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さすがにお屋敷ほどではないけれど、その学生寮の内部はものすごく広かった。
1階が食堂とロビー、2階が学生のお部屋。吹き抜けになっているから、2階の部屋は壁に面して配置されている。静かで、清潔で、まるでテレビで見たことのある“隠れ家的ホテル”のような佇まいだ。

「すごーい・・・」

私があの学校に通っていたなら、ぜひとも住んでみたかった。といっても、家からここまでの距離を考えると、絶対両親に反対されるだろうけど。

「本当、私も初めて見たときはびっくりしました。でもこんな素敵な寮なのに、入寮希望者はあんまり集まっていないみたい。
この辺はわりと交通の便も良いですし、入寮しなければ通学できない人は少ないんでしょうね。そもそも、寮があること自体知らない生徒さんも多そうですけれど。」
「・・・そりゃもったいない。」
「ふふふ、同感です。」



正面玄関の向かいに位置する大きな階段を上りきって、舞波さんが正面のドアをノックする。


「はーい。」

中からのんびり目な声と一緒に、スラッとした肢体の女の子が顔を出した。


「こんにちは。今少し時間ありますか?」
「あ、大丈夫ですよ。・・・こちらは?」

「はじめまして。これから岡井様のご邸宅で働かせていただくことになりました、村上と申します。」
「・・・あー、そうなんですか!なるほど。ケッケッケ、よろしくお願いします。私は鈴木愛理といいます。」


何がなるほどなのかわからないけれど、愛理さんはくねくねしながら握手を求めてきた。
白くて柔らかい手。小奇麗な服装に、ふんわりのんびりした雰囲気。
千聖お嬢様とはまた違うけれど、この人も結構なお嬢様なんじゃないかって何となく感じた。



「もう、舞美ちゃんには会ったんですか?」
「はい、さっき下で。ランニングに出られたみたいですけど、お嬢様を誘ったらふられてしまったそうで。うふふ」
「あらー。私も昨日、オリジナルのカッパギャグを思いついて披露したら、なんか涙ぐまれてしまいました。ケッケッケ。なかなか難しいですよね。」


――カッパギャグって何。舞美さんといい、この寮の人たちは、お嬢様と仲良くしたい気持ちはあるものの、気づかいのベクトルがおかしいような・・・。


「せっかくだからもっと仲良くなりたいとは思うんですけどね。なんか会話が続かないっていうか、いつも変な感じになっちゃう。せめて、クラスが一緒だったらなぁ」
「クラス・・・?え、もしかして、お嬢様とタメ、じゃなくて同い年なんですか?」
「そうですよ。」


マジですか!
背がちっちゃくて言動も子供っぽいお嬢様とは対照的に、愛理さんは背は高いし落ち着いているから、むしろ自分と同い年ぐらいかと思っていた。

舞美さんとは別の意味で掴み所のない、けれど大人っぽい愛理さんと、直情型で子供っぽいお嬢様じゃ、こういう縁がなければ友達グループもまったく違うような二人だと思う。たしかに、距離を縮めるのには時間がかかりそうだ。


「そうだ、お嬢様のクラスの子から授業のノートを預かってるので、渡してもらっていいですか?」

会話が途切れたところで、愛理さんは玄関脇に置いてあるバッグをゴソゴソ探って、「お願いします。」と私にノートを差し出してきた。・・・そっか、お嬢様は不登校というわけではないから、いずれ復学するときのために、勉強はしておかなきゃいけないんだ。


「お預かりします。」


「あ・・・舞波さんは、これ。どうもありがとう、とても面白かったです。あとこっちが、私のおすすめの1冊。」
「あら、いいんですか?嬉しいな。読んでみたかったんです、これ。」

