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「私は何も頑張ってなんか」
「あら、栞菜は私の篭城に巻き込まれただけなのに、最後まで付き合ってくれたじゃない。」
「お嬢様・・・」

くったくのない顔で笑いかけてくるお嬢様。私の事情をみんなに悟られないように、気を使ってくれているんだ。自分1人の事情で、私を振り回したことにして。

「まったく、今日はウチとお料理する約束だったじゃないですかー。ブッチされてえりか悲しい!」
「ウフフ、ごめんなさい。千聖は忘れっぽいのよ。明日は?明日ではだめかしら?」
「明日は私と2人運動会ですよ、お嬢様。忘れるなんて薄情者!とかいってw」

今までもこんなふうに自ら道化のように振舞うことで、誰かの大切な何かを守っていたことがあるのかもしれない。私達が気付かなかっただけで。そう思うと、胸に熱いものがこみあげてくる。
昨日の夜の、マリア様のような慈愛に満ちたお嬢様の表情を思い出す。
奔放だったりワガママだったりもするけれど、お嬢様の心の中には、名前どおり“聖母様”がいらっしゃるみたいだった。

「お嬢様、本当にありがとう。でも私、みんなにも話しておきたいんです。」
だから、私はお嬢様の目をしっかりと見つめた。まっすぐな思いやりには、まっすぐな気持ちで応えなければいけないと思うから。

「・・・そう、わかったわ。栞菜は強いのね。」

お嬢様の笑顔を了承と受け取り、私はみんなの方へ向き直った。


「みんな気付いてると思うけど、私昨日家に戻らなかった・・・ううん、戻ったけど、帰ってきちゃったんだ・・・・」



「そっか、そんなことがあったんだね。」

昨日の出来事を全て話し終えて、えりかちゃんがポンポンと頭を撫でてくれた。
実はね、とお父様とのケンカの事をみんなに話したお嬢様にも、なっきぃが優しく寄り添っている。


「なっきぃには、お嬢様の気持ちがわかりますよ。」
「本当に?千聖は子供だって笑わない?」
「キュフフ、もちろん。・・・私もね、家族がわりと多いでしょう?たまに家に戻ると、みんなで私の知らない話題で盛り上がったりして、すごい疎外感を感じるんです。それで文句言うと、話について来れない方が悪いような言い方されたり。」

思い出したら腹が立ってきたのか、なっきぃの鼻息が荒くなる。

「ウチもウチも!こないだ帰ったときなんて、ウチは久しぶりに会うからいっぱい話したいことがあったのに、パパったら開口一番“化粧が濃い!ちゃらちゃらするな”ですよ、もーありえない!思わず泣いちゃった!大体濃いのは地顔だから!」
「私もあるよー。私の両親、わりと古風な考え方なのね。すぐ“女の子なんだから”って言われるし。久しぶりに家でのんびり過ごしたくても、何かとやることが多くて、なのに弟だけ家事のお手伝いしないでゲームしてるの見ると、何となく釈然としないんだよね。」

すごいねー、私なんて嫌なことあってもあっという間に忘れちゃって覚えてない!という舞美ちゃん以外は、結構みんな親に対して思うことがあるみたいだ。私やお嬢様だけが過敏になっているのかと思いきや、まさか愛理までとは。


いつもの調子でみんなで騒いでいると、めぐが“はい、はい。静粛にー”なんて学校の先生みたいな口調で言いながら、食堂に入ってきた。私服に着替えためぐは、仕事中より固さの取れた表情をしている。

「もう、みんなね、マトモな親がいるだけありがたいと思うべきだよ。」
そういって笑う顔は、少しだけ大人びていて、それでいて寂しそうだった。

「親にちゃんと見てもらえない子供だっているんだから。世の中、いい親ばっかじゃないんだって」
「めぐ・・・」

それはお嬢様の「子供を嫌いな親なんていない」という持論と対立する意見だったけれど、お嬢様は何も言わなかった。

めぐは何かと秘密が多い。えりかちゃんや舞美ちゃんより年下なのに、そしておそらくかなり頭がいいのに、全日制の高校に通わないで、お屋敷で住み込みで働きながら通信制の高校で学んでいるらしい。

「ま、親子とはいえ別の人間なんだから、衝突は免れないですよね。実の親子がわかりあえないなんて、悲しい話ですけど。」
「・・・ええ、そうね。そうかもしれないわ」


その様子だとお嬢様は何か事情を知っているのだろうだけど、めぐから何も言ってくれない以上、私達寮生はどこまで踏み込んでいいのかわからないのだった。
今はそれでいいのかもしれない。いつか時期が来たら、めぐはきっと自分から話してくれる。私達は、それをいつでも受け止められるように、どーんと構えて待っていれば。


「まぁ、とにかく2人が出てきてくれてよかったです。」
「・・・そういえばめぐ、今回の篭城を早くやめさせるのにはいろいろ理由があるって言ってたけど?一体なんで?」
「んー。あー、まだかなあ」

