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寮に戻ってからも、私は自分の部屋でわんわん泣き続けた。

誰がお嬢様に、あの話をしたのかはわからない。でもせめて、私が先にちゃんとお嬢様に説明していたなら、あんな表情をさせるようなことにはならなかっただろう。
また私の段取りが悪いせいで、傷つかなくていい人を傷つけてしまった。
その上泣いてるばかりで、お嬢様の誤解を解くこともできなかった。もう最低だ、私。


ろくに眠ることもできないまま夜が更けて、気がつくともうすぐ登校時間というあたりまで時間が経ってしまっていた。

「・・・学校、行かなきゃ・・」

いつもは早起きして巻いてる髪も、結構こだわってる制服の着こなしも、メイクさえも、何もやる気が起こらない。今の私に、そんなことを楽しむ資格はない気がした。

腫れたまぶたと隈を隠すだけの最低限のメイクをして廊下に出ると、ちょうど隣の部屋からなっきぃが出てくるところだった。


「えりこちゃん・・・」

私の顔を見て、なっきぃは絶句してしまった。自分でも今日の顔は相当ひどいと思っていたけど、嘘のつけないなっきぃのリアクションからすると、自分の予想以上なのかもしれない。

「大丈夫?何か顔色すごく悪いよ。」

優しいまなざしで、心配そうに見つめられるのが辛かった。私なんか、このぐらい苦しんで当然なのに。

「昨日ゲームしててさ、ただの寝不足だよ。心配しないで!」

無理矢理出した元気な声は、ひどくわざとらしくて・・・なっきぃの表情はますます険しくなった。

「えりこちゃん、本当変だよ。昨日、夜出かけてたよね?あれってお屋敷」
「大丈夫だってば!なっきぃは心配性だね。あはは!私、先行ってるね。みんなによろしく!」

これ以上探られたら、また涙腺が決壊してしまいそうだった。私はなっきぃの背中をバンバンと乱暴に叩いて、早足で階段を降りた。

まだ登校時間には少し早かったから、通学路は閑散としていた。

お嬢様はちゃんと学校に来てくれるだろうか。話がしたい。でも、あの瞳を見るのは怖い。どうしたらいいんだろう。

学校が近づいてくるにつれ、不登校の子みたいに、私の胃はキリキリと痛んだ。



「あー・・・えりか、おはよう。よかった、すれ違いになっちゃうかと思った。」

何とか校門まで歩いていくと、佐紀が私を出迎えてくれた。

「おはよ。早いね、どうしたの?」
私がそう聞くと、佐紀はちょっと眉を上げて小首をかしげた。

「あれ、メール見てない?昨日送ったんだけど。」

メール・・・見てないな。何せ朝まで一人打ちひしがれていて、何も手につかない状態だったから。

「ごめんごめん、ちょっと忙しくて。」
「ふーん。」

佐紀は無言で私の顔をじっと見つめてきた。私がやつれているのは一目瞭然だと思うけど、こういう時、なっきぃと違って佐紀はあんまり何も言わない。
同じ名前で優等生同士でも、やっぱりタイプが違うんだな、何てどうでもいいことが頭に浮かんだ。

「待って、今メール見るから。」

鞄に手を突っ込んでケータイを探す私を、佐紀が「いいよ」と苦笑して止める。

「えりかに言わなきゃならないことがあったの。本当は昨日のうちに話したほうがよかったのかもしれなかったんだけど、予備校あったから時間取れなくてさ。
それで、朝会えない?ってメール打っといたんだけど。返事ないから来ないかなーって思ってたとこだったんだ」


「そっか、ごめんね。会えてよかったー。・・・話って、さ。もしかしてお嬢様のこと?」


予感的中。佐紀は軽くうなずくと、手招きで私を校舎の死角に呼んだ。

「昨日のお昼さ、えりかがいじけてどっか行っちゃったでしょ?あの後すぐに新聞部の部長さんが来て。」

ドクンと胸が鳴った。・・・またあの人のせいで、お嬢様は。


「えりか?話続けるよ。・・なんかね、部長さん急に千聖お嬢様に向かって一方的に話し出して。“萩原さんが悪いんじゃないから。”とか“こっちもやりすぎたことは反省してる”とか。
でも私も茉麻もお嬢様も何のことだかわかんなくて、ぽかーんとしてたら説明してくれた。・・・えりかたちが新聞部に話をしにいったのは、お嬢様の中傷記事が出そうになっていたからだったんだね。」
「佐紀、あのさ」
「大丈夫だよ。私も茉麻もこのことは絶対に誰にも言わないってお互いに約束したから。・・・ただね、お嬢様の様子が気になって」


佐紀はちょっと言葉を切って、もう一度あたりを見回した。誰もいないことを確認すると、少し早口で喋りだした。

「新聞部の部長、もうこの際だから全部話しておくとかいって、出そうとしてた記事の内容も教えてくれたの。・・・・ひどいよね。本当に何であんな・・・・
もちろん、全部根拠のない捏造妄想記事だって何度も部長さんは言ったんだけど、お嬢様ショックだったみたいで・・途中から人形みたいに、固まって動かなくなっちゃったの。全然、部長さんの話も耳に入ってない感じで。
だから私、気になって。お嬢様昨日お屋敷でどうしてたのかな・・・って・・ちょっと、えりか?大丈夫?」



私の頭の中で、点と点が一つずつ結ばれていく。
急に考えたこともなかったような話を聞かされて、お嬢様は多分、捏造と真実の区別がつかなくなってしまっているんだ。
優しくて無邪気なお嬢様は、悪意に対する免疫ができていなかったのだろう。どれほどの衝撃がお嬢様の小さな体を貫いたのか、私は想像するだけで気持ちが悪くなって、その場にうずくまった。


「・・・ごめん、吐きそうかも」
「保健室行こう。」
小柄な佐紀に支えられながら、登校早々、私は保健の先生のお世話になることになった。



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