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電車で家に向かう間、私はずっと千聖の手を握り締めていた。
私の手は冷たくて、千聖の手はあったかい。2人の体温が混ざる感じがして、ひそかに嬉しく思った。


「ん?」

ふいに、ほっぺたにくすぐったい感触。

千聖の方を向くと、うつむいて頭をコックリコックリさせている。

珍しいな。お嬢様になってから、千聖は基本的に乗り物の中で寝ないようになっていた。
移動中でも誰か起きていないと、不測の事態に備えられないでしょう?何て言ってたのに、よっぽど疲れているんだろうな。

前の千聖だったら、舞と2人で寝過ごしてケンカになってたかも。舞ちゃん起きてるって言ったじゃん!違うよ千聖が起きてる番でしょ!とかいって。そんなことを考えてると、ちょっとくすぐったいような気持ちになって、私は一人肩を竦めた。


私は一体、千聖のどこがこんなに好きなんだろう。


本人に打ち明けたことはないけれど、私は千聖がお嬢様化する前から、ずっとずっと千聖を独り占めしたいと思っていた。


明るくて元気でお調子者で泣き虫で遅刻魔で、太陽みたいな前の千聖が好き。
おしとやかで優しくてしっかりもので女の子らしい、陽だまりのような今の千聖も好き。


全然違う人間になってしまったというのに、私の恋心はまったく揺るがずに、千聖に囚われたままだ。こうして、今も、ずっと。


「変なの。」


千聖の頭にほっぺをくっつけながら、独り言をつぶやく。
そもそも、好きとか愛してるって、一体何なんだろう。どうして人は人を好きになるんだろう。幸せだと思ったら切なくなったり、こんなに心が乱されて苦しいのに、何で私は千聖しか見えないんだろう。


「ふふ」


いくら考えたって、答えは出ないってわかっているのに。まるで国語の教科書みたいな自分の思考が面白くて笑いがこみあげてくる。


――きっと、千聖もえりかちゃんに同じ気持ちを抱えているんだろうけど。それは本当に気に食わないんだけど。それでも、千聖は今は私のものだから。
誕生日サプライズを成功させて、千聖と仲直りもできた今、私は恐ろしく機嫌が良かったのだった。


まだ家に着くまで、20分ぐらいかかる。
千聖の言う“不測の事態”とやらに備えて、とりあえず目を開けておくことにした。




「ただいまー」
「おかえりなさい。いらっしゃい、千聖ちゃん。」

家に着くと、ママがニッコリ笑いながら玄関で待っていてくれた。

「お邪魔します、小母様。」
「あら、ご丁寧に。」


ププ、おばさまだって。昼ドラでしか聞いたことがないような言葉遣いに私は笑っちゃったけれど、ママはなんだか嬉しそうだ。


「今日はもうごはん食べてきたから。舞の部屋にいるね。」

そう言い残して、千聖と連れて部屋に入った。


「散らかっててごめんね。」
「いいえ、そんな。舞さん、あの、お話というのは・・・?」
「・・・あー、ちょっと待って。お茶入れてくるから。そこ、ベッドにでも座ってて。床はおしりが寒いでしょ。」


千聖の視線を避けるかのように、私はあわてて廊下に出た。

困ったな。2人きりになることを望んだのは自分なのに、いざこうしてそれが実現すると、こんなにも心が乱れてしまう。

大体、勢いで連れてきてしまったものの、私は何の話をしようとしてるのか自分でもわからない。

全部解決って、どうしたら解決したことになるんだろう。えりかちゃんと千聖の旅行を阻止できたら?・・・ううん、それは違うと思う。
そのことで千聖が傷ついて泣くようなことになるなら、どーぞどーぞと送り出してあげるほうがまだマシだ。
私はたしかにSだし千聖の泣き顔はとても大好きですけれど、それは心を傷つけて生み出されるものではなく(以下略)



ぐだぐだ考えながらリビングに入って、お盆にコップとお皿を並べる。

「ママ、麦茶もらうね。あとこのお菓子。千聖これ好きだから。」


結局、今日私は千聖と2人で過ごしたかっただけなのかもしれない。それならそれでいいんじゃないか。きっと千聖も笑って納得してくれる。楽しくおしゃべりして、バイバイしよう。