んん??私の質問にイマイチ噛みあわない生返事で答えるめぐの視線は、さっきから柱時計とお屋敷の裏手を行ったり来たりしている。

「めぐ?」
「待ってー・・・・キタ!!!お嬢様、栞菜、窓の外見て!」

急に大きな声を出しためぐにびっくりしながらも、指差された方向の窓へお嬢様と2人で移動する。


「嘘・・・!」
「どうして!!」


私にとってはとても馴染み深い、モスグリーンの軽自動車が、今まさにお屋敷の裏手の駐車場に止められようとしていた。

「お父さん・・・・」
「お父様・・・お母様・・・」

執事さんに車庫まで誘導されている外車は、お嬢様のおうちの車だろうか。あまりの急展開に、私もお嬢様も言葉が出てこない。


「お昼すぎに、旦那様から電話があってね。とても落ち込んだ声で、千聖お嬢様のコンディションについて聞かれたんです。」
「まあ・・・」
「ですから、寮のみんなを巻き込んで大立ち回り中って答えました。そしたら、今お屋敷に向かってるところだから、すぐに帰ってくるっておっしゃって。それで、電話切ったらすぐ、こんどは栞菜のお母さんから電話。」
「お母さんが!?」
「栞菜のこと心配していらっしゃったから、千聖お嬢様と夜通し親子関係についておしゃべりなさってたみたいですよって答えた。で、こちらも今すぐ行きますって。だから、さっさと篭城やめてもらわないと2人のご両親が着いちゃうって思ったのね。」

私もお嬢様も、家族間でごたごたがあったことなんて一言も口にしていないのに、めぐは2本の電話だけで、何となく事態を察してしまったみたいだ。
しかも、いくら口で説得しても動かないお嬢様の性格を見越して、勝負に負けたら篭城終了という手を使ったわけか。めぐ、恐ろしい子!

「ま、ラップだのプロレスだの言い出したのは愛理なんだけどね。」
「ええっ!?」

意外だ、意外すぎる!千聖お嬢様とはまったく異なるタイプの、清純派お嬢様の愛理にそんな発想があったとは!


「まあ今はそれはどうでもいいから。ほら、駐車場まで迎えに行ってらっしゃい。旦那様は忙しい時間をぬって、千聖お嬢様に会いに来たんですよ。栞菜のご両親だって。その気持ちを考えて差しあげて。」
「私達、ここで待ってますから。大丈夫ですよ、お嬢様。」
「キュフフ、明日菜ちゃんたちも戻ってきてるのかな?会いたいなあ。」


なおも躊躇する私達の背中を、みんなが押してくれる。私はお嬢様と顔を見合わせて、軽くうなずきあった。

「栞菜。」
「ええ。」

二人並んで、早足で玄関へ向かう。


「お父さん、お母さん!」
「お父様・・・パパ!ママ!」


大丈夫、大丈夫。話したいことは、これからゆっくり話せばいいんだ。


固くつないだ手を離して、私達はそれぞれの両親の元へ走って行った。



*******



「ふーん、そう。うまく行ったんだ。」
「おかげさまで、ね。私も普段やったことないようなこといっぱいできて楽しかった。」

お嬢様と栞菜立て篭もり事件がひと段落したその夜、私はとある部屋を訪れていた。

「栞菜は今日の夜から明日の夜まで実家ですごすって。お嬢様のご家族も、明日の朝まではこっちにいるらしいよ。」
「まったく、千聖って本当ガキなんだから。やっぱり私がいないと・・・・」

言いかけて慌てて閉ざしたその言葉を、私は黙って聞き流すことにした。


「でも今朝はびっくりした。愛理があんな朝早くから訪ねてくることなんて、めったにないもんね。」
「いやぁ、なんか慌てちゃって。ケッケッケ」



そう、めぐからメールで、お嬢様立て篭もりの一報を受けた私は、まず彼女――舞ちゃんの部屋を訪れた。

最初は協力なんてしたくないと言っていた舞ちゃんも、珍しく粘る私に根負けして、定期的に私のケータイにアイデアを送ってくれるという約束になった。ただし、これは私と舞ちゃんだけの秘密。

そんなわけで、私は舞ちゃんから送られてくるメールの内容を、全て自分の意見としてみんなに提案させてもらった。普段はあんまり発言しない私が何かと口を出すから、みんなびっくりしていたな。
特に、最後の・・・ラップとか、プロレスとか、私は心に冷や汗をかきながら、何とか自分の(舞ちゃんの)意見を通そうと悪戦苦闘したのだった。


「でも、良かった。舞ちゃんがいなかったら、私達まだきっとお屋敷でまごまごしてたよ。」

一件突拍子もない計画のようで、舞ちゃんは本当に上手にお嬢様を煽る。今までもお嬢様は何度か篭城事件を起こしているけれど、いつだって解決に導くのは舞ちゃんだったから。


「ふん。千聖のことは別にどうでもいいけど、みんながバタバタしてるのは良くないから手伝っただけだよ。」
「うん、そっか。」


余計なことは何も言わない。私は舞ちゃんの心を、いたずら追い詰めるようなまねはしたくない。



「・・・ねえ、愛理。」

それじゃそろそろ部屋に戻るね、と私が立ち上がると、舞ちゃんはちょっと口ごもりながら、手を握ってきた。


「あの・・・みんなに言わないでね。」


いつもの余裕綽々な天才少女の顔じゃない、年相応にあどけなくて不安そうな顔をするから、私は思わずお姉ちゃんぶって「大丈夫、愛理と舞ちゃんだけの秘密だから」なんてえらそうに言ってしまった。


舞ちゃんが今回の計画にかかわっていたこと。
私が舞ちゃんの“本当の気持ち”に気付いてしまったこと。


「言わないでね。」はこの2つにかかっている気がした。


「ありがとう。愛理はいろんなこと急かさないから好き。」
「のんびりしすぎっていう噂もあるけど。ケッケッケ」
「・・・ね、お茶入れるからもう少し話さない?・・・あ、でももう千聖の話は終わりね。」
「はぁい、喜んで。」

せっかくのお誘いを断る理由はどこにもない。私は再びテーブルの前に座ると、キッチンでお湯を沸かす舞ちゃんの背中をじっと見守ることにした。


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