「な、ななななっきぃ何いってんの」
テンパる私の手を掴んで、なっきぃは近くのビルの陰に体を隠した。そのままカバンをごそごそ探って、1枚のDVDを取り出す。
「これ・・・」
「これ?」
渡されたDVDのパッケージを見ると、綺麗な女の人が制服を着てにっこり笑っている。・・・が、しかし、タイトルは
「女子校生超特急痴漢電車でイ」
「ギャー!」
声に出して読み上げかけたところで、鼻息も荒いなっきぃに口を押さえられる。
「もがもが・・・なっきぃ、何これ!?何でこんなの持ってるわけ?」
「ち、違うの!な、なっきぃもよくわかんないんだよぅ!」
なっきぃはもう顔面蒼白といった感じで、くりんくりんのおめめに涙がいっぱい溜まっている。
ふと思いついてパッケージを裏返してみる。一瞬でよく見えなかったけど、裸の女の人がキモイ男に何かされてる風だった。
「おえっ」
すぐにまたひっくり返して、なっきぃの胸にDVDを押し付けた。
「・・・・買ったの?」
「ま、まさか!違うよぅ!」
なっきぃは両手をぶんぶん振って否定する。
「とりあえず、落ち着こう。」
私はそこから程近い小さな公園まで、なっきぃを連れて歩いていった。ベンチに腰掛けて、水筒の麦茶を差し出す。
「ありがとう。」
こく、こくと音を立てて、なっきぃの白い喉が動く。一息ついたあと、なっきぃはやっと少し落ち着いたのか、あいまいに笑った。
「あれね、あの、DVD。・・・なんか、知らないうちに机の中にあって。」
なっきぃの話を要約すると、こういうことらしい。
最近、なっきぃの高校のクラスで、誰が持ってきたかわからないエッチな本とかDVDが、授業中に回ってくることがあった。
友達は結構興味津々だったみたいだけど、なっきぃはそういうのは見たくないから、「私には回さないで!」とはっきり言っていた。なのに、放課後引き出しを覗いたら、見事にこのエロDVDが入れられていた、と。
「ゴミ箱に捨てちゃえばよかったのに。」
「でも・・・一瞬でも持ち歩いてるの見られたらどうしようって思って。とっさにカバンに突っ込んで持って帰っちゃった。」
なるほど、変なトコ生真面目ななっきぃらしい。私だったら、犯人とおぼしき人につき返すか、友達みんなに見せて笑ってやるところだ。
「・・・で、何でそこから舞がエッチなビデオ見たことがあるかって話になるの?」
つながってるようでつながっていない、なっきぃの話。続きを催促すると、なっきぃは真っ赤な顔でまたぼそぼそしゃべりだした。
「本当は、すぐに処分しようと思ったのね。コンビニとか駅のゴミ箱なら、絶対ばれないだろうし。でも・・・何か・・・」
「何か?」
「何か、1回ぐらい、見てみたいかなって・・・」
――ほほう。なるほど?
