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二人三脚ならぬ三人六脚のような状態でしばらく歩いていると、道の先に唐突に門扉が現れた。

「でかー・・・・」

まるで歴史ある博物館や大使館の入り口のようだ。周りを囲む蔦の絡まる塀は高く、奥に大きなレンガ造りの建物があることだけどうにか確認できる。
特別、高級住宅地でもない土地の、何てことない林道の横道に、まさかこんなものがあるとは想像できなかった。

私が口をぽかーんと開けて見入っているうちに、2人はそのまま足を進めて、門の正面に移動しようとしていた。


「ちょ、待って!こんなところ勝手に入ったら怒られちゃうよ!」

私は軽くパニックを起こして、幸か不幸か急に元気が戻ってきた。

「怒る・・・?どうしてかしら?私、叱られるようなことはしていないわ!」
「だってっ」

必死で足を踏ん張る私を、背の低い方の女の子が向きになって引っ張る。

「千聖。足、痛くしてるんだからそんなに引っ張っちゃだめだよ。」

そんな彼女を、“まいはちゃん”と呼ばれていたもう一人がそっと嗜める。そのまま、私の方に顔を向けて、「大丈夫ですよ」と言って口角を上げた。

「大きな建物ですけど、住宅ですから。」
「は・・・嘘。嘘!住宅って!こんな家ありえないから!」


確かにさっき、「お屋敷で手当て」とか言ってたのは覚えている。だけど、まさか、こんな・・・・私の常識で考えられる範疇を超えている。


「まあ、ありえないだなんて失礼ね。ここは千聖のおうちなのよ。」

わーわーわめく私に気を悪くしたのか、“ちさと”と名乗った背の低い子は、軽く眉をしかめた。

「ほら、見ていてちょうだい。」

私の手を離すと、監視カメラつきの呼び鈴のところまでパタパタと走っていく。そのままインターフォンを押すと、地鳴りのような音と共に、門扉が開かれていった。



「お帰りなさいませ、千聖お嬢様、舞波様。」
「お帰りなさいませ、千聖お嬢様、舞波様。」



漫画やドラマみたいに、門からお屋敷まで使用人さんがびっしり道を作って・・・とまではいかないけれど、2人のメイドさんと、1人の執事さんが深々と頭を下げて待っていた。

「ええ、ただいま。リップとパインを、お部屋に戻してちょうだい。それから、こちらの方が怪我をなさっているわ。手当てをしてさしあげたいの。」

背の小さい方の子が、ごく自然な口調で、メイドさんに指示を出す。
さっきは子供みたいな声でお嬢様言葉を話すのに違和感を感じていたけれど、この立ち振る舞いは・・・やっぱり、超お嬢様なんだと今更実感が沸いた。


「かしこまりました。舞波様、少しお時間が早いようですが・・・?」
「もう、私には様づけはいらないですよ。うーん・・・、着替えてから、こちらの方のお怪我の治療に立ち会います。千聖、じゃなかった千聖お嬢様、それでよろしいですか?」
「・・・わかったわ。医務室に行っているから、すぐに来て頂戴ね。」

まいはちゃんという名前のその人は、軽くうなずいて、小走りに走っていった。

屋敷の室内は言うまでもなく、私のような庶民には到底理解しがたい調度品で構成されていた。
大理石の床。趣味がいいんだか悪いんだかわからない骨董品。ひげのおじさんの銅像に、仙人みたいなおじいちゃんの肖像画。


歩きながらもぽかーんと口を開けてそれらに見入っていると、「こちらよ。」と小さな手が私の服の袖を引いた。

「うわ・・・」

細かな細工の施された金色のノブの向こうには、普通の病院の診察室みたいな設備が整っていた。
今はお医者様の姿は見えないから、さすがに常駐しているってわけじゃないんだろうけれど、そもそも医務室なんてものが家の中にあること自体がありえない。

「はい、これ。喉が渇いていたのでしょう?スポーツドリンクがいいって、舞波ちゃんが」
「あ、どうもありがとう。・・・・ねえ、ねえ、どういうことなの?」
「え?」

冷たい飲み物で喉を潤して、ベッドに腰掛けさせてもらってすぐ、私は口を開いた。


「あの、舞波さんて人は、あなたのお姉さんではないの?お友達?このおうちはあなたのおうちでしょ?どうしてあなたじゃなくて、舞波さんが着替えるの?ていうか、なんで舞波さんは、ここに着いた途端にあなたに敬語になったわけ?あと、お時間早いってどういう」
「ちょ、ちょっと待って。そんなにたくさん質問されても、わからないわ。それに、私、まだ貴女のお名前もお聞きしていなのに。」
「あ、ごめんなさい。確かにそうだわ」

今まで接したことのない立場の人とお近づきになるというこの状況に、つい興奮してマシンガントークをかましてしまった。
改めて自己紹介しようと背筋を伸ばすと、私がしゃべりだす前に、目の前のお嬢様が「舞波ちゃんは、」と語りだした。


