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その日から私は、生まれ変わったようにまた勉強に集中するようになった。
自分が今するべきこと。今度こそ誰にも流されずにじっくり考えた結果、まずは同じ高校に行けるように、遅れを取り戻すことだという結論に至った。

めぐは私を捨ててなんかいなかった。それがわかったのだから、いつでも仲直りはできる。
受験勉強の合間、私は少しずつ手紙を書き溜めた。私がどんなにめぐのことを好きか、めぐの思いやりに気づかなかったことをどれだけ悔いているか、便箋を何枚も使って、尽きることのない思いをつづり続けた。



最後の追い込みの冬休みは冬期講習で埋まっていたけれど、私は気分転換に初詣だけは行くことにした。
混雑する神社で、手に取ったのは“学業成就”のお守り2つ。もちろん、一つはめぐの分。
ずっと書いている手紙と一緒に、受験の朝、これを渡そう。
そう心に決めただけで、私はまた明日からも頑張れるような気がした。
たとえ今は口も利かないような状態でも、めぐのことを考えるだけで、私はいくらでも強くなれる。
そういう存在であることを、ちゃんとめぐに伝えたかった。

たとえ私が落ちて、めぐだけが合格したとしても、私はめぐを心から祝福できる。私はもう、めぐに頼りっきりじゃなくても大丈夫。
めぐの言っていた、「自立した上で、仲良くしたい。」その意味を、今度は正しく理解できたと思うから。


最後の模試の判定は、“ギリギリ合格圏”だった。
一時期の成績の落ち込みを考えれば、奇跡みたいだと塾の先生にもほめられた。
もう、やれることはやった。滑り止めで受けた高校にも合格できたから、あとはどれだけめぐに追いつくことができたか、その力を試すだけ。そう思っていた。


――だって、まさか。
まさか、自分だけが合格するなんて、考えもしなかったから。


受験当日、めぐは学校指定の待ち合わせ場所に現れなかった。
どうしたんだろう。連絡を取ろうか迷ってるうちに、点呼が始まってしまって、もうケータイを開くことはできなかった。
広い受験会場の中で、ポツンと空いた席を見ていると、不安が押し寄せてきた。
それでも、私は一人でも頑張らなきゃ行けないんだ。ポケットにしのばせたお守りと手紙を一度だけキュッと握り締めて、私は気合を入れなおした。


そうして無事受験を終えた私を校門の前で待っていたのは、めぐと私の共通の友達だった。そこで私は、衝撃的なことを聞かされた。


「・・・嘘・・・・・」

「ごめんね、雅が動揺すると思ったから、知らせるのが遅くなっちゃった。」
彼女は目を真っ赤にしながら、事の顛末を教えてくれた。


朝、受験会場に向かう途中で、めぐは歩道橋から落ちそうになったちっちゃい子を庇って、ガード下まで落ちてしまったのだという。

「命に別状はないっていうんだけど、身体が動かないから、すぐに救急車で病院に運ばれたんだって。」
「・・・どこ。どこの病院?連れて行って!」

私はいてもたっても居られず、友人と連れ立って、病院へ向かった。


けれど、私達はめぐに会うことはできなかった。

もう手術は終わっていたけれど、めぐの両親がなにやらひどく揉めていて、とても病室にお邪魔できる雰囲気じゃなかった。

“うちさ、親同士があんまり仲良くないんだ。何でも責任押し付けあってるって感じ。”

めぐが以前、そんなことを言っていたのを思い出した。。

「・・・何かさ、めぐって、あんまり自分のネガティブなこととか話してくれなかったよね。」

病院の廊下のベンチで、友達がポツリとつぶやいた。

思えば一緒に過ごしていた頃、めぐはいつも人の世話ばかり焼いていた。誰かが悩んでいればすぐに相談に乗って、ケンカの仲裁だってすごく上手にこなしていた。
みんなが気持ちよくいられるように、弱さや脆さをほとんど見せなかった。
めぐの優しさは大きすぎて、その裏に葛藤も悩みを抱えていたことに、私はちっとも気づかなかった。


「・・・とりあえず、帰ろうか。今日は顔見るの無理っぽいし。・・・雅、受験お疲れ様。」
「うん・・・ありがとう。」

私達は腰を上げると、めぐの両親の怒号を背に、病院をあとにした。



その後も私はずっと病院へ足を運んでいたのだけれど、めぐの両親の意向で、ずっと面会謝絶のままだった。
最後にはもう来ないで欲しい、とまで言われた。めぐが怪我して寝込んでいるのに、元気な同年代の子を見るのは辛いと涙ぐまれてしまった。
しつこく食い下がると、めぐは頭こそ打たなかったものの、何箇所も骨折があったらしく、卒業式までに退院できないかもしれないということだけは教えてくれた。