続いて、舞波さんには小説を数冊。表紙をチラ見すると、“幕末ナントカ攘夷志士がどうのこうの”と小難しそうなタイトルが踊っていた。・・・私じゃ絶対読まないな。

「では、そろそろおいとましますね。」
「あ、はーい。村上さん、これからどうぞよろしく。」
「あ、こ、こちらこそ。」

帰り際、また愛理さんは「ケッケッケ」という独特の笑いで送り出してくれた。


こうして、寮生さんとの顔合わせは恙無く終了した。


「ふんふんふん♪」
「なんか、楽しそう。舞波さん。」


お屋敷へ帰る道すがら、舞波さんは鼻歌を歌いながらにこにこ笑っていた。どちらかというと大人しいイメージだったのに、ついにはスキップなんてし始めちゃって。

「この本、読んでみたかったから。楽しみで。ふふん♪」


そう言って目の前に差し出してきたのは、さっきの“幕末ナントカ”という本。
なるほど、好きなものを目の前にすると、かなりテンション上がっちゃうタイプなのか。


「愛理さんとは、読書仲間なんです。寮の小さいお庭で読書会開いたり。愛理さん、感想が独特で面白いんですよ。
私、歴史の本が好きで。舞美さんも高等部の教科書をコピーして見せてくださったりするんですけど、マイナーな人物の評論ページだったりして、セレクトが独特なんです。うふふ。
本当、皆さん優しくて居心地がいいです。お嬢様だって、高価な書物を取り寄せてくださったり・・・」
「・・・・なのに、どうして出て行くんですか?」

楽しそうなところ申し訳ないけれど、私はたまらず口を挟んだ。

「ここの人たち、本当に良さそうな人ばっかり。今日少し接しただけでも伝わってきました。それなのに、いなくなるんですか?それに、あんなに舞波さんを慕っているお嬢様のことは?逃げちゃうんですか?」

舞波さんの鼻歌が止んで、小動物みたいにくりんとした瞳が私を捉える。


「・・・ごめんなさい。言い過ぎました。」

こんな、責めるような言い方をする権利はないのに。私は気まずくてそっと視線を外したけれど、舞波さんは迷いのない顔で、まだ私を見つめ続けているようだった。やがて、ゆっくりとその唇が開いていく。


「・・・私がここを出て行くことは、お嬢様への恩返しなんです。」
「え・・?」
「ちょっと、うまく言えないんですけれど。でも、大好きだから、別れなければいけないことってあるでしょう?」


――あぁ、そうか。


舞波さんと接するたびに、チクリチクリと胸を刺していた痛み。次々に甦ってくる、雅に投げつけた言葉。

この人は、私に似ているんだ。


「めぐ・・・」

「ごめん、今日はもう帰ります。親にも話さなきゃいけないし。」
「・・・わかりました。めぐさんのお荷物、持ってきますから、ここで待っていてください。」

何も言わないで、お屋敷に引き返してくれるのがありがたい。
私は大木にもたれかかって、ひそやかにため息をついた。

似ている、といっても、私は自分の心を守るために雅を突き放そうとしたわけで。
行動は似ていたとしても、その動機はまったく違う。考えれば考えるほど、自分のふがいなさと対峙させられて胸が苦しい。

それでも、不思議とここから逃げ出したいとは思わなかった。あの学校から近いこの場所で、親元を離れて働くことで、何かを得たい。その気持ちは変わらない。


「すー、はー、すー、はー」


“めぐ、本当カッとなりやすいんだから。そういう時はねー・・・”


それは雅が教えてくれた、気持ちの落ち着け方。目を閉じて、深くふかーく深呼吸。それは今でも私に有効な方法で、再び瞼を上げるころには、心臓のどきどきも収まっていた。


「めぐさん。」


――なんて空気の読める人なんだろう。ちょうどそのタイミングで、私のバッグを抱えた舞波さんが小走りでやってきた。・・・傍らにお嬢様を連れて。


「バス停までお送りしましょうって、お嬢様が」
「えっ!」

思わずまじまじと顔を見つめると、「誤解しないでちょうだい、お散歩のついでよ。」なんて言いながら、ぷいっと横を向いた。

「それでは、参りましょうか。」

舞波さんを挟んで、右にお嬢様、左に私。


相変わらず舞波さんに話しかけることに夢中なお嬢様だけれど、送ってくれようという気持ちが嬉しくないはずがない。
まだまだ私が考えなきゃいけない問題は山積みだけれど、大丈夫、なんとかなる。根拠はないけど。


「両親を説得して、また明日、必ず来ます。ていうか、今日中に連絡しますから。」

私は高らかにそう宣言すると、2人を追い越して林道を走った。


こんな私にも、やっと“明日”の目標ができた。少しだけ心が軽くなった気がした。


「めぐさんたら、バス停はそっちじゃないわ!待って!」


追いかけてくるお嬢様の声が耳に心地よくて、私はさらにスピードを上げた。



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