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お嬢様が部屋から出てこない、と連絡を受けたのはその日の夜のことだった。
寮で夕飯を食べてからお屋敷に行くと、エントランスでメイドさんたちがオロオロしていた。今日はめぐは実家に帰ってるらしく、みんなこういう時の対処方法がわからないらしい。
「ドアをノックしても生返事しかしていただけないんです。私達は、勝手にお部屋に入るのは規則で禁じられてるので・・・」
「わかりました。それじゃあウチがお嬢様のところに行ってみます。」
私はお夜食を持って、お嬢様の部屋へ向かった。見慣れたドアが、今日は何だか固く閉ざされているように見えてしまう。・・・まるでお嬢様の心のように。

「お嬢様、えりかですけど。入ってもいいですか?」
「えぇ・・」
メイドさんたちの言うように、部屋の中からは魂の抜けたような声で返事が返ってくる。
鍵は閉まっていない。ドアを開けると、お嬢様はお気に入りのふかふかソファにもたれてぼんやりしていた。
相変わらず無表情のまま、視線はテレビとテーブルの境目あたりをさまよっている。


部屋の中はひんやりしていた。いつも暖房のつけっぱなしをなっきぃに注意されているぐらい寒がりなのに、制服を着たまま、お嬢様はピクリとも動かない。


「千聖様、寒くないですか?ヒーターか暖房をつけましょう。ウチ、ブランケット持ってきますから。クローゼットにありますよね?今日のお夕飯、お嬢様のお好きなたらこのパスタですよ。おいしそうだなぁ」

沈黙が心臓の鼓動を早まらせる。私は無意味にペラペラ喋るけれど、やっぱり何の反応もない。

「・・・体、冷えてますよ。失礼します」
ピンクベージュのブランケットでお嬢様の体を包み込むと、色を失った唇からやっと大きなため息が漏れた。

「・・・・・あら、えりかさんいらしてたの・・」
その言葉は私に喋りかけたというよりも、単に目に入ったものを口に出して言っただけの、独り言のようだった。ゆっくりと私に向けられた瞳にも、やっぱりいつもの輝きはなかった。


「あの、お嬢様。私じゃお嬢様の力になれないですか?お昼休みは、元気だったじゃないですか。どうしてそんな・・何か学校で、嫌なことがあったんですか?中等部のことだったら、愛理やなっきぃが力になってくれると思います。そんな、一人ぼっちで苦しまないで・・・」
「・・・・」

私がどんなに声を大にして話しかけても、お嬢様からは何の返事もなかった。小さく開かれた唇が何度かピクリと動くけれど、言葉を発することなく、やがてまた閉ざされてしまった。

鼻の奥がツンと痛んだ。声が震えて、私はまた自分が泣き出しそうになっているのを感じた。


「ありがとう、えりかさん。」

重い沈黙の後、突然お嬢様が私の手を握った。少しだけ意識の戻った顔で、半日ぶりに笑いかけてくる。――それは、とても悲しそうな笑顔だった。



「えりかさんも、お父様に強制されて、千聖のお相手をしてくださってるのよね」



一瞬、何を言われたのかわからなかった。
頭の中で、何度もお嬢様の今発した言葉が繰り返される。


――新聞部の、記事のことだ。

それに気づいた瞬間、私は頭の中が真っ白になった。貧血の時みたいに、お嬢様の足元に崩れ落ちる。


何で?どうして?誰がそんなことを?


舞ちゃんから最初に中傷記事のことを聞いた時以上の衝撃が、私を襲った。
どんな気持ちで、お嬢様は聞いたのだろう。“お嬢様の人間関係は、全てお金で買われたものだった”なんてひどい嘘を。


「えりかさん、ごめんなさい。千聖のワガママを聞き続けるのは、辛かったでしょう?」
冷えた手が、私を優しく撫でる。お嬢様は何もかもあきらめたような顔で笑っていた。

違う、そうじゃないと言いたいのに、嗚咽が邪魔をして、ただ首を横に振ることしかできない。

お嬢様はそのまま、私が泣き止むまでずっと背中をさすってくれた。・・・一粒の涙もこぼさまないまま。

「まだ、外は寒いでしょう?温かい飲み物を召し上がってからお戻りになったほうがいいわ。」
泣きすぎてろくに頭も働いていない状態で、千聖お嬢様に促されるまま、私は厨房のメイドさんの所へ連れて行かれた。

「あの・・だ、大丈夫ですか、梅田さん?」


再び部屋へ戻るお嬢様を、追いかけることはできなかった。最後に見たお嬢様の笑顔が悲しすぎて、もう一度あの顔を見せられるのが怖かった。

私はただ弱くて、無力だった。



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