足でドア閉めないの!という注意を背中に受けながら、私は大急ぎで部屋に戻った。


「千聖ー。あれ・・・」


てっきり本でも読んでるのかと思ったら、千聖は私のベッドにパッタリと倒れこんでいた。
下半身は座った姿勢のまま、上だけ横たわって目を閉じている。


どうしたんだろう。さっきの電車の中でのことといい、相当疲労が溜まっているんだろうけれど・・・大丈夫かな。


「ちさとー。」
「んぅ・・・」


軽く揺すっても起きない。
まだそんなに遅い時間じゃないから、舞のベッドを少し貸してあげることにした。


「よいしょっと」

横向きの千聖の体をゴロリと転がして、腰から下もベッドの上に乗っける。少し力が強すぎたのか、千聖のちっちゃい体はぐるんと回ってうつぶせになった。ひらひら素材のワンピースがめくれて、オレンジのドット柄のパンツがチラリした。


「うわうわ」

あわててスカートを戻すも、目に焼きついた柔らかそうな内腿に心臓が高鳴る。


「千聖・・・」

また、あのビデオのことを考えているときみたいな気持ちになる。しかも今は妄想じゃなくて、本人が目の前にいる。顔を近づければ、柑橘系のシャンプーの匂いを感じることだってできる。


「んー・・・」


ずっとうつぶせで呼吸が苦しくなったのか、千聖は軽く唸りながら寝返りを打った。今度は仰向け。寝乱れた前髪の下で、長いまつげに縁取られた瞼は深く閉じられている。


呼吸で膨らんだり引っ込んだりするおなかを撫でて、無防備に投げ出された小さな手を握る。

私は何をやってるんだろう。

こんなの、どう考えても普通じゃない。自分でもあんなに言い聞かせていたのに。妄想と現実は違うんだって。でも、私の指は千聖を辿ることをやめてくれない。


「千聖。千聖・・・」

何度も名前を呼んで、顔を近づけていく。どうしよう、私は女で、千聖も女なのに。もう何がなんだかわからない。抑えられない。私は千聖の唇に、自分の唇をくっつけた。



千聖とキスすることは初めてじゃない。海で逃避行した時と同じ、唇をくっつけるだけの単純なキスだけど、私はやっぱりあの時みたいな幸せな気持ちになれた。

千聖の息が、唇を通して伝わってくる。幸せなのに泣きたい不思議な気持ちが湧き上がってきて、そのちっちゃい頭を自分の胸に押し付けた。


やっぱり、どうしても好きで仕方ない。私の千聖だと、胸を張って宣言したい。私はどんどん欲張りになっていく。



「んん」



むずかる声が心臓に直接響く。もう一回、キスしたい。できたらもう少し大人のやつを。私は千聖の頭に手を回して、再び顔を近づけた。



「千聖、スキ・・・」


そしてもう一回唇を重ねる寸前。

唐突に、千聖の目がパチッと開いた。



「え・・・・?舞ちゃん・・・?」



「・・・舞ちゃんっ、て。」


――違う。お嬢様じゃない。
私を見つめる、困惑の眼差し。軽く寄せられた眉と半開きの唇はヒクヒクしている。要するに、ドン引き顔。


「何、やってるの・・・」
「え、待って千聖。え、だってえりかちゃんがいないと元には戻ら」
「ううっわマジで!何で?舞ちゃんもなの!?やだやだもうありえない!」

何が舞ちゃん“も”なのかは知らないけれど、いきなり前のキャラに戻った千聖はぐいっと私を押しのけようとした。


「待ってってば!」


反射的に思いっきり腕を引くと、無理な体勢で暴れていた私たちは、一緒にベッドに倒れこんだ。


「うわっちょっと痛いよ!舞ちゃん!」

千聖の声は笑っていた。これでいつものふざけ合いに戻ると思ったんだろう。だけど、私の方がそうはいかなかった。

「千聖。」


寝転がる千聖の上に、私が重なっている。手は千聖の顔の横について、そんなつもりじゃないけれど、押し倒しているみたいな体勢になっていた。


「・・・舞、」



千聖の顔から、笑顔が消える。めったに見せない狼狽した顔で、私の視線から逃れるようにそっと目を伏せた。


なんで。


声にならなかったものの、千聖の唇がそう紡いだ。そんなの、舞にだってわからない。嫌なら怒ればいい。抵抗すればいい。
私の力じゃ本気の千聖をねじ伏せられないことぐらい、わかってるはずだ。


「千聖。千聖・・」


もうどうにでもなれ。自暴自棄になった私の目は、机の上の“ある物”を捕らえていた。



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