「そ、それで、舞ちゃんは大人っぽいし、お姉ちゃんいるし、こういうのちょっとだけなら見たことあるのかな?って思ったの。もしあったら、な、ななっきぃが見るのに付き合ってくれないかなあなんて思ったり・・・。
だって、みぃたんは乙女だから見せちゃだめでしょ。愛理も何かだめ。えりかちゃんは生々しいからだめ。千聖はこういうの本当だめだと思う。お嬢様にしても、明るいほうにしても。」
「うーん。」
言ってることはわかるけど、だからって、たかだか中2の私に、いきなり痴漢電車はキツいんじゃなかろうか。なっきぃは時々判断がおかしくなることがある。でも、
「・・・・一緒に見ても、いいよ。」
私は視線を外しながらそう答えた。
「えっ!本当に!でもまだ舞ちゃんには早いんじゃないかなあ!」
どっちやねん。
「・・・舞、そんなすごいのは見たことないけど、お姉ちゃんの買ってる雑誌についてたDVDなら見たことある。」
それは「☆初めてのパーフェクトHOW TO エッチ☆」とかいう脱力しちゃいそうなタイトルの、しょぼいアニメーションのDVDだった。保健体育の授業で見るようなのを、もう少しだけ過激にしたような。とはいえもちろんそこは、男を舞、女を千聖に置き換えて(以下自主規制)。
「でもなっきぃ、痴漢モノとかどうなの?途中で怒ったりしない?」
「・・・こういうのは、現実とは違うと思うから。どうしても無理だったらやめる。」
そんなわけで、私は急遽なっきぃのおうちにお呼ばれすることになった。
部屋に通されて、おしゃべりもそこそこに「ま・・・舞ちゃん、いくよ。」となっきぃがものすごく緊張した面持ちでDVDを取り出した。
ウイーン
機械の音が、静かな部屋に反響する。
私の手を握り締める、なっきぃの手が妙に汗ばんでいた。
約1時間後。
「・・・終わったみたいだよ、なっきぃ」
声をかけると、なっきぃがヒッと息を呑んだ。気まずそうに私の顔を覗き込んだ後、無言でDVDをデッキから取り出した。
私の感想。
キモイ。グロい。女優さんがうるさい。男もうるさい。ストーリーがおかしい。
隣のなっきぃが明らかに緊張しまくっていたせいか、妙に冷静に見ることができたかもしれない。
ていうか痴漢モノとかどうなの。犯罪じゃん。って思ってたけど、いろいろあって最後に痴漢と両思いになってハッピーエンドとか、とにかくありえなすぎてむしろ笑いがこみあげてきた。
肝心のエロシーンよりも、女優さんがパッケージほど若くなかったとか、「ぐへへ、ここは痴漢専用車両だぜ」という痴漢の台詞に噴き出しそうになったり、どっちかというとそういうくだらないことに気をとられてしまった。
「ま・・舞ちゃん。」
「ん?」
でもなっきぃはそうでもなったみたいで、熱いため息をつきながら、すごく潤んだ瞳を私に向けてきた。同性だけど、ちょっとドキッとした。
「ど、どうだった?」
間が持たなくなって、とりあえずそう聞いてみる。
「な・・・何か、よくわかんない、けど。想像してたのとは、違ったかも。」
「そうだね、舞もそう思う。」
「オ、オチもおかしかったし。キュフフ」
「だよねーあはは。」
「・・・・」
「・・・・」
沈黙。
別に、嘘の感想を言ったわけじゃないけど・・・お互いに、思ってることを上手く言えてないから、妙にぽわーっとした変な会話になっている。
「あ・・・、じゃ、じゃあ舞そろそろ帰るね。また明日!」
「あ、え、と、うん。ご、ごめんね何か。キュフフ・・」
何かきまずい雰囲気のまま、とりあえずその場はお別れすることにした。
帰りの電車に揺られながら、私はぼんやりとさっきのエロDVDのことを考えていた。
なっきぃ、ああいうの絶対怒ると思ったんだけどな。あんまりありえなすぎて、そんな感情も沸きあがらなかったのかなあ。
だって、あんな・・・・あれ?あれ?
さっきまでは笑いの対象にすらなっていたその内容を思い起こすたび、頭にピンクのもやもやがかかってきた。
吊り革に手を縛られて、変なことされてあんあん言ってる女優さんの顔が、千聖に変換されてしまう。
“舞さん、やめて。アンアン”
「なああ!」
その妄想を断ち切るために、私は大声をだして座席から立ち上がった。周りの人が何事かと視線を集めてくる。
恥ずかしい。まだ降りる駅は先だけど、とりあえずドアが開いたところでホームに下りた。
だめだ、それはだめだよ舞。千聖でそんなこと考えたら・・・
「ていうか私、痴漢目線かよ・・・・」
いろんな意味でぐったりして、私は人気のないベンチにもたれて天を仰いだ。
最終更新:2011年02月10日 08:06