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そんなわけで私は、夕方まで舞波さんにお屋敷周辺を案内してもらうことになった。

「まずはお屋敷の中ですけど・・・これ、良かったら。広いから最初は迷っちゃうと思うので」
「・・・助かります。」

それは可愛らしいイラスト付きの手書きの地図だった。デパートの案内表示みたいに、各階の部屋の位置が一目でわかるようになっている。
私の方向音痴ぶりを、昨日今日で察して書いてくれたんだろう。

「何か、すみません。」
「いいんですよ。私、こういうの書くの好きなんで。」

そうは言っても、これは5分や10分で書けるものじゃない。私だったら、適当に点と線だけ使ったわかりづらい地図で済ませちゃうところだろうに、本当に親切というか・・・。



「・・・そういえば、さっき旦那様が私を雇う許可をくださった・・・って、旦那様は今いらっしゃらないんですか?」


舞波さんに連れられて、各階を案内してもらっている最中、何気なくそう聞いてみた。


「ああ・・・、そうですね。まだ説明してなかった。」

舞波さんはキョロキョロとあたりを見回すと、柱の影に私を手招きで呼び寄せた。


「旦那様は出張がとても多いお仕事をなさっているから・・・あまりこちらには戻ってこられないんです。めぐさんも、多分知ってると思うんですけど・・・ほら、あの、製薬で有名な」

そう言って舞波さんが出した会社の名前は、とても有名なものだった。多分、私の家にある常備薬なんかもそこのだった気がする。

「旦那様はそこの副社長様でいらっしゃって。」
「ええっ!!!」

思わず出た大声を、両手で口を押さえることでやり過ごす。
そんな、まさか。考えられん。でもこんな大きいお屋敷を立てるだけの財力があるわけだし・・・でも、旦那様ご本人を目の前にしていないからか、何だか現実味がない。


「旦那様は現場主義というか・・・本社で仕事をこなすより、全国の工場を定期的に見て回ったり、各地の会議にもなるべく参加なさりたいというお方なので。奥様と、千聖様の弟様と2人の妹様もご同行なさっています。」
「そんな!どうして千聖ちゃ・・・様だけ?かわいそうじゃない。」
「うーん・・・それは、そうですね。ただ、お屋敷で暮らすことを選んだのは千聖お嬢様ご本人ですから。」
「え・・・」


舞波さんは廊下の奥の窓まで移動すると、外を指差した。

「ちょっと見えづらいかもですけど」

その指が示す方向を辿ると、こげ茶色の尖がった屋根が二つ、突き刺さってくるかのようにそびえ立ってるのが見えた。ここは4階だから、2階立てぐらいだろうか。

「あそこは、学生寮なんです。」
「学生・・・」
「昨日、めぐさんが行かれた学校の、ですよ。」



――・・・・・・え?



「・・・・な、な、な、な」
「何で知ってるかってことですか?ふふ、自分でもよくわからないんですけれど。なんかそうなのかなって思って。」


舞波さんは肩をすくめた。

「気持ち悪かったらごめんなさい。」
「い、いや、全然。キモイとかじゃなくて、びっくりして。」


私の答えに、舞波さんはまたふふっと笑って八重歯を覗かせた。


「私、昔から、妙に勘がいいっていうか・・変に気が付きやすいところがあって・・・・で、学校でも・・・・・・あ、ごめんなさい。私の話は別に関係なかったですね。めぐさんは話しやすいからつい。次行きましょう、今度は寮を案内しますから。」
「あ・・・はい」


