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仕事に行く。
私の知らない千聖がみんなと楽しそうに話している。
前の千聖みたいに大口開けて笑ったりしないで、口元を押さえておしとやかに微笑んでいる。
千聖が私に気づく。
「おはようございます。舞さん。」
千聖の声だけど、千聖の声じゃない。
私の大好きだった千聖の声は、鼻にかかってふにふにしてるとても優しいものだったのに。
こんな上品ぶった挨拶なんか聞きたくなかった。
ちゃんと目が合ってたけど、バッチリ無視してやった。
「舞ちゃん、千聖がおはようって」
「愛理、栞菜おはよう。舞美ちゃんえりかちゃんなっきーおはよう。」
「・・・舞。」
さすがに舞美ちゃんの声のトーンが変わる。
でも私は注意されたら即言い返してやるつもりだった。
自分は悪くない、こんなイジメみたいなことをしなきゃいけないのは千聖のせいだ。
そう思っていないと、心がバラバラになってしまいそうだったから。
「舞ちゃん、私トイレ行きたくなってきちゃった。一緒に行こう?」
いきなり、なっきーがいつも通りの口調で話しかけてきた。
「うん。」
別にトイレなんて行きたくなかったけれど、重すぎる空気に耐えられそうになかった。
控え室のドアを閉める瞬間、千聖が顔を覆っているのが見えた。しかも舞美ちゃんが頭をなでている。
何で。泣きたいのは私なのに。舞美ちゃんは私のお姉ちゃんになってくれるって言ったのに。
私から本物の千聖を奪って、今度は大好きなメンバーまで取っちゃうつもりなの。
「舞ちゃん。」
私はよっぽど怖い顔をしていたみたいで、なっきーが少し強めに手を握ってくれた。
でも私はもう、返事をしたら涙があふれ出てしまいそうになっていたから、ただうつむいているしかなかった。
そうして手をつないだまま、私たちはしばらく黙って歩いた。
トイレなんてとっくに通り過ぎていたけど、お互いに何も言わなかった。
「・・・千聖に会いたい。」
突然、私の口から無意識にそんな言葉が出た。
「うん。」
「謝らなきゃいけないことがたくさんあるのに」
「千聖はちゃんといるじゃない。」
「違う。本物の千聖だよ。」
なっきーの顔を見上げると同時に、ついに涙がこぼれてしまった。
「舞ちゃん。」
なっきーは歩くのをやめて、人通りのない階段の脇に腰を下ろした。
「ごめんね、舞ちゃん。千聖のことばっかり心配して、舞ちゃんのこと助けてあげられなかった。
舞ちゃんだって辛いのにね。本当にごめんね。」
なっきーは眉間にシワを寄せて、声を震わせながらそう言ってくれた。
「私は舞ちゃんのこと絶対に責めたりしないから。・・・私も本当は元の千聖に戻って欲しいの。」
「そう、なの?」
なっきーは今の千聖とも普通に話をしていたから、そんな風には見えなかった。
「うん。それが千聖にとっても一番いいことだと思うし。だからね、私たちは千聖のためにできることを考えよう?
とりあえず、舞ちゃんは挨拶ぐらいは返してあげなきゃね。」
「・・・うん。わかった。」
「それじゃ、そろそろ戻ろうか。今日のレッスン始まっちゃう。」
なっきーは、何事もなかったような顔で立ち上がる。
「明日はちゃんと千聖に挨拶する。」
「明日?今日はしないの?」
「しないの。」
そこは譲らないんだ、となっきーは独特のキュフフって声で笑った。
まだ私の心は晴れていない。
でも、ちゃんとわかってくれる人がいた。
なっきーがこうして手をつないでいてくれるなら、もう少しだけがんばれそうな気がした。



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