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「この子がオスカル、この子がアンドレ、こっちはアントワネットなの。どう、可愛いでしょ。ウフフ」

道重さんがしきりに写真を指差しながら話しかけるも、千聖は微動だにしない。

「何の動物ですか?」
ひょいっと横から覗き込んだ舞美ちゃんも「うっ」と短く呻いて固まった。席を移動して写真を見に行ったみんなも、なぜか写真を見て硬直している。

「でね、こっちの子がロベスピエー・・・・千聖ちゃん?どうしたの?」

そんな周りの状況も気にせず、ペット紹介をしていたさゆみさんも、さすがに異変に気付いて千聖の顔を覗き込んだ。

「千聖ちゃん?」

唇がくっついちゃうんじゃないかってぐらい2人の顔が近づく。

「ちょっと・・・・」

私は慌てて席を立つ。と同時に、千聖は声もなく後ろにグラッと倒れた。

「千聖!」
「千聖お嬢様!?」


間に合わない!悲鳴を上げかけた私を、ももちゃんがそっと制してくれた。

「大丈夫、大丈夫」

見ればたまたま後ろにいた愛理が、椅子ごと千聖を受け止めていた。・・・けれど腕力的に無理があったのか、「あーれー」とか言いながら、そのまま後ろに倒れこむ。それをたまたま後ろにいたえりかちゃん(ry

「何やってんのーウフフ。寮生は面白いなあ」

結局なっきぃ、栞菜とドミノが続いたのを舞美ちゃんが片手でせき止めて、どうにか千聖は頭を打たないで済んだ。

「千聖・・・」

愛理の手から千聖を奪うようにして抱きかかえる。ぎゅっと抱きしめて視線を落とすと、衝撃で床に落ちた写真が視界に入った。

「ぎゃっ!」


赤と緑の斑模様。黄色と黒の縞々。赤茶色のなっがーーーーい肢体。
笑顔のさゆみさんと一緒に写っていたのは、ヘビさんたちだった。


「お、おおお・・・」

私も千聖ほどじゃないけど、爬虫類は決して得意な方じゃない。思わず後ずさりすると、「何で逃げるのー?」とさゆみさんが写真を拾いながら近づいてきた。ち、近寄るんじゃねぇ!


「さーちゃん、千聖はヘビが苦手なんだよ。ニセモノのヘビでも泣いちゃうぐらい。」
「えーそうなの?それは困ったの。うちのペットショップ、今はヘビちゃんが一番人気なのに。」
「わかった!わかりましたからもう写真近づけないで!」


「ん・・舞・・・・?」


わーわー騒いでいたからか、失神していた千聖が、私の腕の中でもそもそ動き出した。

「ちーちゃん、大丈夫?」
「え・・・ええ・・・」


さゆみさんの姿を確認すると、千聖はまた表情を強張らせた。力を込めて、私の腕にしがみついてくる。
スキンシップ嫌いの千聖がこんなに身体をくっつけてくることなんて、めったにない。バニラのコロンの香りがふわんと広がる。

ちっちゃい子みたいで可愛いな。また怒るだろうから絶対に言わないけど。私は初めて、さゆみさんがお屋敷に来襲してきたことに感謝した。

「聞いたの。ヘビちゃんが苦手なんですって?」
「ひぃっ!」

さゆみさんの首に絡まっていた超長ーいヘビのことを思い出したのか、千聖はビクンと跳ねて私の肩に顔をうずめた。
――不謹慎ながら、「さゆみ様!もっと怖いヘビの話をなさってください!」とお祈り申し上げたことは内緒です。


「たしかに最初は、さゆみもヘビちゃんたちは苦手だったの。でも、いい子たちなのよ。慣れればちーちゃんだって。」
「うー・・・」

千聖は青い顔をして、黙って首を激しく横に振る。
さゆみさんに夜通し抱き枕にされるのも、カルボナーラを塩分過多にされるのも、バスケで謎の妨害行為を受けるのも許容範囲だったみたいだけれど、ヘビだけはどうしても受け入れられないみたいだ。

「困ったの・・・。写真だけでこんなに震え上がっちゃうなら、さゆみのおうちで過ごせるかしら。扱いに慣れるために、おうちにもおとなしい子たちを招き入れてるのよ」
「あうあう・・・」


