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バス停から歩くこと8分。
林道を抜けたところで、大きな白い建物が目の前に現れた。

そう、そこは、私が進学希望先として考えていた、あの女子高だった。


“高校なんて、別にどこでもいい” 私は誰かに志望校を聞かれるたびに、そんな風に答えていた。ここは制服がかわいいという理由で選んだ高校だったから、もちろんそれで語弊はなかったのだけれど。

今、この学校には雅がいる。そう思うだけで、この特別愛着があるわけでもない学校が、神々しいもののようにすら感じられる。

中高一貫(幼稚舎、初等部も別のところにあるらしい)の学校だけあって、敷地はかなり広い。体育をやってる生徒達だろうか、同い年ぐらいの女の子のはじけるような笑い声が、しきりに耳に入ってくる。少しズキンと胸が痛んだ。
当てもなくぐるりと敷地の周りを一周したあたりで、だんだんリハビリ中の足がだるくなってきた。グラウンドが見える位置まで移動して、フェンスにもたれかかる。

パンフレットでしか目にしていなかったらわからなかったけれど、通っていた公立の中学校に比べると、ずいぶんきれいな学校だ。
ただ、特別お嬢様学校というわけではないらしく、特殊な柵や塀もないから、フェンス越しとはいえグラウンドの様子は丸見え。

そんなわけでしばらく体育の様子を眺めていると、いきなりガシャンと大きな音がして、近くのフェンスが撓んだ。

「うわっ」
どうやら、テニスボールが激突したらしい。思わず仰け反ると、汗だくの女の子が「桃子、ノーコン!とかいってw」と独り言を言いながら走ってきた。
同い年ぐらいの相手で、しかもかなりの美人。緊張が走った。

「こんにちはー。ずいぶん長いこといらっしゃるみたいですけど、学園にご用ですか?見学とか?正門は右の角ですよ」

そんな私とは対照的に、その生徒はにっこり笑いかけてくる。


「あ、こ、こんに、ちは。あの、見てるだけなんで、大丈夫です」
「そうですかぁ。どうぞごゆっくり。ん?ごゆっくりはおかしい?」


彼女はぶつぶつつぶやきながら、また忙しなく、グラウンドの中央に戻っていった。なんとなく力が抜けて、私は大きくため息をついた。

――こんなに長時間、学園の中をじろじろ見ている不審者を咎めるでもなく、挨拶までしちゃうとは。なんていうか、かなり楽観的でのんびりした校風なんだろうな。って、彼女だけかもしれないけれど。


ふと、思考が雅のことへと戻る。
ああいうあっけらかんとした人が、雅のクラスにもいたらいいなと思う。人見知りな雅を、明るく笑って迎え入れてくれるような。ていうか、あの人は何年生だったんだろう。
もし同じ1年生だったら、そして私がここを受験して受かっていたら、あの人を新しい友達として、それで雅も一緒に・・・



「・・・やめよう。」


雅のことをあんなに傷つけたくせに、まだ未練がましく、心配なんてしている自分が情けない。
すべては自分の行動が招いた結果。「たら」とか「れば」とか「もし」とか、そんなことを言ったって何の意味もない。

もう、帰ったほうがいいかもしれない。

私はそっとフェンスを離れて、とぼとぼと林道を引き返し始めた。




「・・・ん?」



しばらくぼんやりと足を進めていたら、帰りは道が二股に分かれていることに気づいた。行きは一本道だったけど・・・・これ、どっちに行ったらいいんだろう。

自慢じゃないけれど、私はかなりの方向オンチだ。直感で道を選んだら大体外れる。
そんなわけで、とりあえず「こっちかな?」と思ったのとは反対の道を選んで、そのまま足を進めた。


――数十分後。



「ヤバいんじゃないの、これ・・・」


私は近くにある、ベンチに腰を下ろした。


あきらかに、行きの倍ぐらいの時間歩いている。選択ミスだ。まだ療養期間だというのに、こんなにわしわし歩くことになるなんて。

あの後もいくつか道が枝分かれしていて、そのたびに私は直感と逆の道を選んだ。それがいけなかったんだろうけど、今更そんなことを言ってもどうしようもない。

早く引き返さきゃ。そう思ってはみるものの、疲労はピークに達している。私は病み上がりの自分の体力を過信していたみたいだ。
喉も渇いた。でもペットボトルはもう空っぽだ。
不本意だけど、ここはお母さんに助けを・・・いや、ケータイは家に置いてきたんだった。どうしよう、どうしよう――



「あの、何かお困りですか?」



その時、頭上から声が降ってきた。顔を上げると、女の子が立っていた。
ぷっくりしたほっぺたと、くりんと丸い目が、ネズミやハムスターを連想させる。
そのわりに服装はモノトーンで大人びていて、不思議な雰囲気を纏っている子だった。


「怪我、ですか?」
「え?」
「足。熱持ってるみたい。手当てしたほうがいいかもしれないです」

女の子はスカートから覗く私の足を、しゃがんでしげしげと眺める。
顔が幼い感じだから年下っぽく見えてたけど、真剣な表情になるとまた雰囲気が違うみたいだ。


「あの・・・私、バス停に行こうとしていて・・・で、迷って・・・」

「――舞波ちゃん?どうなさったの?こっちへ来て、舞波ちゃん!」


私が説明しようと口を開きかけたら、道の奥から、さらにもう一人の声が聞こえた。


「あ・・・、ちょっと、待っててくださいね。」

女の子はスッと立ち上がると、声のした方に走っていった。程なくして、2匹の犬を連れた小さな子と手をつないで、私のところへ戻ってきた。



「あら・・どなたかしら?舞波ちゃんのお友達?」

短めの髪に、黒目がちな茶色の瞳。次に現れた子は、仔犬っぽい顔だ。仔犬が仔犬の散歩とはこれいかに。
もうひとりの彼女はともかく、こちらは確実に年下だろう。小学生かな?ちょっとたどたどしいお嬢様言葉がかわいい。


「ううん、知り合いではないんだけど・・・。足、辛そうだから、お屋敷で手当てをしてあげてもいいかな?あと、お水も。顔色が悪いし、脱水症状っぽくなってる」


そんな、いいです、と言おうとしたけれど、喉がピリッと痛んで声が出ない。そういえば、頭も朦朧としているような・・・


「・・・舞波ちゃんがそうおっしゃるなら。あの、千聖のおうちまでもう少しだけ歩くけど、大丈夫ですか?」
「肩、貸しますよ」
「すみません・・」


よかった、とりあえず遭難は免れたみたいだ。
小柄な2人(私もだけど)に支えられて、私は歩いてきた道を引き返しだした。



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