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思えば今日は、朝から不吉な出来事がモリモリもりだくさんだった。
朝食には私の嫌いな生パプリカのサラダが出て、千聖とおそろいで買ったディ●ニーの携帯ストラップが切れて、出掛けにはお気に入りのスニーカーの靴紐まで切れた。
そして、たった今目の前を黒猫さんが通り過ぎた。
私は普段、占いやジンクスを信じる方じゃない。なぜかあんまりいい風に言われないから、気にすると余計に運が下がるような気がするから。
「うーん。」
それでもさすがに、朝だけでこんなに続いてしまうと、どうにも気が滅入ってしまう。
案の定学校でも宿題を忘れたり、ボーッとしてたら先生に注意されたりと散々だった。
こんな日は早く、キュートのみんなに会いたい。
みんなは私の第2の家族。どんなに気分が滅入っていても、そばにいるだけで元気になれる。
それに、なんと言っても今日は私の・・・・キュフフ、過剰な期待は禁物とはいえ、まさかスルーされることはないだろう。
そう思って、私は機嫌を直してレッスンスタジオに向かった。・・・・のだけれど。
「自分のことも満足にできないのに、リーダーだなんておかしくない?」
到着後、ロッカーで着替えをしていた私の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
振り返ると、えりこちゃんが腕組みをしてみぃたんを睨むように見据えていた。
「・・・なんで?えりにそんなこと言われたくないよ。私の気持ちなんて何にもわからないくせに」
みぃたんも負けてはいない。いつものポーッとしたオーラが消えて、思いがけないほど強い口調で言い返していた。
「えっ・・・・みぃたん?」
隅っこでおしゃべりしながら着替えていた千聖と愛理も、びっくりした顔で下着姿のまま固まっている。
この2人じゃ、この場を取り仕切るのは難しいかも。
「ねえ、やめようよ。何があったかわからないけどさ、いい雰囲気でレッスン受けたいじゃん。そんな風に言い合うのは怖いよ。」
仕方ない、ここは私が。そう思っておそるおそる間に入ると、意外にあっさり2人はにらみ合うのをやめた。
「さすがなっきぃは裏リーダーだよね」
「あー、本当そうだね。私よりほっぽどリーダーに向いてるね。とかいってw」
――え、ちょっと、何それ。
二人の言葉が胸に刺さる。
「なっきぃ、気にすることないよ。」
「そうね、お2人とも機嫌が悪かったのよ。」
千聖と愛理はそう言って励ましてくれたけど、私の胸のつっかえは取れてくれなかった。
何で、今日に限ってこんな変な感じになっちゃうんだろう。だって今日は私の・・・
「もう、栞菜サイアク!!」
「だから悪かったって言ってんじゃん!舞ちゃんて本当しつこい!」
「はぁ!?逆ギレとかありえないし!」
レッスン室に入ると、今度は一足先に到着していた舞ちゃんと栞菜がものすごい言い争いをしていた。
「はぁ~。」
わざとらしくため息をつくみぃたん。われ関せずといった感じにメイクを直し始めるえりこちゃん。
・・・・何、何なのこれ?どうして??
「お2人とも、どうなさったの?喧嘩をするのはよくないわ。」
今度は千聖がいつもどおりぽわぽわした声で間に入ると、舞ちゃんの片眉がピクッと動いた。
「よくないわ?その気取った喋り方、むかつく。前は舞より子供だったくせに、偉そうにしないでよね!」
「あら、もう昔の千聖とは違うのよ。私は舞さんみたいに、嫌なことがあってもいちいち怒ったりしないもの。」
おしとやかな態度の下に気の強さを備えている千聖は、ターゲットにされても一向にひるまない。舞ちゃんの大きな瞳がさらに見開かれる。
「ねえ、ちょっと・・・やめようよ・・」
「なっきぃ、止めることないよ。」
たまらず口を挟んだ私を、愛理が静かな声で止めた。
「私たち、仲がいいだけじゃだめなんじゃない?これからは、言いたいことは言わないとね。」
「だからって、こういうのは変だよ。」
「はっ。出た出た、愛理はいつも大人だもんね。私だけは関係ないって?達観してるよねぇ~」
「そんなこと言ってないじゃん。本当感情的だよね、栞菜って。・・・それに、いつも関係ない顔してるのは私より千聖でしょ?」
「まぁ・・・愛理はそんな風に思っていたのね。それなら私も言わせていただくけれど・・・」
もう、もう、何なのこれ。こんな状況なのに、年上2人は、まったく興味ない感じでそっぽ向いてケータイをいじっている。
私の居場所が、めちゃくちゃになってる。私の第2の家族が。どうしてなの。今日は、私の・・・
「もうやめてよぉ・・・!」
私はたまらなくなって、泣きながら座り込んでしまった。ピタッと言い争いが止まって、いっせいに視線が向けられたのを感じた。
「・・・そうだ、私、なっきぃにも言ってやりたいことがあったんだ。」
「あ、ウチもある。」
「私も。」
「舞も。」
みんなの声がだんだん近づいてくる。うっすら顔を上げると、円になって囲まれてるのがわかった。
「奇遇ね。千聖もお話があるのよ。」
「じゃあ、みんなで言おうか。なっきぃ、いいよね。」
よくない!無理、やめて!激しく首を横に振っているのに、みんなそんなこと気にもしてないみたいだ。
「いくよ、なっきぃ。せぇ~~のっ」
「待っ・・・!」
「「「「「「お誕生日、おめでとーう!!」」」」」」
・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?