玄関にヘビ、食卓にもヘビ、寝室にもヘビ、トイレにもお風呂にもヘビ。
もちろんそんなことはないんだろうけど、千聖が頭の中で考えてることぐらい、私にはたやすく想像できる。

「ちーちゃん、無理そう?」
「・・・ごめんなさい。」
「じゃあ、お兄ちゃんとの結婚も難しいのかしら・・・」
「ごめんなさい・・・」

千聖1人が悪いなんてことは決してないのに、目に見えて落ち込んでしまった。
千聖にとっては長年の間の決まりごとであった婚約を、超個人的な理由で白紙にするというのは気が引けるんだろう。でも、その気持ちをも揺るがすほど、千聖のヘビ嫌いは深刻なものだった。

「ああ、泣かないで、ちーちゃん。さゆみはちーちゃんのそんな顔をみにきたんじゃないの。」

下を向いて鼻をすすりあげる千聖を見て、さゆみさんは慌てて駆け寄ってきた。

「さゆみはね、ちーちゃんが辛かったり無理をしてまで、うちにお嫁に来てもらうつもりはないの。ほら、笑って?ちーちゃんは笑った顔が一番可愛いの。ほらほら」
「ふ、ふふふふうふふふふうふふ」
「ちょっと!くすぐって笑わせるのは反則だから!」


千聖の体を触手みたいに這う指を、寮生全員で叩き落す。



「・・・まだまだ結婚なんて、無理して考えることないですよ。ケッケッケ。お嬢様が幸せになれるって思った人と、一緒になればいいんじゃないでしょうか。」
「そうね。勢いだけで、大事なことを決めてはいけないわね。」
「ちーちゃん、大人になったのね。偉いわ」


愛理が綺麗にまとめて、ようやくこの結婚騒動にも終止符が打たれた。・・・・と、誰もが思っていた。




「それじゃあ、今日のところはさゆみも帰るの。お兄ちゃんとちーちゃんの婚約の件は、さゆがお口ミッフィーにしておくの。」

その後、どうせなら今日は寮で・・・と千聖とさゆみさん、ももちゃんも含めてみんなでえりかちゃん特製の夕食に舌鼓を打った後、さゆみさんはがゆっくりと立ち上がった。


「あら?今日はもう遅いわ。お泊りになって行ったら?」
「ううん、大丈夫なの。さゆみのうち、ここから歩いて10分もかからないでしょ。」
「えっ!そうなの?じゃあなんで文通なんて」
「ああ、それは、私が手紙を書くのが好きだから。さゆみさんはお付き合いしてくださったのよ」

「ちーちゃんはいろんなこと書いてくれるから、読んでいて楽しいの。これからも文通続けましょうね、ちーちゃん」

――わからん。さゆみさんはもちろん、千聖もかなり天然入ってるから、わざわざ近場で切手貼って手紙のやり取りをしているこの不自然さに双方気付いていないらしい。
みんなが頭の上にクエスチョンマークを並べて二人を見ているっていうのに、まったく気付かない感じでキャッキャと盛り上がっている。

「さて、さゆみ本当にそろそろ帰らないと。遅くなるとお母さんが心配するの。」
「運転手を出しましょうか?」
「いいの。裏に自転車置いてきたから。」


あのドレスで自転車漕いで来たのかよ!視界の隅で、えりかちゃんが食後のお茶を盛大に噴き出した。

「あ・・・そうだ、ちーちゃん。」

今度こそお別れって流れになったから、行きと同じドレスで器用にママチャリにまたがるさゆみさんを、みんなで見送ることにした。少し漕ぎかけたところで、ふと足を止めてさゆみさんが振り返った。

「ちーちゃんの弟くんは、何歳だったかしら?」

「・・・・・・・・・・はあ?なんでよ」

千聖が答えるより早く、私は無意識に威嚇の声を上げていた。

「あら、さゆみはお兄ちゃんとちーちゃんの結婚はあきらめたけど、ちーちゃんとこのまま縁をなくすとは一言も言ってないの。さゆみがそちらに嫁ぐのもありかなって」
「ねえよ。弟君はまだ小学生なんだからねっ!」

