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「桃子ー先体育館行ってるよ!」
「あーい」
「遅刻しちゃダメだよー」


佐紀ちゃんと舞美が教室を出て、完全に無人になったのを確認して、私は教卓の下にもぐりこんだ。
もう本礼が鳴る。私は“犯人さん”を待ちながら、ひそかに胸を高鳴らせていた。


「・・・失礼しまーす」
やがて、小さな声と共に控えめな足音が教室の中に入ってきた。私は様子を見計らって、教卓の横から目だけひょっこり出してみた。
“犯人さん”は私の机にまっすぐ向かっていて、こちらの様子には気づいていない。小さなノートをじっくり見ながら「えと・・・次は、古文?」とかつぶやいている。

「あら?お忘れになったのかしら・・?」
私の机の中を軽く探るも、教科書が見当たらないと気づいたのか、困った顔で首をかしげたまま固まってしまっている。
さっき大急ぎで教室に戻ってきた私は、速攻で古文の教科書を鞄の中にしまった。お目当てのものがなかった時の困ったリアクションが見てみたかったから。・・どうもこの“犯人さん”にはS心をくすぐられる。

「かばん・・」
そう呟いて私の鞄を見つめる。さすがにそこを漁るのはどうかと思ったみたいで、軽く首を振ると、“犯人さん”は腰をかがめて、あらためて机の中を覗き込んだ。

もう、いいかな。そこにはどんなに探してもお目当てのものはないんだし、そろそろ出て行こうかな。

「ちさ・・・」

「?・・きゃああああああああ!!?」


「えっ!何?何?」


完全に教卓の下から這い出て、離しかけようとした瞬間のことだった。“犯人さん”もといちさとちゃんは、お嬢様とは思えない大声で悲鳴を上げた。

「ちさとちゃん?どうしたの?大丈夫、大丈夫。もぉがいるよ。」

幸い今日の体育は高等部1年生合同だったから、隣のクラスもみんな体育館に行っている。ちさとちゃんの絶叫は私以外誰にも届かなかったみたいだ。

あんまりギューギュー抱きしめちゃいけないんだっけ。しりもちをついたままあとずさるちさとちゃんの二の腕を、私は後ろからそっと握って抑えた。

「どうしたの?」
「・・・・へび・・」

涙のいっぱいたまった目で見つめられると、昔CMでやってた瞳ウルウルの捨て仔犬を思い出して、胸がキュンとなる。

「ヘビって?」

机の中に目をやると、たしかにいらっしゃいました。赤と黄色のまだら模様の、毒々しい色合いのヘビさん・・のオモチャ。
おそらく、これはあの意地悪4人組の最後っ屁だったんだろう。ちさとちゃんを驚かせやがって、あいつら、どうしてくれよう。

「ヘビ、怖いの?」
机の中から引きずり出したそれをちさとちゃんの目の前でプラプラさせると、ひぃっと短い悲鳴を上げて、私の腕にしがみついてきた。

「怖い・・・」
「何で?」
「噛む・・・」
「噛まないのもいるよ」
「でも、いや・・・」

ちさとちゃんはすっかり怯えきって、単語でしか話してくれなくなってしまった。その様子があんまり可哀想だったから、私は話題を変えてみることにした。

「ちさとちゃんさ、最近ずっともぉの授業の準備してくれてたでしょ。」
「え・・あの、いえ、えっと・・・・・ごめんなさい」

最初は首を横に振って否定するそぶりをみせたものの、嘘はつけないと思ったのか、ちさとちゃんは気まずそうに下を向いてしまった。

「あはは、謝らないで。もぉ忘れっぽいから助かってたよ、実際。・・でもね、ちさとちゃん、これやってるせいで授業に遅刻してるでしょ?梨沙子も心配してたよ。」
「まあ・・・すぎゃゃさん?」

心配してないし!すぎゃゃさんとか逆に言いづらいし!とあばあばする脳内梨沙子を宥めながら、私はにっこりうなずいた。


「私、桃子さんのお役に立ちたかったんです。」
やがてちさとちゃんは言葉をじっくり選ぶように、ゆっくりと喋りだした。

「桃子さんはいつでもにっこり笑っていて、強くて、可愛らしくて、明るくて。私も桃子さんみたいになりたかった。でもどうしたらお近づきになれるのかわからなくて。ごめんなさい、勝手に持ち物に触って。」

私を捉えるまっすぐな美しい瞳が、その言葉が単なるお世辞ではなく、まっすぐな胸のうちであることを物語っていた。

「いやぁ、ちさとちゃん何言ってるの。もぉはそんな大それた人間じゃないよぉ。荷物のことも、本当気にしないで。
私全然、憧れてもらえるような人間じゃないけどさ。良かったら、今度お弁当でも一緒に食べようよ。梨沙子たちといる時にでも声かけるからさ。」
私の提案に、ちさとちゃんは弱々しく微笑んで「駄目です」とつぶやいた。

「・・・私がいると、つまらなくなってしまうから。私なんかいないほうがいいんです。」
「ちさとちゃん・・」


ちさとちゃんが私の予想以上に特別視されてる生徒だったということは、ここ最近いろんな人から話を聞いてなんとなく理解していた。
誰も本当の自分を見てくれなくて、常に腫れ物に触るように扱われ続けるというのは、どんなに寂しいことなんだろう。きっとちさとちゃんの優しい心は、そんな気づかいを受けるたびに磨耗し続けているんだ。

「・・・わかった、じゃあ当分はもぉと2人で会おう。」

「でも、それじゃあ桃子さんのお友達が」
「いい?ちさとちゃん。別にもぉはちさとちゃんに気を使ってるわけじゃないからね。私が、私の意思で、ちさとちゃんと一緒にいたいの。」
「桃子さん・・・・」

ちさとちゃんの潤んだ瞳から、大粒の滴がぽたぽた零れ落ちた。

「泣くなよぉ。」
照れ隠しにちさとちゃんのちっちゃい頭を私の肩に押し付けて「・・ありがとう」と囁いた。

「ありがとうね。もぉのためにいろいろしてくれて。本当嬉しい。」

――いじめ軍団に注意してくれたことも、ありがとう。


「何かお礼したいなぁ。もぉにしてほしいこととか、何かない?」
私がそう提案すると、ちさとちゃんは即座に答えた。

「あの・・・それでは、私のことを千聖って呼び捨てにしてもらえますか?」
「・・・千聖。ウフフ」

何だか照れくさくて笑いが入ってしまったけれど、ちさとちゃん・・・じゃなくて千聖は本当に嬉しそうに笑ってくれた。

「そんじゃ、これからもぉのことは桃って呼んでよね。みんな大体そう呼ぶし。」
「もも・・・えと・・・」

千聖は少し考えてから、「では、“ももちゃん”で。」と言ってクフフと笑った。

「千聖。」
「ももちゃん。」

私達は何度もお互いの名前を呼んでは、照れて笑いあった。付き合いたてのカップルか。
そしてこの日を境に、私と千聖は急激に親しくなっていったのだった。



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