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「岡井ちゃんさ、娘。に入る気ない?」

「は・・・」


私の手から、ハンバーグが刺さったままのフォークが落ちた。


夕刻のファミリーレストラン。
今、私の前には道重さん、高橋さん、新垣さんが座っている。

つい1時間ほど前、学校が終わって家でのんびりしていたら、見知らぬアドレスからメールが入っていた。

どなたかしら・・・。本文に目を通すと、冒頭に“ガキさんですけどー!”という一行。

メールだというのに、思わず背筋が伸びた。読み進めていくと、事務所近くのファミリーレストランで、夕食をご馳走してくださるとのことだった。
今日は明日菜がチンジャオロースを作ってくれると言っていたけれど・・・先輩からのせっかくのお誘いを、お断りするのは気が引けた。でも、明日菜のチンジャオは美味しいから食べたい。でも、夕食・・・・

「明日菜。私、ちょっと出かけてくるわ。チンジャオ、もう出来上がってるかしら?良かったら、食べさせてくれる?」
「いいよー」

まったく、こんなことをしているから、舞さんやえりかさんに“大福”なんて言われてしまうんだ。

ミニ丼にしてもらったチンジャオを食べ終えると、ちょっと膨らんだおなかをさすりながら、私は家を出た。そして、今に至る。




「あの・・・私が、モーニング娘。さんに・・・ですか?」
「そうだよ。ってかホントにキャラ違うんだねー!ウケんだけど!」

ケラケラ笑う高橋さんを、「コラッ」と新垣さんが窘めた。


そう、私は今、本来の私の人格じゃない。


以前の私はとても明るくて、声も大きいから、どこで何をしていてもわかるようなキャラクターだったらしい。
それが、階段から落ちて頭を打ってから、こういう性格に変わってしまった。といっても、私にはあまりその自覚はないけれど。

当初は、そのことは家族やマネージャーさんやいつもお世話になるスタッフさん、そして℃-uteの皆さんの中だけの秘密だった。
それが、ひょんなことからベリーズの皆さんも周知のこととなり、℃-ute内の話し合いの結果、それなら今後何かと関わりがあるであろうモーニング娘。さんや、ガッタスの先輩方にも・・・というお話になった。

ベリーズの皆さん同様、モーニング娘。の皆さん方も、広い心で私を受け入れてくれた。それで、しばらくは穏やかに過ごしていたのだけれど・・・どうして唐突に、こんな話が。


「あのね、岡井ちゃん。今の娘。には起爆剤が必要だと思うんだ。」
「はぁ・・・」
「岡井ちゃんのそのキャラを、娘。で存分に活かさない?」
「あの・・・」
「岡井ちゃん、よろセンの時もすごく周りが見えてて賢い子だなってさゆみ思ったの。こういう子、娘。にいたらいいかもって」
「でも・・・」
「大丈夫やよー!結構楽しいよ、娘。も。みっつぃーも、岡井ちゃんに会いたがってたし」


畳み掛けるような矢継ぎ早の説得を受けて、思わずうなずいてしまいそうになる。いけない。とりあえず、落ち着いて考えよう。



「あの、期間限定、ということですか?」
「ううん。ずっとだよ」
「・・・℃-uteは・・」
「娘。に入るなら、抜けてもらうことになるのかなぁ」
「それは、」

口を挟もうとする私の唇を、新垣さんが手で覆った。真面目な顔をしている。


「岡井ちゃん。言っておくけど、別にイロモノとして岡井ちゃんを入れようっていうんじゃないから。岡井ちゃんはかなり歌えるし、ダンスだってたまにポーンと抜けちゃう以外はいけてると思うんだよね。
トークもフガフガしてるけど面白いし。
ぶっちゃけ、今のままじゃ岡井ちゃんもったいないっていう気持ちもあるんだ。言ってる意味わかるよね?
うちらはそれだけ、岡井ちゃんのことを買ってるわけ。」
「・・・・・あの、」
「ま、今すぐじゃなくていいから。よーく検討しておいて。あと、このことは岡井ちゃんとうちらの秘密ってことで。」
「はい・・・」


私は何も言えなくなって、黙ってうなずいた。そこまで真剣に、私について考えてくれている先輩に、即座に返答することはできなかった。たとえ、私の答えは決まっていたとしても。


「じゃあ、そろそろお開きにしようか。ごめん岡井ちゃん、これから娘。ミーティングあるからさ。良かったら、手つけてないのとか食べて帰って。まったく、愛ちゃんオーダーしすぎだから!」
「それじゃ、またね、岡井ちゃん。」

忙しい時間の間を縫って、私と会ってくださったのかもしれない。早足でレジへ向かう背中を見て、私はとある出来事を思い出し、ため息をついた。


“岡井ちゃんさ、音楽ガッタスに入らない?”


