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どうやら自習だったらしく、ラッキーなことに先生はいなかった。
廊下での私たちのバカ騒ぎに、ほとんどの生徒は廊下に出てしまっていたけれど、数名残っていた子たちは怯えた表情で私の顔を見ていた。

「千聖・・・」

窓際、後ろから2番目。
頬杖をついて窓の外を眺める千聖の近くを、梨沙子がなんとも言えない表情でウロウロしている。

「あっもも!ほら、岡井さん。岡井さんが出て行かないから、ももが来てくれたよ!」

よっぽど気を使っていたのだろう、梨沙子はほっとした顔で、千聖の腕を軽くペチペチ叩いた。

「もも、ちゃん」

相変わらず緩慢な動きだけれど、千聖はしっかり私の方を見てくれた。立ち上がりかけたその肩を押してもう一度座らせると、私は空いていた隣の席に腰掛けた。


「・・・」
「・・・・・」

何ともいえない沈黙。肩に手をかけて、私たちはしばらく見つめあった。


「ぁ・・」
ほんの少し開いた千聖の唇から、細い声が漏れる。

「なぁに?」
「・・・あ、あの、いいの。何も・・」
「千聖。」

相変わらず、言いたいことは全然まとまっていない。でも、今を逃したら、もう二度と修復のチャンスは訪れないかもしれない。

「・・・千聖、もう一回聞くからね。千聖は、もぉが、お金のために千聖と付き合ってるって本当に思ってるの?」
梨沙子が小さく息を呑んだ。周りの生徒達の間からも小さなどよめきが起こっているけれど、私にとってはどうでもいいことだった。

「ももちゃ・・・だって、それ、は・・・私が・・」
「千聖のパパがどうとか、新聞部がどうとか、そんなことは関係ないの。私は千聖の考えてることが知りたいの。答えて。」

答えを聞くのは怖かったけれど、このままじゃいけないという思いが私の心を支えていた。
虚ろだった千聖の瞳に、ほんの少し光が灯ったように見えた。


「わ、私・・・私は・・」
震える声に、わななく唇。私は千聖の髪を優しく撫でながら、もう少しだけ顔を近づけた。


「もう、わ・・・わからなく、なって」
「うん。」
「寮の皆さんも、ももちゃんも、大好きなのに、私が・・・私のせいで・・・」

「違うよ!」

その時、ずっと傍らにいた梨沙子が、少し大きな声と共に割って入ってきた。

「あのね、ももはね、りぃとか熊井ちゃんといるときもいっぱい岡井さんの話をするんだよ。
岡井さんが元気ない時はいっぱい心配してるし、私に様子見てあげてって頼んできたりもするの。なのに、岡井さんはももの気持ちを疑うの?ありえない!
そんなことするならね、もものこともぉ軍団に返してよー!ももはね、いつも岡井さんのことばっかりなんだから!」
「すぎゃさん・・」
「す・が・や!」


なぜか涙ぐんでいる梨沙子につられるように、千聖の顔がみるみるうちに歪んでいく。

「ももちゃん、ごめんなさい・・・」

千聖の腕が、私の首に絡みつく。自分から抱きついてきたのは、初めてのことだった。
心臓のドキドキがダイレクトに伝わってきて、私の鼓動も、それに合わせるように高まっていく。

「信じてくれるの・・・?もものこと」

柄にもなく、自分の声が上ずっているのがわかった。

「ももちゃんの気持ちを疑うなんて、私・・・本当にごめんなさい」
「千聖、よかった・・・・」

ずっと張り詰めていた糸が切れてしまったかのように、私は千聖の腕に崩れ落ちた。
ほんのり香る、バニラのコロン。あったかくて、柔らかい身体。千聖が私のところに、戻って来てくれた。

「怖かった・・・このまま、誤解解けなかったらどうしようって」
「ごめんなさい、ももちゃん」
「いいよ。ずっと苦しかったでしょう?でもこれからは、もぉのこと信じて。もぉも千聖が大好きだから。ね?」


