「何だか慌ただしいのね。舞ったら、こんな時間に掃除だなんて。」

舞ちゃんの思いをわかっているのかいないのか、お嬢さまは不思議そうな顔でガラスの扉を見つめていた。

「まあ、でも後でお嬢様のお部屋に来るみたいですし、今はお風呂であったまりましょう。」
「ええ、そうね。・・・ふふ、なっきぃ、みかんの入浴剤いろいろ持ってきたのよ。どれにする?」

そう言ってお嬢様が差し出してきた小さな容器には、オレンジ色のパッケージの入浴剤がたくさん入っていた。

「はりきりすぎですよーキュフフ」
「だって、なっきぃとお風呂に入るのが楽しみだったから。ね、早く決めましょう。」

私の実の妹よりもよっぽど幼いお嬢様の振る舞いが可愛らしくて、ついついほっぺが緩んでしまう。

「これはね、泡のお風呂になるの。こっちがラメ入りで、これはお肌に良くって・・・」

1個1個取り出して並べながら、お嬢様は熱心に説明してくれた。

「じゃあ、これで!」
「決まりね。」

2人で相談した結果、ゼリー状にぷるぷる固まる入浴剤を使うことになった。

「ウフフ、ぜりー、ぜりー、ぜりーのお風呂♪」

また即興で不思議な歌を歌いながら、お嬢様はご機嫌な顔で3つ、4つと入浴剤を浴槽に沈めていく。・・・ん?

「お嬢様、入れすぎ!」
「えっ?」

慌てて止めに入ったときにはすでに遅し、ゼリー用の入浴剤は全て溶けてしまっていた。

「こういうのはね、1回1個で十分なんですよ。」
「まあ・・・私ったら、ついはしゃいでしまって。ごめんなさい。」

叱られた仔犬みたいな表情で、みるみるうちにお嬢様はションホ゛リ顔になってしまった。

「あ、で、でも大丈夫ですよ!むしろ本物のゼリーに入るみたいでロマンチックかもしれないし!さ、入りましょう。もう固まってきてるみたい。」

かなり無理のある励ましの言葉を並べつつ、私はお嬢様の手を取ってバスタブに足を踏み入れた。


ぐちょっ


ねちょっ




「うえっ」

まとわりつくオレンジ色のスライム状の物体。奇妙なぬめりが底なし沼みたいに体を引き込んでいく。・・・まあ、わかっていたことなんだけど、明らかに大失敗だ。


「お、お嬢様・・・」

おへその下あたりまでこのゲル湯に埋めたまま、お嬢様はうつむいて微動だにしない。
「あの、なんていうか・・・これはこれで・・・」

「ふふ、ふふふふふふ」
恐る恐る近づくと、急にガバッと顔を上げて、お嬢様は私のわき腹をくすぐってきた。

「ひゃああ!やめ、やめてくださいキュフフフフフ」


「なっきぃこちょこちょー!」


一度いたずらモードに突入すると、お嬢様はかなり執拗にそれを繰り返してくる。私がぬめりに足を取られて、お嬢様ともどもスライムの海に沈むまで、そのくすぐり攻撃は続いたのだった。


「お、お嬢様、お怪我は!?」

口の中にまで入ってきたそれをヘ゜ッヘ゜ッと出しながら、顔面から浴槽にダイブしてしまったお嬢様を慌てて引き上げる。

「うぅーっ」

泥たまりに突っ込んじゃったちっちゃいわんこみたいに、お嬢様は一生懸命首を振ってドロドロを落とす。それを見ていたら笑いがこみ上げてきて、2人同時に「「ぷっ」」と吹き出してしまった。


「ふふふ、大失敗ね。」
「まったくもう、お嬢様ったらぁ。」

しばらく浸かっているうちに、このべちょべちょゼリーもそんなに悪くない気がしてきた。
半透明ぐらいのお湯だと、微妙に体に目線がいってしまって申し訳ないし、これはこれでありなのかも。


「ねぇ、なっきぃ。3年生はどんなことを勉強するの?今千聖はね・・・」


2人並んでしばらくぼーっとしていると、お嬢様が少しだけ肩を近づけて話しかけてきた。

裸の付き合い、なんて大人がよく言ってるけど、たしかにこうして隠すものもない空間に2人でいると、普段は掘り下げて話さないようなことも、するすると口から飛び出してくる。

最近楽しかったこと、悲しかったこと、学校のこと、家族のこと、寮のみんなのこと。私もお嬢様もとにかくひたすら喋り続けた。・・・舞ちゃんの話は、出なかったけれど。
それはきっと、お風呂を出た後、たくさん考えなければならないことだったから、お互い無意識に避けていたのかもしれない。



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最終更新:2013年11月22日 00:03