私はバカだった。
めぐは今日受験こそできなかったけれど、事情があるわけだし、ケガが治ったら受験させてもらえるものだと勝手に思っていた。
たとえ卒業後でも、特別な措置で、めぐはちゃんと試験を受けて、あの学校に入学できるはず。
めぐみたいな頭のいい子が、受験資格を剥奪されるはずがない。根拠もなくそう信じていた。


それが私の甘い考えだということがわかったのは、卒業式の日――同時に合格発表の日でもあった。

めぐは結局卒業式には間に合わず、後で病室にて卒業証書を受け取ると聞いた。めぐのいない卒業式は、私にとってほとんど意味のないものだから、仲の良かった数人と写真を撮った後、すぐに校舎を後にした。
その足で、電車を乗り継いで合格発表を見に行った。

「・・・受かりました。」

受験番号と掲示板を何度も確認した後、私は担任の先生に連絡をした。喜ぶ先生の声を遮るように、私は「それで、めぐの受験はいつなんですか?」と聞いた。


そこで聞かされたのが、“この学校には、追加の受験はない”“あったとしても、入学式までにケガは治らないだろうから、どのみち受験は不可能”だということ。


頭の中が真っ白になった。私みたいな馬鹿より、ずっとずっと頭のいいめぐが受験資格ももらえないなんて、おかしいじゃないか。
めぐがいないなら、こんな学校に行く意味なんてない。


「私を不合格にしてください。その代わり、めぐを合格にして!だっておかしいよ、こんなの!」

私は叶うはずもないワガママを、受話器越しの先生にぶつけた。もう何がなんだかわからなかった。
あんなに人のことばっかり考えて、優しくて、頭もよくて、誰よりも幸せになる資格のあるめぐが、なぜこんな理不尽な目に合うんだろう。

私はそれから家に閉じこもって、毎日泣いた。めぐからもらった誕生日プレゼント、めぐとおそろいのケータイとストラップ、めぐと撮ったプリクラ・・・・辛すぎて、めぐを連想させるものを全部捨ててしまおうかと思ったけれど、それもできなかった。
もうこのまま立ち直れないような気がしていたけれど、泣き疲れて眠ったある夜、夢の中にめぐが出てきた。

めぐは何も言わずに、私のほっぺたを一発叩いた。でも、その顔はニカッと笑っていた。ただそれだけの夢だった。

目が覚めると、何故かほっぺたがジーンと痛くて、少し腫れていた。単にベッドサイドか何かにぶつけただけかもしれない。でも、私の心のもやもやは何故か消えかかっていた。

その後、私は両親と話し合って、あの高校へ通うことにした。私立で学費がかかる上に、自分の本来の学力よりも上の高校だけど、3年間頑張ることを約束した。

めぐのところには、もう行かなかった。気まずいからじゃない。会いたくてたまらなかったけれど、めぐに会わないことは、自分自身への戒めだった。

新しい学校で、めぐに恥ずかしくない生活を送ることができたら・・・ちゃんと自分というものを持って“本当の友達”を作ることができたら・・・・その時は、いつか、きっと。




「雅ー!何ボーッとしてんの?先音楽室行っちゃうよー?」
「待って待って!今行くからぁ!」

あれからもう半年。例によって入学当初は友達ができなかった私も、部活や委員会のつながりで、少しずつ新しい人間関係を作ることができた。

めぐはあの後3ヶ月ぐらい入院して、退院後は家を出たらしい。働きながら、通信制の高校で勉強していると噂に聞いた。
高校はどこでもいい、なんて言ってためぐのことだから、今でも大学進学のために頑張っているんだろう。
この学校に居ると、時々、めぐの気配を感じることがある。
それは通学途中、“ある豪華なお屋敷”の前を通る瞬間だったり、“ある特定の中等部の生徒”といる時に、なぜか多い。そして、それは私をとても優しい気持ちにさせてくれる。


めぐに渡せなかったあの手紙は、今も新しい制服の中に入っている。読み返すたびに胸を締め付けられるけれど、この痛みは、ずっと忘れてはいけない痛みだと思った。


「お待たせ!」
ゆっくり足で廊下を歩くみんなに合流すると、ムードメーカーな千奈美が、私の顔をじっと見た。

「何?」
「んー・・・狭い日本、そんなに急いでどこへ行く?みたいな?」
「はぁ?」

「いや、よくわかんないけど。まぁ、頑張ろうってことで!雅にはウチがいるよってことで!」
「んー?なんだそりゃ。」

その標語の使い方は明らかに違うと思うけど、千奈美は辛気臭い顔をしてた私を励ましてくれたんだろう。めぐとはまた違うけれど、私は高校でも優しい友達に恵まれた。

「・・・千奈美、ありがとね。」
「ん。」

もう私は、べったり寄りかかるだけの人間関係は作らない。相変わらず流されやすくてダメダメで弱いとこもあるけど、ちゃんと前を見て、毎日進んでいけるように。


「ねえ千奈美。ちょっとまだなんだけど、でもきっともうすぐ大丈夫なんだけど、会わせたい友達がいるんだ・・・・・」


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