――パチ、パチ
―パチパチ


どこからともなく拍手が沸き起こり、抱き合う私たちの頭上に降り注いだ。
感動の涙を流している生徒たちの輪の中には、いつのまにか集合していた寮生達もいた。

「お、お嬢様!あの!寮生だって同じですから!」
「そうです、私たちだってお嬢様が大好きなんですよ!不安にさせてしまってごめんなさい。」
「私これからも添い寝に行きますから!これは義務なんかじゃなくてむしろ私の趣味っていうか」
「かんちゃんは黙るケロ!」

恥ずかしくて少し体を離すと、好機とばかりに寮生がお嬢様のところへ集まって、次々声をかけ始めた。

「ありがとう、皆さん・・・本当にありがとう」
「お嬢様ぁ」

――もう、大丈夫かな。

私はそっと席を立つと、千聖の教室を後にした。


「ツグナガさんの目にも涙、とかいってw」
「んん?」

去り際、舞美口調で後ろから話しかけてきたのはウメダさんだった。

「もぉの涙はね、量産しない分価値が高いの。千聖も寮生も泣きすぎなんだよ」
「ふーん。まぁ、それはそうだね。」

並んで歩き出すと、廊下の野次馬さんたちはいっせいに道を開けてくれた。


「・・・・ちょっと悔しいかも」
「ん?」
「ツグナガさんは、ウチがずーっっと悩んでたことをすぐ解決させちゃった。」

ああ、千聖のことか。
そういえば、ウメダさんは何でも抱え込んでしまうって舞美が言っていたな。今朝倒れたのだって、このことが関係あったのかもしれない。

「まあ、もぉと千聖はラブラブなんでぇ。こんなハプニングぐらいどうってことないんだよん。
・・・それよりさ、あともうちょい頑張ってよね。さっき廊下から覗いてたよ・・・舞ちゃん。まだ解決してないんでしょ?あの2人」

抱き合う私と千聖を、そして駆け寄る寮生を、舞ちゃんはさっき陰からずっと見守っていた。ここからは、寮生に頑張ってもらわなきゃ。



「それじゃ、もぉ教室戻るから。」
「あ、うん。じゃあね」

渡り廊下の分岐点でウメダさんは生徒会室に、私は自分の教室へそれぞれ戻って行った。



その後。

終わっていたとはいえテストを放棄し、中等部の校舎で大騒ぎした私は、担任にこっぴどく叱られた上に反省文を書かされた。
舞美とまーさは止めに入っただけなので、お咎めなし。
ウメダさんはたまたま立ち寄っただけなので、同上(ていうかもぉに協力してたじゃん!)。
もちろん、千聖も私の急襲に合っただけなので以下略。

「ちぃーさぁーとぉー。反省文めんどくさぁーい!」
「ふふ、もう少しだから、頑張って!」

そんなわけで私は放課後の教室で、千聖が見守る中、ぶーぶー言いながら原稿用紙を埋めていた。
めんどくさー!なんて思いつつも、一応頑張っているのにはわけがある。

「ねえ、さっきのって本当なの?今日千聖のうちで夜ご飯ごちそうになったらぁ・・・」
「ええ。ちょうど、お父様が北海道にお仕事で行ったみたいで。昨日いーっぱい海鮮が送られてきたのよ。ウニも、カニも、かんぱちもあったわ。
お夕食は海鮮丼かしら。とれたてのお魚、いっぱい盛ってもらって、上からお刺身用のおしょうゆをトロトロー・・・」

じゅるり。
もう、千聖ったら私のこと乗せるのが上手いんだから!

「ね、ももちゃん。私おなかすいてきちゃったわ。急いで急いで!そうそう、今日のおやつはクレームブリュレ」
「あーうっさいうっさい!集中とぎれるからお黙り!」


千聖の家に遊びに行くのは、何気に今回が初めて。舞美の話だと、本当に想像を絶するようなお屋敷らしいけど・・・ドキドキとわくわくが重なって、何だか変なテンションになっている。

「夜遅くなってしまったら、千聖のお部屋に泊まっていったらいいわ。ゲームや漫画はないけれど、最近大きいテレビに変えてもらったから、DVDを見ましょう。あと、リップとパインがね・・・」
「もー、はしゃぎすぎだから。ウフフ」


目を輝かせる千聖を横目に、私はそのプランを実行に移すべく、あと数行の余白を埋める作業に取り掛かった。



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