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昔の私なら、自分がこんな苦しい思いをしてまで、誰かの心に触れようなんて思わなかっただろう。
でも、私は知ってしまった。大好きな人たちと過ごす、かけがえのない時間。心を許せる友達の存在。それがどれほど尊いものなのかということを。

くまいちょーに梨沙子、舞美、佐紀ちゃん、みや。・・・千聖。


誰も失いたくない。誰も傷ついて欲しくない。でも、こんな時どうしたらいいのか、対人スキルの低い私には見当がつかないのだった。


「あれ、桃子もグロッキー?」

教室の中でぐったり倒れこんでいると、朝練を終えた舞美がジャージのまま入ってきた。

「桃子も、って?」
「うん、えりがさぁ、朝いきなり倒れちゃったみたい。まだ授業も始まってないのに、大丈夫かなあ?お嬢様も元気なかったし。」
「えっ」

心臓がトクンと高鳴る。

「千聖に、いつ会ったの?」
「え?たった今だよ。千聖お嬢様がそこの階段降りてきて、すれ違ったの。挨拶したんだけど、ぼーっとしてる感じで私に気付かなかったみたい。」
「な・・・なんで呼び止めないの?ここに来たなら、用事があったってことでしょ?私とか舞美とか、佐紀ちゃんに。」

――もしかして、私の様子を見に?そう思ったらいても立ってもいられず、思わず詰問口調になってしまった。

「あ、・・ごめん、そうだよね。用事もないのに、わざわざ高等部の校舎来ないか。私気が利かないね。」
「いや・・・・今のはもぉが悪い。ごめんね、舞美に当たることないのに。」
「何かあったの?」
「うん、今さぁ、千聖が元気ないって言ってたでしょ?そのことでちょっと聞きたいことがあるんだけど」

私が話を始めようとしたときだった。


「矢島さん。」


ちょっと高圧的な、特徴のある声。うへっと思いながら振り向くと、入り口に新聞部の部長が立っていた。

「あ・・・おはようございます」
「あー。お久しぶりですぅ。どぉーも。」
とりあえずぶりっこモードをONにして、小首をかしげて挨拶してみる。


「ハッ。」

こっこの女!鼻で笑ったわね!


「嗣永さんもいたんだ。・・まぁいいか。」
――なんだろう、前にもぉ舞VS部長でやりあったあの時より、少し険が取れているような気がする。舞美を見る目が若干穏やかというか・・もぉに対しては相変わらずだけど。


「昨日、千聖お嬢様に言ったから。あの事。このまましらばっくれるのはフェアじゃないからね。鈴木さんって子と萩原さんにもそう言っといて。よろしくね」
それだけ言うと、部長はこんなところに用はないとばかりに早足で去っていってしまった。


「ねえ、あの事って、学校新聞の記事のことかな?」
「うん、多分・・・ってなんで桃子知ってるの?」
「舞美こそ、何で知ってるの?舞ちゃんに聞いたの?」

「舞経由・・・そう・・なるのかな。間接的にだけど。ちょっと記事の内容がひどすぎるってことで、生徒会として注意をしたのね。
それで、これからは気をつけるって言ってくれたんだ。そか、部長さんお嬢様にも謝ってくれたんだね。よかったー」

舞美が知ってるのとは違うかもしれないけれど、私がみやから聞いた記事の概要は、こんな感じだった。
“お嬢様のお友達はみんなお金目当で、桃もそのうちの1人だって。他にもいろいろ書いてあったけど、それがメイン。”

あの時はみやもすごく凹んでいたから、かなりはしょった説明だった。“他にもいろいろ”の部分もまた、千聖をひどく中傷する内容だったのは間違いないだろう。

――つまり、こういうことか。

舞美たちに注意された部長さんは、さすがに反省(多分)して、千聖に謝りに行った。
その時に記事の内容を教えたら、千聖は混乱して、どこからが捏造でどこからが本当なのかわからなくなってしまった。
結果的に、全部本当のことだと思い込んでしまった、と。

「千聖・・・」

わざわざ舞美に報告に来たぐらいだ。新聞部の部長が、わざと嘘を本当のように千聖に伝えたとは思えない。日ごろから自分が特別扱いされることにとまどっていた千聖は、記事の内容とそのことを結び付けてしまったのだろう。

「私、ひどいこと言っちゃった・・・」
「桃子?」

私なんかと違って、千聖はとても脆くて弱くて・・・とても優しい。
自分を騙していた(誤解だけど)みんなを憎むんじゃなくて、その責任を全部自分に向けてしまった。
あんな風に詰め寄るんじゃなくて、落ち着いて話を聞いて、一個ずつ誤解を解いてあげればよかった。何てバカなことをしてしまったんだろう。

「桃子、また顔色悪くなってるよ。あんまり無理しない方がいいんじゃない?」
「うん、ありがとう。」
「ホームルーム休んで、様子見てみたら?あんまりひどいようなら、保健室で休むとか。」
「・・・・いや、ホームルームは行く。行かなきゃだめなんだ。」
私はペンケースとノートを手に、「ごめん、お先に」と舞美に声をかけて、ホームルームの教室に向かった。・・・だけど。


「はい、では朝のホームルーム始めますよー!」
結局、千聖は教室に姿を現さなかった。少し広めの教室だけれど、姿を見失ってしまうほどじゃない。


「ねえ、ねえ」
「ひゃっ!な、何ですかぁ!」

私は前に座っている風紀委員長の背中を、ボールペンのお尻でつっついた。

「千聖知らない?」
「あれ・・・来てないのかな。今日はまだお顔を見てないから、遅刻か欠席かもしれないです。ここ最近、お疲れのようだったし」
「そっか。」

さっきまで一緒にいたことを告げたら、この心配性の委員長さんは、千聖の身を案じてホームルームどころじゃなくなってしまうだろう。ひとまず引き下がることにした。

「あの、嗣永さん」
「ん?なぁに?」

すると珍しいことに、委員長さんは先生の目を盗みながらまた話しかけてきた。

「お嬢様、舞・・仲のいい子と喧嘩しちゃって、元気ないんです。私たち寮生も元気付けようと思ってはいるんですけど・・・どうも、イマイチ本調子じゃないっていうか。」
「うん」
「だから、嗣永さんにも、お嬢様を元気付けて差し上げてほしいんです。・・・ちょっと悔しいけど、私たちよりも嗣永さんに心を許しているところもあるし」

しっかり者の仮面をはずして、キュフフと独特のカワイイ声で笑う委員長。でも、今はその笑顔を直視するのが辛かった。

「委員長さんは、千聖のこと大好きなんだね。」
「当たり前じゃないですか!」
「寮生はみんなお嬢様のこと好きなんですからっ」

委員長さんのお隣の有原さんも、クルッと振り向いて参戦してきた。

「・・・わかった。もぉ、頑張ってみるよ。あとね、言っとくけど、もぉだってキミたちに負けないぐらい千聖のこと好きなんだから。」
「むっ!でもでも、私なんて、お嬢様のほくろの数まで知ってる仲なんですから」
「キ゛ュフ!?か、かんちゃん!それはいったいどういう」
「そこっ!お喋りしない!」

先生の檄で、私たちは一旦前に向き直った。
今の私に、そんなに頼ってもらうだけの価値があるのかはわからない。
でも、私だって千聖を助けたい。この気持ちは寮生たちにだって負けない。

まだ、千聖は学校にいる。根拠はないけれど、そんな気がした。
休み時間になったら千聖に会いに行こう。とりあえず、今はホームルームに集中。

大きく伸びをして、私は先生の声に耳を傾けることにした。



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