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「包帯、きつくないですか?」
「はい、大丈夫です。」


舞波さんは手際よく私の足に湿布を貼って、くるくると包帯で包んでいく。
ただの疲労だったみたいで、この後バス停まで歩くのにはもう支障がなさそうだった。
あまり長居をするのも悪いし、私は折を見て荷物の整理を始めた。そこで、お母さんに連絡をしていないことに気がついた。
まだ心配されるような時間じゃないけど、一応・・・そう思って、私は千聖ちゃんに「どうもお世話になりました。あの、電話をお借りしてもいいですか?」と切り出してみた。


「ええ、もちろん。ちょっと待っててね。コードレスのお電話、取ってくるわ」
「あ、私が行きますよ。」
「いいわ。舞波ちゃんはここにいてさしあげて。」

千聖ちゃんはぴょこんと立ち上がると、早足で部屋を出て行った。


――沈黙。


私はこういう微妙な空気が苦手で、話題を見つけようと、ついおかしなことを口走ってしまった。

「・・・あの、何歳ですか?」
「え?」
「あ、いや、何か若いなーって。メイドさんなのに!同い年ぐらいなのかなとか思って」


あぁ、われながらデリカシーのないこと!一対一の会話のしょっぱながこれってどうなの。


「ふふふ。」


でも、舞波さんはそんな失礼な問いに怒るわけでもなく、ほっぺにえくぼを作って笑ってくれた。

「私、今15歳です。学年で言ったら、高校1年生。」
「そうなの?じゃあ同い年だ!」

なんとなく嬉しくて、思わず声が大きくなる。そんな私を見て、また舞波さんは「ふふ」と笑った。

「ん?」
「いえいえ。もっと年上の方かと思っていたから。びっくりしちゃって。」


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そう、そうなんだ。私はよく言えば大人っぽい、悪く言えば老けて見られることが結構ある。ぜんぜん、気持ちは若いつもりなんですけど!


「ふふふふ」

よっぽどツボに入ったのか、舞波さんは目を細めて笑い続ける。不思議と嫌な感じはしなかった。
さっきの千聖ちゃんとのやりとりを見ていたら、おとなしい人のように感じられていたけれど、案外面白がりなとこもあるのかもしれない。


「・・・失礼しました。私、今学校に行っていないから、同い年の人と話すのが新鮮で。何か楽しくなっちゃった。」
「学校・・・行ってないんだ。じゃあ、ここで住み込みで働いてるってこと?」
「うーん。働いてるというか、ここ一週間ぐらい、置いてもらってるだけ。居候はなんとなく嫌だったから、家事の手伝いをさせてもらっていて。ちょうど今、お屋敷に人手が足りない時期だったみたいだし。」


人手が、足りない?


「ほ、本当に!?」
「うわぁ」

思わず顔を近づけて迫る。


「あの!よかったら私を雇ってもらえませんか!」
「雇う、って」
「私、住み込みで働けます!っていうか、住み込みがいいんです!結構、掃除とか得意なんで、お願いします!」
「・・・えーと、でも、それは私が決められることではないから・・・」


――そうか、そりゃそうだ。


でも、私にとってこれは、家を出るための大きなチャンスだ。・・・・それに、ここはあの学校に近い。どうしても逃したくない。



「・・・でも、それはいいかもしれないですね。」
「えっ?」

私が一人メラメラ燃えていると、舞波さんが独り言のようにつぶやいた。


「めぐさんは、お嬢様とも気が合いそうですし。私から、提案させていただこうかな」
「気・・・合いそう?さっきなんて、思いっきり私の存在無視して舞波さんとしゃべってたじゃない。」
「ふふふ。お嬢様は、警戒してたり緊張してると、もっとギクシャク気を使っておかしな感じになるから。ああして普段どおりの態度でいるってことは、めぐさんのことはもう好きな人のカテゴリーに入れたってことだと思いますよ。」


――何か、何か、この人って。本当に優しい人なんだな。

私は柄にもなくじーんときてしまった。


私を立てながら、お嬢様へのフォローも忘れない、けれどあくまでさりげないその心配り。千聖ちゃんがあそこまで舞波さんを慕う理由が、少しわかったような気がした。


「それに、私・・・」
「お待たせしました。ごめんなさいね、食堂に舞美・・寮の方がいらしてたから、少しお話をしてたの。お2人は、何のお話を?」


舞波さんの話の途中で、千聖ちゃんが戻ってきた。白い陶器のような質感の、大きな受話器を小さな手でしっかりにぎっている。



「お嬢様。よかった。愛さん、今、お仕事を探しているんですって。それで、お屋敷に住み込み」
「嫌よ。」

舞波さんの声を、千聖ちゃんがピシッとさえぎる。子供のようだと思っていたその声色の変化に、思わず息を呑んだ。

「千聖・・・」
「だめ。そんなこと・・・そんなの嫌!帰ってちょうだい。千聖は舞波ちゃんがいればいいの。帰って。」



“めぐがいてくれたら、それだけでいい。他の友達はいらない”



私の頭に、そんな言葉が甦ってきた。


あの時の雅の目が、声が、堰を切ったように頭の中を浸食していく。


「ごめんなさい、私」


いたたまれなくなって、私は荷物を掴んで部屋を飛び出した。
幸運なことに、今度は迷うことなく、広いお屋敷の出口にたどり着くことができた。


心臓のドキドキが止まらない。あの日から、なるべく考えないようにしていた雅の事を、今日1日でこんなに思い起こしてしまうなんて。

「待って、めぐさん」


玄関でスニーカーを履くのにてまどっていると、背後から舞波さんが追いかけてきた。相変わらずポーカーフェイスというか、何を考えているのかイマイチ掴めない、ごく普通の顔をしている。動揺しまくりな私や千聖ちゃんと大違いだ。


「お世話になったのに、ごめんなさい。」
とりあえずそう言ってみると、舞波さんは軽く首を横に振って「これ」と小さな紙を渡してきた。

「私のメールアドレスと、ケータイ番号です。良かったら、」
「舞波ちゃん!千聖をおいていかないで!」
「それじゃ、また今度。バス停までは、別の者がお送りしますから。」


そして舞波さんはくるりと踵を返して、その涙まじりの声の主のほうへ戻っていった。



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