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「愛、ちょっと。」
「・・・」
「愛。」


あー。うるさいな。

ドアの前で、お母さんが私を何度も呼んでいる。

でも、返事をする気になれず、私は音楽プレーヤーの音量を上げて、寝返りを打った。


一人にしてって言ってるのに。今は、本当にかまわないでほしいのに。


つい3ヶ月前、高校受験の日、私は歩道橋から落ちて、大怪我をした。
幸い命にかかわるような怪我ではなかったものの、何箇所も骨折していたために入院を余儀なくされ、卒業式に出ることもかなわず、5月というこの中途半端な時期まで、ひたすら病院の白い壁を眺めて過ごすことになった。


そして、私はこの期間に、両親のドロドロした面をたくさん見せ付けられることとなった。
受験当日に怪我をしたことを責められ(両親ともパニックになってたから仕方ないけど)、私の未来に関する責任の擦り付け合いが、よりによって私のベッドサイドで行われたり、あげくのはてに、友達からのお見舞いは、お母さんがすべて断っていたらしい。

もう、最悪の気分だ。私の怪我をきっかけに、家族はぐちゃぐちゃになってしまった。
両親は私を介してしか話をしようとしない。最初は、私もどうにか2人の間を取り持とうと奔走していた。でもそのうち、私は怪我人なのに、どうしてこんなことをしなきゃならないのだろう、とうんざりしてきてしまった。
結局両親は、できのいい優等生な私のことが好きだっただけなのか。だったら、中浪になった今、両親にとって私の価値って?そう思うと、私はこの先もこの家で、この人たちと過ごすというのが、とてつもない苦行のような気がしてきた。


「はぁ・・・」


まさか、こんな短期間のうちに、こうも人生が変わってしまうとは思いもよらなかった。

自分で言うのもなんだけど、私は勉強が出来た。スポーツもできた。求められればクラスの仕切り役もやった。友達もたくさんいた。顔も・・・まあ、そう、どっちかっていったらいいほうだと思う。

何事もなければ、今頃は高校の制服に身を包んで、新しい生活をスタートさせていた頃だろう。まったく、人生何が起こるかわかったもんじゃない。
そして、私にとって痛手だったのは、怪我だけじゃない。私は自分の勝手な行動で、大切な友達――雅を失ってしまったのだった。


雅は、今まで出会った中でも一番の友達だった。
私は浅く広く、いろんな人と付き合うのが性に合っていると思っていた。でも、雅はそんな私の価値観をまるっきり変えてしまった。
明るくて、オシャレで、ちょっと天然で、頑固なとこもあるけどすっごくやさしい雅。友達とは楽しい話を共有できればそれでいいと考えていたのに、雅には誰にも話さなかった、自分のネガティブな部分までさらけ出せた。そんな友達は初めてだった。
そして、私はどんどん雅にのめりこんでいった。そして、ふと我に返ったとき、自分の中で雅の存在があまりにも大きくなっていたことに気づき、恐ろしくなった。

こんなにも雅のことを好きになってしまって、果たして私は、この先、雅なしでやっていけるのだろうか?

そんな勝手な思いがどんどん膨らんで、私はついに、“雅と距離を置く”という選択をした。それも、自分のためじゃなく、雅のため、という理由に変換させて。

雅が私のことを、心から大切に思ってくれていることはわかっていた。だから、私はその気持ちを利用した。自分の心を、守るために。

本当に、最低な行為だったと思う。いつか私が冷静になることができたら、また雅と親密な関係に戻ろう。そんな都合のいいことを考えているうちに、雅は別の友達を作って、彼氏ができて、どんどん私から離れていった。
自分勝手な私は、それでも心の奥底では雅のことをあきらめきれずに、雅の彼氏のことを探ったり、別れたほうがいいなんてよりによって雅本人に忠告したり。


勝手に雅を切っておきながら、人間関係には口を出すなんて、そんな虫のいい話はない。
当然雅は怒って、私たちの関係はさらにこじれてしまった。


そして、最後の仲直りのチャンスも、こうして儚く砕け散った。

雅はその後、お見舞いに来なかった。・・・いや、もしかしたら来てくれていたのを、お母さんが追い返してしまっていたかもしれない。でも、それはどっちでもよかった。どっちにしたって、こうして縁が切れてしまったことに変わりはない。
誰のせいでもない。これは天罰だ。私はそれだけのことをしたのだから。


まったく、自己嫌悪のあまり、涙すら出てこない。この先の人生、いったいどうしたらいいんだろう。



なんだかモヤモヤしてきたから、とりあえず外の空気を吸うことにした。まだ少しだけ違和感のある足をぴょこぴょこさせながらドアを開けると、お母さんはまだ、部屋の前で私が出てくるのを待っていた。

「愛・・・」
「ちょっと、出かけてくる」

思っていたよりも冷たいトーンの声になってしまったけれど、特にフォローはせず、横をすり抜けて家を出て行った。



静養期間という名目で引きこもっていたけれど、いつまでもこうして、ぼんやり過ごしているわけにはいかない。

とりあえず、私は早急にこの家を出て、自立したい。

いつかは、両親とのわだかまりも解けて、よくなる日がくるのかもしれない。でも、私の力だけでどうにかなるわけでもない。
いつになるのかわからないその時を待ちながら、じっとあそこで暮らすというのはごめんだった。


外に出てみたものの、平日の昼過ぎに、うろうろしているような友達なんて当然いない。
みんな、新しい生活を満喫しているところなんだろう。連絡をするのも気が引けた。


――雅は、どうしているんだろう。


共通の友達の話だと、たしか、あの女子高に受かったとのことだったけれど、元気にしているのかな。人見知りだけど、ちゃんと友達作って楽しくやってるのかな。


――だめだ。雅のことはあんまり考えないように自制していたつもりなのに、こうしてふとした瞬間に思いがあふれ出てしまう。


私はいても経ってもいられず、駅前のバスターミナルに早足で向かった。ちょうど来ていたバスの停留所を確認して、即座に乗り込む。


何をやっているんだ。あそこに行って、何になるというんだ。


もう一人の自分が心の中で、自分を引きとめている。
でも、バスは発車してしまった。心臓が高鳴る。何度も途中で降りようと思ったけれど、なぜか手も足も動いてくれなかった。


葛藤すること約40分。ついに、バスは私のお目当ての停留所まで来てしまった。
仕方ない。私は大きくため息をついてから、意を決してその場所に降り立った。



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