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その夜、私はさっそく舞波さんにメールを送ることにした。

千聖ちゃんの拒絶は気になるところだけれど、やっぱりあそこで働かせてもらいたい。
文章を作るのはあんまり得意じゃないけれど、なるべく失礼のないよう推敲して、送信。



「おおっ」


数分後、手の中のケータイから、メール受信ではなくて、着信音が鳴り響いた。反射的に通話ボタンを押す。

「もしもし?」

“あ・・・夜分にすみません。私、今日お会いした・・・”

「舞波さん!?」

“はい。先程のメールに電話番号も書いていらっしゃったので、電話で連絡させていただきました。
先程は、追い返すような形になってしまってすみませんでした。それで、できたらもう一度、お屋敷の方へ着ていただきたいのですが・・・メールの方にお書きになっていた件についてもお話ししたいので”


ラッキー!私はベッドの上で姿勢を直して、「はい、もちろん!すぐにお伺いします!明日にでも!」とやたらすがすがしい声で返事を返した。


“よかった。では、明日の13:00に・・・”



舞波さんはお屋敷までの道のりを、丁寧に説明してくれた。これなら迷わないですむかもしれない。



“舞波ちゃん?どなたとお話しているの?”

そのまま少し雑談をしていると、ふいに、今日一日ですっかり耳になじんだ声が受話器越しに聞こえてきた。千聖ちゃんだ。

“ええ、ちょっと。すみません・・・では、また。”


すると舞波さんは、ほんのり慌てた様子で、電話を切っってしまった。

こんな時間までべったりとは・・・千聖ちゃんは、そんなに舞波さんのことが好きなのか。さっきの豹変っぷりも、私に舞波さんを取られてしまうんじゃないかって心配からだったのかもしれない。

あんまり一人の人間に固執しすぎるというのも考えものだけど・・・そんなことを私が言う権利はないわけで。とりあえず、不安にさせてしまったことは明日謝ろう。

遠足の前の日みたいにドキドキがとまらないけれど、とりあえず私はベッドに入ることにした。




翌日。
今日は面接も兼ねていると予想して、私は私服の中でも一番まじめそうに見える、紺色のアンサンブルを選んだ。
昨日と同じバス停で降りて、歩くこと15分。少しばかり迷ったものの、舞波さんのおかげで私は無事にお屋敷へとたどり着くことができた。

「めぐさん。」


門扉の前に、舞波さん。と、千聖ちゃんが待っていてくれた。


「こんにちは。」
「こんにちは。今日は暑いですね。」
「ふんっ」


千聖ちゃんに笑いかけてみるも、ぷいっと横を向かれてしまう。

「千聖は舞波ちゃんがめぐみさんをお出迎えするって言うから着いてきただけよ。」
「へいへい。わかってますがな。千聖はんはほんまに舞波はんのこと大好きでんなー」
「まあ!何て失礼な!」
その口調に若干カチンときて適当な返事を返すと、千聖ちゃんの眉がぴくんとあがった。

「・・・・ふふふ」

そんな私たちのやりとりを見て、舞波さんはまた楽しげに笑った。

「まあ、立ち話もなんですから。昼食もご用意してあります、中でお話しましょう。お嬢様、よろしいですね」
「・・・わかったわ。」


3人並んでお屋敷へ向かう途中も、千聖ちゃんは舞波さんの横をがっちりキープして離れない。
腕を組んだり寄り添ったりはしていないけれど、「舞波ちゃんの隣は誰にも譲らないわ」という無言のオーラをぎんぎんに放出している。

そんなに好きか、舞波ちゃんのことが。
じろじろ眺めていると、私の視線に気がついた千聖ちゃんが「あっかんべー」をしてきた。


このっ・・・むかつく! 


私は一人っ子なせいか、こういうのをスルーする技術がない。さっそく「くるくるぱー」のジェスチャーをやり返すと、千聖ちゃんは悔しそうに地団太を踏んだ。




長い廊下を抜け、1階の奥にある食堂につくと、そこにはすでに三人分のお食事が並べてあった。



「どうぞ、お召し上がりになってください。」

実はすでに家でカレーを食べてきたのだけれど、これは別腹だろう。胃袋の中身はどこへやら、おなかがきゅるっと音を立てた。


「いただきまーす・・・」

ハーブチキンとチーズのクロワッサンサンド。ミネストローネ。シーフードサラダ。
料理人さんの腕もさることながら、きっと食材も良いのだろう。どれもすごくおいしい。

「お口に合うかしら?」

千聖ちゃんが上品な手つきでサンドイッチを口にしながら、首を傾げて話しかけてきた。

「ええ、とってもおいしい。毎日こんなお食事だなんて、うらやましいな。とかいってw」
「うふふ。それはよかったわ。」

さっきまでの低レベル争いはどこへやら、千聖ちゃんはにこにこ笑顔に早がわり。
笑ったり、泣いたり、怒ったり。千聖ちゃんは感情表現がストレートな子だ。



「・・・さて、めぐ・・・村上さん。」

一通り食事が済んで、デザートの器が下げられたタイミングで、舞波さんが表情を真顔に戻した。

「昨日おっしゃっていた件ですが、おじさま・・・じゃなくて、旦那様にお伺いしたところ、先ずは試用期間という形で雇うのなら、と許可がおりました。」

マジですか!と小躍りしそうになるのを抑えて、私は努めて冷静に「ありがとうございます。」と頭を下げた。
ふと、千聖ちゃんの方を見ると、今日はもう何も言わなかったけれど、やっぱり不快そうな顔をしている。

「・・・舞波ちゃんが、今日は何も言わないでっておっしゃるから、千聖は黙っているだけよ。」


意外と察しのいい千聖ちゃんは、またも私の視線から、言いたいことを悟ってくれた。

「・・・あの、千聖ちゃ・・・様は、私のことが嫌いですか?」
「えっ」


就労許可がおりたとはいえ、それははっきりしておかなければいけないことだ。

「ほら、私けっこうずけずけものを言っちゃうところがあるので。もちろんそういうところは改善していきたいんで、その上でこちらで働かせてもらいたいと思うんですけど。
でも、お嬢様が私のことをお気に召さないのであれば、それはもう直す以前の問題ですし。」


千聖ちゃん、もとい千聖お嬢様は私の問いかけに瞳を揺らして「・・・違うわ」とゆるゆる首を振った。

「違う?」
「そうじゃないの。私はめぐみさんが嫌いなわけではなくて・・・・もう、いいわ。職が見つからなくて困っていらっしゃるのでしょう?お屋敷で働かせて差し上げます。」

なんて上から目線!と突っ込もうと思ったけれど、私はその表情を見て固まった。

苦しそうで、辛そうで、今にも泣き出しそうな顔。まるで、この世の悲しみを一身に背負っているかのような・・・


「舞波ちゃん、私、部屋に戻るわ。後のことはお願いします。・・少し、一人になりたいわ」
「わかりました。」

そんな状態のお嬢様を見ても、舞波さんはいつものふんわりした雰囲気を崩さない。
やがてお嬢様が食堂を出て、廊下からその足音が完全に消えてから、舞波さんはくるっと私のほうへ向き直った。


「今日はこの後、時間ありますか?お屋敷と、学生寮を案内したいんですけれど。」



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