実は3日前にも、私は吉澤さんと石川さんからそんなお誘いを受けていた。
吉澤さんから電話をいただいた私は、以前、えりかさんに連れて行ってもらったところよりも、さらに敷居の高い中華料理屋さんに連れて行ってもらった。
個室の座敷で、おいしいコース料理をご馳走になりながらの話だった。


ただし、今の新垣さん達ほど熱心でもなかったし、お2人はいつも私に色んないたずらを仕掛けてくるから、またからかわれたのかな、何て思っていた。
それに正直、そのことよりも、私は豪華な食事に心を奪われていた。・・・まったく、我ながら情けない。


その時は・・・何ておっしゃってたかしら。
新垣さんとは違って“もちろん、℃-uteの活動をしながら、無理のない範囲で考えてくれていいから”とか。
“気楽に考えてね。岡井ちゃんがその気なら、いつでも連絡して。ただし、今日のことは誰にも言っちゃだめだから。”とか。
そんな感じだったと思う。


だから、私の中では、その話はそこで終わっていたつもりだった。まさか、今こんなことになるまでは。


「どういうことなのかしら・・・?」


手付かずのいちごパフェをスプーンで崩しながら、冷たいシャーベットに舌鼓を打つ。美味しいけれど、よく冷えすぎていて、こめかみがズキンと痛んだ。
ふと、まるで今の自分の気持ちのようだと思った。

自分のことを必要としてくれる人達がいて、嬉しくてしょうがないのに、同時に、胸を重くする感情が湧き上がっている。それが何なのか、今の私にはまだわからなかったけれど。


なぜか寂しい気持ちを覚えた私は、いてもたってもいられず、携帯電話を開いた。
電話の履歴を辿れば、舞さんや早貴さんの名前が飛び込んでくる。だけど、一体、誰に、何を話す?誰にも言わないという約束を破る?そんなことをして、何になるというのだろう。

散々悩んだ挙句、誰にも連絡は取らずに、ひとまず家に帰ることにした。
優しくて温かい家族とのんびり過ごして、少し心を落ち着けよう。
とりあえず自宅に電話しようと、アドレスを辿っていく。


―♪♪♪


「きゃっ」

突然、メール受信画面に切り替わる。少し時間が遅くなってしまったから、もしかしてお母様から?


カフェオレで喉を潤しながらしばらく待っていると、受信完了通知とともに、2件のメールが目に飛び込んできた。

1通目の表題。
【極秘ですヨ!】☆★S/mileageに入りませんカ★☆【花音です!】

2通目の表題。
マノチサトって、どうでしょう??(。・∀・。) 


「・・・・」

もはや、言葉も出てこない。
私は力なくソファにもたれて、店員さんが空いた食器を片付けていくのを、しばらくぼんやりと見ていた。


“前の千聖より、ちょっと鈍くなったよね。”

私はたまに舞さんに、そんな風に言われることがある。
だけど、そんな私でも、さすがに違和感を感じざるをえない。一体、何が起こっているんだろう。
自分の手には負えない、とても大きな力が動いているような気がして、サーッと鳥肌が立つ。

「あ・・・」

再び、メール着信音。一瞬心臓が跳ねたものの、それは家族――明日菜からのメールを知らせる音だったから、安心して本文へ目を走らせた。

本文。
これ内緒の話ね。お姉ちゃんは、エッグの活動に、興味ないですか?℃-uteを続けながら、新人公演――

「ふ、ふふふふふ」

もはや、笑いがこみあげてきた。新人って。一体、明日菜は何を言っているんだろう。これは何かの夢なのかしら?
周りの人がいぶかしげにこっちを見る。でも、もう感情をセーブするブレーキが壊れてしまっていた。

「うふ、ふふふ、うふふふふ。うふふふふふ」

心配したウエイトレスさんがお水を持ってきてくれるまで、私はたっぷり5分間、笑い続けた。




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