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「・・・・まあ、愛がそうしたいって言うなら、やってみなさい。」
「・・・あり、がと。」


夜、さっそく私は両親に、ここ数日間の出来事と、自分の今後についての希望を話した。
お父さんは、ダメだ。話を始めるとすぐに怒って、外出してしまった。でも、お母さんはちゃんと私の話を聞いてくれた。そして、意外なほどあっさりと、家を出て行くことを了承してくれた。


「ただし、完全に高校へ行かないというのはダメ。どうしても住み込みの仕事を頑張りたいっていうなら、今からでも入れる通信制の高校を探して、大学進学までしっかり勉強しなさい。愛は勉強出来るんだから、もったいないよ。お母さんもそういう高校、探しておくから。」
「わかった。でもさ・・・」
「お父さんのことは、大丈夫。お父さんもね、心配してるんだよ、愛のこと。」
「そうは思えないけど」


実際、私の両親――特に、お父さんへのモヤモヤした気持ちは、あの日以来、一向に拭えないでいた。あまりにも変わりすぎてしまった環境や親子関係は、きっと、以前のとおりに戻すことはもうできない。・・・まあ、元々そんなに良かったわけでもないんだけど。
それでも、私はなにも、両親との絶縁を望んでいるというわけではなく、むしろその逆で――


「愛。ごめんね」
「何が」
「今まで、ずいぶん無理をさせてきたでしょ。愛は期待されれば絶対に答えようって張り切っちゃうから、お母さんもお父さんも、愛には必要以上の努力を強いてきたと思う。」
「・・・そんなの、」

いまさら、と続けようとしたけれど、眉を顰めたお母さんの目は潤んでいて、それ以上何も言えなかった。というか、言ってはいけない気がした。


「愛がここに戻ってきたときには、居心地のいい家になっているように、お母さん達も頑張るから。」
「わかった。急な話でごめんね。手続きに必要な書類もらってきたから、サインとかお願い。明後日から働くことになってるから。それじゃ、おやすみなさい。」

リビングのドアを閉めた後も、まだ手が震えていた。長期戦を覚悟して、かなり緊張していたから、張り詰めていた神経がまだ完全には元の状態に戻っていないのだろう。

「ふふ」

無意識に、笑いがこぼれる。
あそこで心機一転働けることはもちろん、お母さんが私の心を少しでも理解してくれたのがうれしかった。
今なら認められる。別に、両親だけが悪かったわけじゃない。私はじゅうぶんわがままに育てられてきたし、そのせいで関係がおかしくなっていた部分もあるだろう。とにかく、これは冷静になるいい機会だと思う。


部屋に戻ると、ケータイがピカピカ光って、メール着信を知らせていた。
小ウインドウに表示されていたその名前は、つい最近登録したばかりの――


“ご両親とのお話し合い、お疲れ様です。早速ですが、明後日は8時30分にお屋敷に来ていただけますか?”



「・・・舞波さんってやっぱり、何か不思議な人だ。」


私は返事を打ちながら、独り言を漏らした。
妙に勘がいいって自分でも言ってたけど、話し合いの結果を聞く前から、もう出勤の話だなんて。
これがたとえば、雅からのメールとかだったら、単なるせっかちと思って“まだ結果言ってないしwあせりすぎだからww”とか茶化した返事をしていたかもしれない。でも、舞波さんの場合は何かそういうことじゃなくて、最初から結末が見通せているっていうか・・・

「千里眼?」

昔見た映画で、そんなのがあった気がする。すごい能力なのに、周りの人がそれを恐れて、誰も近づかなくなっちゃうみたいな。


「ま、別にいいか。」

送信ボタンを押して、ケータイを放り出す。だんだん眠くなってきた。


怪我してから動かないでダラダラしていたときは不眠気味だったけれど、ここ最近はしっかり活動していたから、ちゃんと体が機能し始めているみたいで嬉しい。
しばらくここには帰らないから、明日はゆっくり過ごそう。私は重くなってきた瞼に逆らわず、ゆっくり目を閉じた。


そして、初出勤の朝。

お母さんは車で送ると言ってくれたけれど、あえてそれは断った。けじめ?ってほどでもないけれど、お屋敷には自分の足で出向きたかった。
荷物は私服と音楽プレーヤーぐらいしかないから、小さいトランク1つで十分なぐらい。いざとなれば取りに戻れるぐらいの距離だし・・・生活必需品については、お屋敷で支給してくれるらしい。
あの会社で出してる、ちょっとお高めなヘアケアなんかも使えるのかな。なんて、緊張感のないわくわくが心に芽生えた。



バスに乗って、林道を抜けて、今日は無事に大きな門扉までたどり着くことが出来た。

「おはようございます、めぐさん」
「おはようございます」


いつものように、待っていてくれた舞波さんにお辞儀を返す。

「お嬢様は?」
「朝食を召し上がっています。着替えてから、挨拶に参りましょう。・・・緊張、してます?」
「えっ」

舞波さんが、優しく私の手を包み込んだ。ちょっとドキドキしている時の癖で、拳を作っていたみたいだ。

「大丈夫、です」
「初日ですから、あまり無理はしないで。体調が悪くなったら、すぐに言ってくださいね。では、着替えて業務の引継ぎに参りましょうか」
「はい」


淡々としてるけど、舞波さんの付かず離れずな優しさは気持ちいい。さくさく歩く後ろ姿を追いかけて、裏口からお屋敷の中へと足を踏み入れた。ここから、私の新しい生活が始まる。



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