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昔のことなんか思い出すなんて、何だか面映い気持ちだ。
「千聖ぉ?いないのー?」
音楽室、体育館、屋上。私と千聖がよく一緒に過ごす場所を巡ってみたけれど、やっぱり千聖は見当たらない。
あの子はケータイを持ってないから、こういう時ちょっとだけ不便だ。
「あとは・・・千聖が行きそうな場所はぁ・・・・あっ!そうか」
これは盲点だった。今の今まで、思い出していたところじゃないか。
千聖のテリトリーは意外と狭い。私たちの“いつもの場所”にいないとしたら、あそこはどうだろう。――私たちの、思い出の場所。
「・・・見つけた。千聖、どうしたのさ?もぉ疲れちゃったよぉ」
高等部1年C組。私が去年までいたその教室に、千聖は一人ぼっちで立ち尽くしていた。
「千聖?」
その瞳に映っているのは、あの“ヘビ事件”があった時の私の席。今は、たしかみやが座っているんだっけ。
「ももちゃん・・・」
緩慢な動きで、千聖はやっと私の方へ視線を向けてくれた。
「・・大丈夫?」
覇気のない声に、やつれた顔。さっきは気付いて上げられなかったけれど、明らかに様子がおかしい。
「あの、・・・上履き、ごめんなさい。」
「へえ?あぁ、別にいいよ。それより、具合悪いの?保健室行く?」
「保健室・・」
千聖はおうむ返しみたいにポツリと呟いた後、しばらく黙り込んでから“大丈夫”と唇を動かした。
「千聖、どうしたの?もぉには話せない?」
近くによって顔を覗き込むと、目の下にはひどい隈ができていた。いつもツヤツヤしている唇も乾いて、すっかり色を失ってしまっていた。
「千聖ぉ・・・」
あまりにも痛々しいその姿を見ているのが辛くて、私は自分の肩に千聖の顔を押し付けた。
「ももちゃんは、いつからなの?」
しばらしくして、千聖が囁くような小さな声でゆっくりと喋り出した。
「え?何が」
「ももちゃんは、いつから、千聖の相手をすることを強要されていたの?」
顔を上げた千聖は、何の感情も感じさせない、無機質な瞳で私を眺めていた。
「何・・・言ってるの」
柄にもなく、自分の声が震えているのを感じた。
「昔みたいないたずらをしたら、全部元に戻るかと思ったの。でも・・・そんなことしたって、きっと無駄なのね。ももちゃんはあの時、もうすでにお父様から私の世話をするように言われていたのかもしれないし」
「千聖、待って。わかんない。もぉ、千聖の言ってる意味がわかんないよ」
「いいの、もういいのよ、ももちゃん。私は大丈夫だから。ごめんなさい、ももちゃん。・・・皆さんにも早く謝らないと」
どうして?私の声が、千聖に届かない。
いつも無邪気に笑っていて、明るくて、わがままも言うけど優しくて。そんな千聖の輝きが、完全に失われてしまった。
「ももちゃん、私ね、何もかもあきらめたら、もう楽になれると思ったの。私のせいで皆さんが嫌な思いをして、無理に私の相手をさせられるぐらいなら、いっそ私が1人になればいいって。
・・でもそれは無理みたい。私、弱い人間だわ。捨てられるのが怖いの。だから・・・例え義務であっても、やっぱり皆さんに千聖のそばにいてほしいの。」
表情は変わらないのに、どんどん千聖の声が上ずっていく。
「千聖、待って。ももの話を聞いてよ」
「お願い、ももちゃん。気が向いたときだけでいいから、千聖と一緒にいて。友達だなんて言わなくていいの。私わかってるから。私なんかをそんな風に思ってくれるはずないって」
「千聖!!」
思いがけず、私の口から大声が飛び出した。千聖の唇が、何かを言いかけたままの形で固まる。
「・・・なんで、そんなこと言うの?千聖はもぉのことが信じられないの?私の、私たちの過ごしてきた時間は何だったの?」
私は胸が痛くて苦しくて、気がつくと千聖の肩を掴んで乱暴に揺さぶっていた。
「ももは、千聖がもものこと大好きって言ってくれて、本当に嬉しかったのに。どうしてそんなこと言うんだよ。答えてよ、千聖!なんでっ・・・」
千聖にぶつけた言葉はもう途中から声にならなかった。涙がめちゃくちゃに溢れて、口を押さえていないと子供みたいに泣き喚いてしまいそうだった。
千聖はひどく傷ついている。誰を信じたらいいのかわからなくて、何も見えなくなって、それでも自分が好きだった人達をけなげに繋ぎとめようとしている。
「ごめん、千聖・・・・ちょっと、1人になりたい。今日中にまた会いに行くから。絶対に。」
「ももちゃん・・・」
今の私じゃ、千聖の心の中に入っていくことはできない。
私は千聖に背を向けて、3年生の教室へ向かってよろよろ歩き出した。