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一粒の星すら見えない程の深い夜闇。室内に灯された小さな蝋燭の仄かな明かりだけが、少女の青白い頬を照らしている。

今日も夕食は喉を通らなかった。元々食は細いほうだけれど、最近は食前のショコラしか口にしていない。この事を知ったら、両親はとても心配するだろう。また細くなった白い手首を見つめて、少女はため息をついた。

控えめな胸元を飾る煌びやかなネックレス。柔らかく肌を包む純白のナイトガウン。絢爛豪華な調度品に彩られた室内。

庶民にとってはため息の出そうなこの生活も、少女にとっては何の慰めにもならない。


私は、こんなものが欲しいわけじゃないのに。


一番手にしたいと願うものはいつも遥か遠くにあって、少女が手を伸ばしても到底つかめそうにない。次から次へと押し付けられる、綺麗で美しい宝石に囲まれて、身動きが取れなくなってしまった。


ふと、昔飼っていたカナリアを思い出した。
金色の檻の中で、大事に大事に育てていた一羽の鳥は、しかし結局少女に懐くことはないまま、ある日外の世界へと逃げ出してしまった。なぜか追う気にはなれず、その黄色い羽根が遠ざかっていくのを、眩しい気持ちで見送ったことを今でも覚えている。


私も、あの子と同じね・・・



呟く少女の声は誰にも届かず、一粒の涙が頬を滑り落ちた。

それは、胸元の宝石よりもずっと美しく、悲しいほどキラキラと輝いていた・・・・・



「なーんちゃって・・・ええ!?くまいちょー!?」
「イヒヒヒ・・って熊井ちゃんどうしたの?」

「うっ・・・うえええ何て可哀想な千聖お嬢様うわあああん」


私は食べかけのおにぎりを持ったまま、盛大に泣き声を上げた。


「ちょっと、冗談だよゆり。泣かないで?」
「冗談!?ぬ・・ぬわんでそんな冗談言うのー!ももー!うわーん!」
「だからごめんてばー!」

ももはポケットティッシュを取り出して、私の顔をポンポン叩いてくれた。



千聖お嬢様のことを、何でもいいから知りたい。


本日のもぉ軍団の秘密集会(ランチ)で、私はももと梨沙子にそう切り出してみた。それで、ももが冒頭の話をしてくれたわけだけれど・・・嘘だったのか!



「イヒヒヒ、大体さー、“青白い頬”とか“控えめな胸”ってとこで気づくでしょ!“食が細い”とかそれ岡井さんじゃないって!」
「そんなのわかんないよー!」

梨沙子は天然ちゃんのくせに、こういうももの冗談は結構すぐ見破る。
ももは口が上手い。こういう可哀想系の話に弱い私は、またいつものようにまんまとひっかかってしまったわけだ。

「ごめんごめん、くまいちょーがあんまり真剣にもぉの話を聞いてくれるからさ、調子に乗ってしまいましたぁ」
「ひどい!この前も“くまいちょー大変!今日から一ヶ月、学食で海老とトマトフェア開催だって!全部のメニューに海老とトマト入るんだって!”とか言って騙したし!私学食の人に文句言いに行って笑われたんだから!」


「あれ信じたの!?熊井ちゃんウケるー!」


最近はいつもこんな感じで、私はすっかりいじられキャラになっている。嫌じゃないけど、毎日泣いたり笑ったり慌てたり、振り回されっぱなしだ。


「・・・まあ、千聖のことだけどさ。くまいちょーが千聖の何を知りたいのかはよくわかんないけど、全然あんなシリアスヒロインタイプじゃないから。」
「結構岡井さんてはっきり言うときは言うよねー」
「スポーツ大好きだし」
「魔法使えるし」
「時代劇大好きで殺陣の真似したりするし」


「・・・うーん。」

2人が与えてくれた“本当の情報”に、私は首をひねった。

「何か、よくわかんない人なんだね。2人の話を聞いたらスッキリするかと思ったんだけどなあ。」

「・・・そもそも、熊井ちゃんはさ、何で岡井さんのことを知りたがってるの?」

何で?それは難しい質問だ。梨沙子はクリクリした目で、私の顔をじっと見ている。

「うーん・・・。別にこれといって理由はないけど、気になるものは気になるの。ほら、私千聖お嬢様のことばっか考えてて、こんなことしちゃった。」

そう言って私は、数学のノートをペラペラめくって二人に見せた。


「うわあ」
「げっ・・・」

2人は肩を寄せ合って、じりじりと私から遠ざかっていく。なんだよー、そんなにキモがることないじゃん!


岡井千聖 岡井千聖 岡井千聖 岡井千聖 岡井(以下略)


ノートの半ページを埋め尽くす、千聖お嬢様の名前。・・・よく考えると、たしかにキモイかもしれない。


「違うんだよーストーカーとかじゃないよ!気になる人がいるとつい書いちゃうの。単なる癖なの。ももと友達になりたかった時もこれやってたし」
「ひいいい勘弁してください!」
「もー逃げないでよふたりともー」


私とお嬢様は個人的な交流はないけど、ももの友達で梨沙子のクラスメートだし、何より超有名人だから、前から何かと気になる存在ではあった。ここまで考えるようになったのは、最近のことだけれど。



千聖お嬢様は、不思議な人だと思う。

初めてその姿を見たときは、まだ私が中2でお嬢様は中1の時だった。短い髪に丸いピンクのボンボンをつけてて、怯えてる犬みたいな顔をしていた。可愛らしいけれど、大人しくてすぐ泣いちゃいそう。そんなイメージを持った。

だけど千聖お嬢様は、それからその姿を目にするたびに、まるで別人みたいに毎回印象が変わった。


図書室で高いところにあった本を取ってあげた時の、照れくさそうなもじもじした笑顔の千聖お嬢様。
顔をくしゃくしゃにして、ももと明るく楽しそうに喋ってる千聖お嬢様。
渡り廊下で、超天才の萩原さんとキャーキャー言いながらはしゃいでる千聖お嬢様。
なかさきちゃんと自習室で勉強しながら、こっくりこっくり居眠りをして怒られてる千聖お嬢様。


そういう姿は、最初の大人しくて清楚で臆病そうなものとは全然違っていて、私は混乱した。と同時に、いつしか強い関心を持ち始めていた。


それで、授業中にお嬢様のことを考えていたら、無意識にこんなことをしていたわけだけれど・・・そんなに怖がることないじゃんか!



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