。
「はい、お嬢様☆あーん、して下さい?キュフフフ♪おいしいですか?」
「千聖様、お茶の御代わりはいかがですか?本日は最高級の茶葉を使用したお紅茶がどうたらこうたら」
「今日のお召し物もとてもかわいいですねお嬢様。とってもおいしそうなお嬢・・・じゃなくて、お菓子がたくさんあって素敵ですね。シ゛ュルリ」
「ま、舞美さぁん・・・」
たくさんのお菓子やケーキを目の前にしているにもかかわらず、お嬢様は困った顔で私に助けを求めてきた。
理由は明らか。・・・みんなが異常に優しいから、だろう。
「ほぉら、お嬢様。次は何を召し上がりますか?ラフランスのワインゼリーはいかが?こちらのパンプディングも美味ですケロ♪」
普段はお嬢様の教育係になってるなっきぃまで、今日は別人みたいにお世話を焼いている。
「はい、お待たせしましたお嬢様ー!舞美、おろすの手伝って!」
えりがウエディングケーキかと思うほど巨大なショートケーキを持って現われた。お嬢様はひぃっと息を呑んで一層オロオロしだした。
「夕ご飯も、お嬢様の大好きなものがたくさん出てきますよ。お楽しみになさっていてください。」
「なんっ、どうしてフガフガフガ」
そう、これが私たちの作戦。とにかくお嬢様にベタベタイチャイチャありえないぐらい優しくしまくって、嫉妬深い舞を煽るというもの。
メイドさんという立場に縛られて、しかもあのめぐ軍曹の指揮下に置かれるとなると、舞はうかつに千聖に近寄ることができない。
外から千聖お嬢様を取り巻く輪を眺め続けることで、自分にとってどれだけお嬢様が大切な存在だったのか、もう一度認識してもらいたかった。
だんだん心の氷が解けていき、舞はお嬢様が差し伸べた手をしっかり握りしめ、2人は仲直り・・・・・と行きたいところだったんだけれど
「ほ、本当にどうなさったの、みなさん?あの、なっきぃ?私、プリンを落としてしまったのよ?・・・叱らないの?」
「キュフフ、失敗は誰にでもありますわ、お嬢様。なっきぃの分を差し上げますから。」
「そうですよ、はいドンマイですよお嬢様。」
「うぅ~・・・そ、そんなに優しくしてくださらなくても・・・もう、栞菜はどうしていつもよりベタベタするの!」
いつもの調子が出ないのか、お嬢様は歯がゆそうにもじもじしている。肝心のお嬢様が嬉しくなさそうだったら、この作戦はあんまり意味がないのかもしれない。
「失礼します。お嬢様、今日から寮生の萩原さんにメイド見習いをしてもらうこととなりました。ほら、萩原さん挨拶して」
そこに、舞をつれためぐがやってきた。相変わらず仏頂面の舞は、口を尖らせながら一応頭をペコンと下げる。
「・・・・・・・ヨロシクオネガイシマス」
前言撤回。私たちの作戦、十分有効みたいだ。
お嬢様のお口にケーキを運ぶなっきぃや、無意味にさわりまくる栞菜に向けられた舞の目は、“千聖にベタベタすんじゃねぇ”とメッセージを発していた。
「はは・・」
どうやら私たちが考えていたよりも、舞はずっと嫉妬深いタイプのようだった。
最終更新:2011年02月08日 20:04