私は最大限怒りをこらえて、さゆみさんを睨んだ。


「うふふ。さーちゃん、千聖の弟相手じゃショタコンになっちゃうよー」
「そうねぇ。」

今はももちゃんの援護射撃が頼もしい。さすがにそこまで年が離れてるのは・・・と思ったのか、さゆみさんは案外あっさり引っ込んだ。と思っていたら、


「あっ!それじゃあ、さゆみがちーちゃんと結婚するっていうのはどうかしら!同性同士で結婚できる国はどk」


「さっさと帰れーーーーー!!!!!!!!」


閑静な千聖の邸宅に、私の絶叫が響き渡った。



「ウフフ。舞ちゃんたら、やつれちゃって。可愛い顔が台無しだぞぉ?」
「うへぁ」

寮の自室。
さゆみさんをほうほうのていで追い出した後、私は自室でぐったり倒れこんだ。気を使っているのかはたまた面白がっているのか、ももちゃんは私の後ろをテクテク歩いてきて、部屋のコンロを使ってお茶を入れてくれた。

「とりあえず、結婚は白紙になったぽいけど・・・さゆみさんはまだ油断ならないね」
「そうだねー。さーちゃんは、気に入った人にはかなりがっちりしがみついてくタイプだろうし。何せ、昔は友達がいなくてダンゴ虫と遊んでる人だったんだから、人間への執着心といったらもう。ウフフ。千聖みたいに無防備で優しい子は理想の妹だろうねぇ。
ま、とはいえこれで親類関係を名乗ることも出来なくなったわけだし、さーちゃんが学園に出没することはもうないんじゃない?何だかんだ言って、さーちゃん結構ペットショップのお仕事頑張ってて忙しいみたいだし。」
「だといいんだけどね。・・・あ、あの、今日は色々ありがとうね。ももちゃんがフォローしてくれなかったら、千聖今頃ヘビの館で泣いてたかもしれないもん」

私は寮のみんな以外の人に、「ごめんなさい」や「ありがとう」を素直に伝えるのがとても苦手だった。
でも、今ならももちゃんには素直に言える。ももちゃんは少し驚いたような顔をしたあと、ニヤッと笑った。

「そんなこと言ってていいのかなー?ももだって、ももの弟と千聖を結婚させようって企てるかもしれないし?あるいはももがぁ」
「・・・そんなことはないって舞信じてる」
「ウフフ、ちなみに、女の子同士で結婚できるヨーロッパの地域とかアメリカの州って結構いっぱいあるみたいだよ。
もぉ、千聖が大人になったら2人でオランダ旅行でも行っちゃおうかな?なーんて。ではでは、弟とゲームする約束あるからこの辺で。グッナイ舞ちゃん♪」


ももちゃんはマシンガンのように喋るだけ喋ると、お尻をフリフリしながら出て行ってしまった。

「はああああ~~」

まだまだ、“舞の千聖”をみんなに認知させるのは茨の道らしい。ももちゃんの入れてくれたお茶は繊細で柔らかくて癒されるお味だったけれど、今の私には“敗北の味”のようにしか感じられなかった。


♪わーたーしーのー 横にはーいつもー君ー♪

「ちしゃとっ!」
ふいに、部屋に着信音が鳴り響いた。私にとっては特別なその歌を耳にして、無意識に相手の名前を口にしながらケータイに飛びつく。
千聖は普段、ケータイは持ち歩かない。この距離じゃ電話はまずしないし、大事なことは手書きにこだわるから、こうしてメールを送ってくるのはとても珍しいことだった。まずは保存を掛けてから、内容を目で辿った。
昨日から、慌ただしかったわね、とか、さゆみさんは面白いわね、とか、そんな雑談の一番下に、こう書いてあった。


“私はやっぱりまだ、舞がいないとダメなのかもしれないわね。”

200回ぐらい読み直してから、私はぽーんとケータイを放り出して、ベッドに飛び込んでジタバタした。
ああ、どうして千聖は舞の“言葉のツボ”を巧みに刺激するんだろう。こんな一行で、私の悶々としていた気持ちは吹き飛んでしまう。

「やっぱり、千聖は舞のだからね。」
誰にも聞こえない独り言で自分を勇気付けて、私は千聖に会いにいくために、上着をひっ使んで部屋を飛び出した。



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