私がびっくりしている間に自己完結してしまった舞波さんは、またきびすを返して廊下を引き返していった。慌ててその背中を追いかける。


「・・・で、さっきのお嬢様の学校の話に戻るんですけど。お嬢様は、森を抜けたとこにあるあの学校に通っています。」
「はい。」

階段を下りる途中、また私達はひそやかな声で会話を始めた。


「お嬢様は寂しかったんだと思います。各地を転々とする生活じゃ、なかなか深く分かり合える友達を作ることも難しいかったでしょう。それで、中学生になると同時に、こちらへ戻ってきたようです。
お嬢様ご本人は、そのことを岡井家の決まりだなんておっしゃってますけど・・・旦那様はすごく反対されていたようですし、きっとお嬢様が押し切ったのではないかと。」
「家族といるより、友達が欲しかったってこと・・・?」
「そうですね。・・・ただ、やっぱり普通にお友達を作るというのは難しいみたいで。・・・これだけすごいお嬢様だと、生徒さんたちもどう接していいのかわからないんでしょうね。長く居る寮生さんたちも、まだとまどっているくらいですから。」



――そんな事情があったとは。甘えんぼうだのワガママだのと散々なことを思っていたけれど、あの小さい体の中に、そんな葛藤を抱えていたとは想像できなかった。



「はぁ・・・」

重めのため息がこぼれた。

「ん?」
「いや・・・なんか私、ちっちゃいなって思って・・・視野が狭いなって」


決め付けとか、思い込みはダメだってわかっていても、どうも私は思いやりに欠ける。


「そんなことないですよ、めぐさんは優しいと思います。それにね、お嬢様にも、最近やっと友達が・・・あ、噂をすれば」

お屋敷の玄関をくぐって、裏にある小さな庭を横切る途中に、敷地の外を誰かが横切るのが見えた。
不審者?と思ったら、舞波さんはいつもどおりののんびりした顔で「舞さん」と呼びかけた。


「舞さん、こんにちは。」

一度は反応がなかったものの、舞波さんの何度目かの呼びかけに、垣根の隙間から大きな二つの目が覗いた。

「うおっ」

思わずのけぞる私を尻目に、舞波さんは垣根の前まで歩いていって、そのまま話し続ける。


「千聖お嬢様なら、お屋敷におられますけれど。お呼びしましょうか?」
「・・・別に。たまたま通りかかっただけでしゅから」


嘘嘘。ここはたまたま通りかかれるような場所じゃないでしょー。なんて、舌足らずなその声に心の中で突っ込んでみる。

「でも、舞さんがいらしたって知ったら、お嬢様お喜びになりますよ」
「っ・・・どうせ、ちしゃとは舞波さんがいればそれでいいって思ってるんだからいいでしゅっ」


そのカミカミな声の持ち主は叫ぶようにそういうと、垣根に体をぶつけながら去っていってしまった。


「うーん。嫌われちゃったなあ。」

舞波さんはおでこを掻きながら戻ってきた。

「今の・・・?」
「あぁ、さっき言った、お嬢様のご学友の舞さん。学年は違うけれど、とても気が合うみたいで。でも私がいると、あんまり遊びには来てくれないみたい。避けられてるのかわからないけど。」


いや、それは多分嫉妬・・・。まあ、人の人間関係について私がとやかく言える立場じゃないから、黙っていることにしたけれど。


「今日はお顔見れなかったけど、舞さんはとても賢くて、綺麗な顔立ちのお嬢さんですよ。またすぐ遊びに来ると思うんで、その時に挨拶でも。・・・では、寮へ参りましょう。」
「はいっ」


今日は祝日だから、この時間でも寮生さんたちは居るらしい。ちょっと緊張する。あんまり、変にこっちの事情とか探ってくるタイプの人たちじゃないといいんだけど・・・。



敷地の中とはいえ、一応寮とお屋敷の間には塀があって、鍵がなければ行き来できないようになっているみたいだ。
舞波さんが金色の鍵を取り出して、ドアを開ける。ギイイッと錆びた音が響く。私は目を閉じて深呼吸した。


「あれ?舞波さんだ。」
「どうも、こんにちは。」


ちょうど入口のところに誰かいたらしい。おそるおそる目を開け、2人の声のする方へ目を向ける。


「あっ!!」



長い黒髪。意思の強そうな眼差し。目も鼻も口も完璧に整った、和風な美人顔。なぜかまばゆい全身ピンクジャージ。



そこにいたのは、私が昨日フェンス越しに会話を交わした美少女だった。




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