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「引き止めて、って」
「・・・村上さん、少しは舞波さんからご事情を聞いていらっしゃるのでしょう?」

お嬢様の視線がティーカップの中に落ちて、長いまつげが揺れる。


「私がお聞きしたのは、舞波さんが私と同い年で、今は学校に行ってなくて、ここ一週間ぐらいこちらに滞在していて、もうあと一週間で出て行かれるっていうことだけ・・・・です」
「そう。」

さっきの話は、かなりデリケートなことのように感じたから、とりあえず伏せておいた。


「舞波ちゃんは、ここを出て、元いた場所に戻ると言っているの。でも、そんなことをする必要はないのに。どうして・・・あんな人たちの所に」
「お嬢様・・・・」
「舞波ちゃんはここにいれば幸せになれるわ。学校だって、千聖と同じところに通えばいいじゃない」


小さな肩を震わせながら、半ば独り言のように喋り続けるお嬢様の横顔は、中学生の女の子がしていいようなものじゃない・・・本気の怒りを感じさせる迫力があった。

「私は、舞波ちゃんを傷つける人は許さないわ」
「待って、それは変だよ」

その威圧感に少し圧倒されつつも、なぜか私の心にはよくわからない闘争心が芽生える。


「変?どうして?」
「だって、出て行くと決めたのは舞波さん本人なんでしょう?ここにいれば幸せかどうかは、舞波さん本人にしかわからないんじゃないですか?」
「それは・・・っ、村上さんは、舞波さんのご事情を知らないからそんな無責任なことを言えるのよ」
「無責任ですって!」


ヤバい。冷静にならなきゃと思う気持ちはあるものの、私の持ち前の闘争心が、お嬢様の生意気発言をねじ伏せようと本能を煽ってくる。


「だったらお嬢様、お聞かせください。その舞波さんの事情とやらを。それで納得できたなら、ご命令に従いますから。」
「それは・・・言えないわ。勝手に私が話すべきではないもの」
「じゃあ悪いけど相談には乗れません。肝心なことは話してくれないんじゃ、何が正しくてどうするべきなのか、判断できないもん。それこそ、“無責任”なんじゃないですか」
「でもっ・・・でもっ・・・、村上さんは、メイドなんだから、千聖の言うことを聞きなさい!命令よ!」
「勤務時間外はメイドとして扱わないって言ったのはそっちでしょう!?自分の発言には責任を持ったらどうです!」
「何ですって!村上さんの意地悪!」
「意地悪で結構!私は譲れないとこは絶対譲らないんです!」


頭の中に“解雇”“謝罪賠償請求”などの単語が浮かんでいるけど、その程度じゃ私の口を止めることはできない。悪い癖だとは自分でも思う。よくもまぁ、今までの人生で、大きなトラブルがなくやってこれたものだ。



「・・・・ちょっと、何してるの」



その時、いきなり後ろから、妙に冷めた第三の声が響いた。

「・・・舞」


お嬢様の目線を辿ると、そこには腰に手を当てた女の子が立っていた。大きな目が、私だけを的確に捉えて威嚇してくる。負けじと睨み返して、私達の間に火花が散る。


「千聖。この人誰」
「今日から働くことになった、村上さんよ。」
「働く、って。メイドの口のききかたじゃなかったよ。どういう教育してるわけ?」


――どうやら、結構前から私達のやりとりを聞いていたらしい。だからって、指をさすな指を!


「・・・失礼しました。分をわきまえない発言でした。申し訳ございません。」

だけど、言ってることは正しいと思う。第三の人物の登場でクールダウンした私は、素直に頭を下げた。


「・・・お望みであれば、退職届を書いてきます。解雇処分なら、甘んじて受け入れます。」
「まぁ・・・・どうして?」
「ですから、お嬢様の気分を害するようなことを・・・」
「別に、不快な思いはしていないけれど。村上さんはご自分の意見を言っただけでしょう?千聖の意見と違うからって、解雇なんておかしいわ。」


お嬢様は目をパチパチさせながら、不思議そうに首を傾げた。・・・本当、大人なんだか子供なんだかよくわかんない。


「千聖、もう用事済んだ?テキスト持ってきたんだけど」
「あ・・・ごめんなさい、舞。わざわざありがとう。村上さん、ご紹介が遅れてしまったけれど、こちらは私のお友達の舞よ。舞、こちらはメイドの村上さん。」
「よろしくお願いします。」
「どうも・・・」


正確には、私にとってははじめましてじゃないけれど。お屋敷の塀の外から、大きなその目をギラギラ光らせていたのは記憶にあたらしい。

「舞はね、学年は1個下だけれど、とても優秀なの。千聖の勉強をみてくださるのよ」
「はぁ、そう、ですか」


もうお嬢様の癇癪は一旦収まったみたいだけれど、こっちの“舞さん”とやらは未だ仏頂面で私を睨みつけている。そりゃそうだ、友達の家の召使が、従属すべき相手に歯向かって、大声で怒鳴りあっていたらいい気はしないだろう。