「舞波ちゃんは、千聖のお姉さまではないの。千聖の叔父様の、奥様の弟様の、従兄弟に当たる方の娘さんでいらっしゃるのよ。」
「・・・・・・・つまり、血縁関係のない遠縁の親戚、ということ?」

「そう、そうなの!すごいわ、一度で理解してくださったの、貴女がはじめてよ。えっと・・・」
「愛です。友達はめぐって呼ぶよ」

「めぐ?可愛らしいニックネームなのね。私の名前は、千聖です」

そういって、お嬢様もとい千聖ちゃんは、空中に“千”“聖”という文字を描いた。

「綺麗な名前。」
「うふふ、ありがとうございます。でもね、舞波ちゃんのお名前もとても素敵なのよ。波が、舞うって書くの。」

そんな風に舞波さんの名前を説明してくれる顔はとても柔らかくて、まるで自分のことを自慢をしているかのように誇らしげに見えた。


「ねえ、千聖ちゃんは・・・学校には行っていないの?舞波さんも。」

少し空気が緩んだところで、私は一番気になっていたことを切り出してみた。千聖ちゃんの顔が、若干こわばったように感じた。

「あ、ごめん。何か立ち入ったこと聞いちゃったみたい」
「・・・いえ、あの、私のことはいいの。でも、舞波ちゃんは・・・。」

そうつぶやくと、千聖ちゃんはうつむいて黙り込んでしまった。


ああ、もう最悪だ。どうして私はこう、何でもずけずけ口に出してしまうんだろう。まだ知り合って間もない人じゃないか。


「私・・・誘拐、されそうになって・・・」
「えっ・・」


しばらく沈黙した後、千聖ちゃんは震える声でそうつぶやいた。

「だから、私はしばらく学校を休むようにって・・だって、怖かったから・・・」
「千・・」


許せない。こんなにちっちゃい子を、怖い目に合わせるなんて。短気な私は、話を聞いただけでむかむかしてきた。

「警察には行ったの?小学校の先生は?」
「小学・・?あの、つい最近の話なのよ。」
「・・・あ、そ、そう。そっか。」

――中学生だったのか!おちびちゃんだし、全体的にあどけない印象だから、てっきり・・・

「もちろん、警察には行ったわ。それに、寮の皆さんも心配してくださって」
「寮・・・?」

次から次へと、馴染みの無い単語が生まれてくる。出会ったばかりのお嬢様の、こんな深いご事情を聞くことになるとは・・・。重ね重ね、人生何があるかわかったもんじゃないと思う。

「寮っていうのはね、そこの裏に・・・」



コン、コン



そのとき、軽快なノックの音が室内に響いた。

「失礼しまーす。・・お嬢様、入ってもよろしいでしょうか。」
「あっ!舞波ちゃん!」


まだ話の途中だというのに、その声を聞いたとたん、千聖ちゃんは目を輝かせて一直線にドアへ向かっていった。

「早く、入って頂戴。」

急かされて入室した舞波さんを見て、私は思わず「えーっ!」と声を上げてしまった。


飾り気のない濃紺のロングスカートに、白いレースのエプロン。エプロンと同じ光沢のある素材で作られたカチューシャ。


そう、“着替えてくる”と言ってしばらく姿を見せなかった舞波さんは、どういうわけかメイドさんに早変わりしていたのだった。



舞波さんはメイドさんだったんだ。すると、急に千聖ちゃんに対して敬語になったのは、お屋敷ではあくまでメイドという意識から?いやいや待てよ、でもさっき遠縁の親戚だって・・・



「今ね、スポーツドリンクを飲んでいただいて、お話してたのよ。それでね、お名前も伺ったわ。愛さんとおっしゃるそうよ。」

わけがわからない私を放置状態にしたまま、千聖ちゃんは舞波ちゃんに話しかける。
千聖ちゃんのお尻に、ちぎれんばかりに振られている尻尾が見える気がした。本当に、舞波さんのことが大好きなんだなぁなんてしみじみ思う。
舞波さんは特に口を挟まず、うんうんとうなずきながら、優しい顔で千聖ちゃんの話を聞いていた。

「そうですか、それでは、体調のほうはもう大丈夫そうですか?」
「うん・・・いや、はい、おかげさまで。」

メイド服を身に纏った舞波さんは、さっきよりもずっと大人びて見えて、私は思わず敬語になってしまった。

「では、足の治療をいたしましょうか。お嬢様、お部屋に戻られますか?」
「いいわ。舞波ちゃんのそばにいる。」

――おいおい、私のそばじゃなくて、舞波さんのそばかい。


どうでもいいツッコミを心の中で入れながら、私はまた舞波さんにうれしそうに話しかけている、千聖ちゃんの姿を眺めた。



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