おそるおそる顔をあげると、満面の笑みのメンバーが私を見下ろしていた。ぐるりと見回して、私の真後ろにいた千聖と目が合う。
「うふふふ」
前の千聖みたいないたずらっ子スマイルで、千聖は後ろに隠していたものを私に向けてかざしてきた。
それは、“ドッキリ大成功!!”と書かれたプレートだった。
「な、な・・・・」
驚いて声も出ない私とは裏腹に、みんなはキャッキャいいながら抱き合ったりしている。
「もー、怖かったよ舞ちゃん!」
「栞菜こそ!舞ちょっと本気でむかついたんだからー」
「なっきぃ、びっくりした?」
みぃたんがいつもどおりのさわやかスマイルで、私の顔をタオルでぬぐってくれた。
「結構苦労したんだよーとかいってwみんなで険悪な雰囲気になるように練習して、なっきぃのママに朝食にわざと嫌いな赤ピーマン出してくれるようにお願いしたり。でも大成功でよかったよかった!あれ?なっきぃ?」
「ば、ば、ば、ばかああああ!うわあああああん!!」
よかった、私の大切な家族は何も変わっていなかった。胸のつかえが取れた私はちっちゃいこみたいにギャン泣きしてしまった。
「ご、ごめん!やりすぎちゃった?なっきぃ泣かないでぇ」
栞菜とえりこちゃんがが慌ててベソかきながら抱きついてきた。
「うっ、うぅう・・・ごめん、大丈夫。何か安心したら涙が・・・ヒック。ありがとう、びっくりしたけどう、うれしいよ。」
みんなが険悪になった時は本当に胸がズキズキして、怖くてたまらなかった。
でもその分、こうやって元通りの優しくてみんなと一緒にいられることが、とても尊いことだってわかった気がした。・・・とはいえ、ちょっと悔しいから、誰かの誕生日に仕返しドッキリを慣行してやろうっと。キュフフ・・
「・・・そういえば、このドッキリは誰が思いついたの?」
レッスンが終わってから、みんなで輪になって、えりこちゃんが作ったオレンジ風味のチーズケーキを食べた。その時ふとそう切り出してみると、みんなの視線がある人物に注がれた。
「うそぉ・・・」
「はい、実は私が。クフフ」
そっと手をあげたのは、千聖だった。
「ちっさーが、なっきぃをちょっと困らせて驚かせてみたいって言うからさぁ」
「喧嘩のセリフも、全部千聖が考えたんだよ。」
「へぇ~!何かびっくり!」
・・もしかしたら千聖は結構Sなのかもしれない。なんてふと思った。
「早貴さん?怒ってしまったかしら?」
そんなことを言いつつも、千聖の目は半月型で笑っている。もう、お嬢様でもいたずらっ子は健在なんだね!
「怒ってるよっこうしてやるー!」
「むぐぐぐ!?」
私はみぃたんにやられるみたいに、千聖の口にケーキをガーッしてやった。
「なっきぃ甘いよ!もっとこう、押し込む感じで・・・むぐ!??」
「ギュフ!モゴモゴモゴ!」
さすが本家。みぃたんも私の口にケーキを流し込んできた。そしてそのみぃたんの口に千聖が・・・
「あっはっは!ちょっとウチのケーキでなんてことを!」
ガーッされながらガーッしている私達を見て、みんながおなかを抱えて笑っている。散々な誕生日だったけれど、たまにはこんな祝われ方もいいのかもしれない。
「早貴さん、お誕生日おめでとう。」
口の周りをケーキでベトベトにした千聖が、小さな声で囁いて微笑みかけてきた。
最終更新:2013年11月24日 09:42