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私を自室のソファに座らせた後、お嬢様は夜勤のメイドさんとドアの前で話をしていた。

「栞菜。栞菜のお父様からお電話があったみたい。今から折り返しご連絡するけれど、お話、する?」
黙って首を横に振ると、お嬢様は何も言わずに小さくうなずいて、私の横に腰掛けた。

「今、お茶を入れてもらっているわ。あぁ、でも、疲れているでしょう?眠かったら、寝てしまってもいいのよ。」
「お嬢様・・・」

どちらかというと、普段はふわふわしてて危なっかしい印象のお嬢様は、まるで別人のように、慈愛と包容力を感じさせるような優しい顔をしていた。


“千聖の名前は、聖母マリア様からいただいたのよ。”


いつか、お嬢様がそう話してくれたことを思い出した。


「お嬢様、本当、マリア様みたい・・・」
「うふふ。いやだわ、どうしたの?栞菜ったら」

私の間抜けな発言で、少しだけ緊張した空気が緩んだ。目を合わせて笑い合う。


「・・・・今日は、私の両親が、一時帰国する日だったんです。」
「ええ。」


まだうまく話せるかわからないけれど、私はお嬢様の手を握ったまま、今日起こった出来事を少しずつ話し始めた。


久しぶりに帰る実家、久しぶりに会う両親。あの時、私はとてもはずんだ気持ちで寮を後にした。
お土産話はたくさんある。寮のみんなのこと、お嬢様のこと、お屋敷のこと、学校生活のこと。生徒会のお仕事や、愛理と一緒に入部した読書部。何から話そう。私の元気な様子を見て、お父さんもお母さんもきっと安心してくれるだろう。

数ヶ月前、初めてづくしで緊張していた私も、心から今のこの生活を楽しめるようになってきていた。
結構レベルの高い学校だから、勉強も難しいけどやりがいがすごくある。今のこの充実した暮らしが続いたらいいな、何て思っていた。
お父さんの出張がいつまでなのかわからないけれど、出来れば帰国後も寮に残りたい。家から学校まで1時間もかからないから、ちょっと難しいかもしれないけど・・・。今日はその説得も兼ねているので、私は結構気合が入っていたのだった。・・だけど。


帰宅した私に有無を言わさずぶつけられたのは、信じられない一言だった。


「お父さんとお母さん、離婚するから。お母さんはおばあちゃんのところに行く。栞菜はお父さんに着いていきなさい。すぐに退学手続きをして」

「ちょっと待ってよ、何で?意味わかんない。いきなり海外とか無理だから。せめて私もおばあちゃんちに・・・ていうか、離婚って。」

そうはいっても、田舎暮らしも現実的じゃないし、考えられないことなんだけど。私は慌てて反論するけど、お父さんなんて空気になっちゃって何も言わない。お母さんの話は続く。

「お母さん、しばらく一人になりたいの。もう嫌になっちゃって、知り合いの全然いない海外でなんて暮らせない。
お父さんはいいわよ、仕事があるんだから。私は一人で買い物も行かなきゃならないし、電話応対もしなきゃらならないし、もううんざり。
この家にいても気持ちが休まらないから、実家に帰る。お父さん私の気持ちわかってくれないし、離婚しかないの。わかってくれるわね、栞菜。」
「お母さん・・・」

つまり、ひどいホームシックってやつか。お母さんは普段は明るくて優しいけど、いくつもうまくいかないことが重なると、こうやってひどいヒステリーを起こすことがある。離婚だなんだ言っても、時間が経てば落ち着いてくれる。
今回もそうだ。今のお母さんには、言葉は通じない。それがわかっているから、お父さんも黙っている。急な出張がお母さんのストレスになったことに負い目もあるんだろう。だけど、今日の私は気持ちを押し殺すことができなかった。


「私の気持ちはどうなるの?そんな話、今日まで一度もしてくれなかったじゃん。電話でだって何度も連絡してたのに。」


――ああ、これはまずい。
血は争えないと言うけれど、親子だけあって、私も結構癇癪を起こしやすいタイプだ。一度スイッチが入ると、思ってもいない言葉が次々口をついて出てしまう。

「大体何でいつもいつも私が我慢しなきゃなんないの?そもそも、私は転校なんてしたくなかったよ。いきなり通いなれてた中学から女子校入って、しかも寮で、私がどれだけ辛い思いしたかわかってるの?」

いや、全然してないけど。してないけど口にしてしまった以上、しばらくは撤回できない。その後もしばらく口論が続いて、お母さんはわざとらしくため息をついた。


「まったく、屁理屈ばっか・・・育て方、間違えたかしら。」


聞き流すことのできないその一言に、私はさらに激昂した。


「もういい。私、自立するから。お嬢様のお屋敷にだっているもん、同年代で働きながら勉強してる子。私もそうするから。理想どおりに育たなくて申し訳ございませんでした。」
「ちょっと栞菜、」

「お父さんもお父さんだよ。そうやって黙って、私が折れるの待ってるんでしょ。バッカみたい。2人とも、私のことなんて全然大切じゃないんでしょ。今私が外飛び出して、車に跳ねられて死んだって、どうせそうやって責任擦り付け合って」


私の暴言は、ほっぺたの焼けるような痛みで遮られた。
時間が止まる。
殴られた、とわかったのは、ずいぶん経ってからのような気がした。


「・・・出て行きなさい。」


お母さんの震える低い声が、やけにゆっくりと頭に響いた。




「・・・そうだったの。」
「私、ひどいこと言っちゃいました。」

温かいハーブティーを飲みながら、お嬢様は私の話に耳を傾けてくれた。
私が馬鹿だった。私が間違っていた。本当はもっと建設的に、話し合うことができたはず。
表情一つ変えずに私を見つめる、お嬢様の綺麗な瞳をこうして見つめていると、否が応でも自分の内面と対峙させられる。


「実はね、栞菜。私も、今日お父様とケンカをしてしまったの。」
「えっ・・・」



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