「村上さん。帰りがけでかまわないから、料理長に、舞が夕食をご一緒することを伝えておいて。」
「はい、わかりました。」


そろそろ引き際なのかもしれない。私は素直にうなずいて、柔らかいソファから身を起こした。


「あ・・・それから」
「はい」

ドアを開ける一歩手前で、お嬢様がもう一度私を引き止めた。


「私、村上さんが協力してくださらないことを、了承したわけではないわよ。ちゃんと納得すれば、舞波ちゃんを説得してくださるのでしょう?」
「え・・・それはぁ・・・うーん」
「村上さんを味方につけるのは骨が折れそうだけれど、千聖はあきらめないわ。」
「はぁ・・・」

何、その無駄なポジティブ思考!私は基本的に物事の白黒は常にはっきりつけておきたい性格だけど、あんまりとんちんかんなことを言われると、対処に困ってしまう。まして、相手は天然だ。悪意や敵意がない分、自分の出方がよくわからない。


「お休み中にお呼び立てしてごめんなさいね。今日はもう結構よ」
「あ、は、はい。では、また明日」

私は未だドアの前に立ち尽くしている舞さんにも会釈して、横を通り過ぎようとした。


“――何よ、舞波さん舞波さん、って”


「えっ」


思わず振り向くと、またキツイ目つきで睨まれてしまった。どうやら私に聞かせようっていうつもりの独り言ではなかったらしい。


「千聖、今日は英語やろっか。」

だけど舞さんはそれっきり、何事もなかったかのように涼しい顔で、部屋の奥へと足を進めていった。・・・何だろうな、いろんな思惑が入り乱れていて、これは思いのほかやっかいな自体に巻き込まれてしまったのかもしれない。



「おかえりなさい、めぐさん。」
「あ・・・ただいま」


部屋に戻ると、簡易テーブルで読書をしていた舞波さんが、かわいらしい八重歯を見せて微笑んだ。


「お嬢様、エキサイトしてたでしょう」
「あぁ、いや、別に・・」
「ごめんなさいね、めぐさんをおかしな立場に立たせてしまって」


やっぱり、この人には隠し事というか、物事をうやむやにしておくことはできないらしい。私は否定も肯定もしなかったけれど、その様子で、大体のことを察してしまったみたいだ。
だったらもう、この話を突き詰めていくしかない。どちらの味方になるつもりもないけれど、このまま中途半端に関わって、放置されるのも面白くはないから。


「もう、出て行くことは、舞波さんの中では揺ぎ無い決定事項なんでしょうか」
「・・・そうですね。よく考えて、決めたことですから」


その返答はあくまで淡々として柔らかい口調だったけれど、同時に、誰の意思も寄せ付けないような強さも感じた。お嬢様のように感情をダイレクトに表してくれるようなタイプではない分、舞波さんの言葉は重い。


「・・・・さっきの話の続きを、してもいいですか?」


私が押し黙っていると、舞波さんはふふ、と笑って体を近づけてきた。


「宇宙人っていうのは、学校に行ってたときのあだななんです。」
「あだなって・・・」
「前にも話したとおり、私は妙に勘が良かったり、人の言葉の裏が読めてしまったり、・・・あとは、そうですね、失くし物がどこにあるのかわかったり、そういうおかしな力があるんです。オカルトみたいな話なんですけど」
「いや・・・信じます。っていうか、実際私があの女子校を訪ねたのも当ててたし」

この短い付き合いの中でも、舞波さんは見栄を張ったり嘘をつくタイプじゃないのはよくわかった。それだけ誠実で、実直な人の言葉を信じられないわけがない。


「昔から私はかなりの人見知りで、なかなか友達ができなかったんです。でも、小学生の時、偶然この能力を、同級生の前で披露することがあって。
たしか、失くした消しゴムを見つけてあげたんだったかな・・・。で、“神様”なんて呼ばれるようになって、いきなり人気者になっちゃった。今までは仲間に入れなかった、休み時間の鬼ごっことか、ドッヂボールのグループに入れてもらえたり。・・・それで、調子に乗ってしまった。
私は確かにそういう不思議な能力があるけれど、漫画やドラマみたいに、百発百中というわけではないんです。当たることもある、ぐらいで。」
「・・・つまり、逆に言えば、当たらない時は当たらない。」
「そうです」


舞波さんはあいかわらず微笑して話を続けているというのに、私は変な汗をかいて、そわそわしていた。そんな私を気遣うように、舞波さんは、緊張で固く握られた私の手を包んでくれた。


「そのうち、顔も知らない違うクラスの子や上級生からも、物探しの依頼が来るようになってしまったんですけれど、こういうのって神様が見てるんでしょうね。段々と外れる回数が増えていって。
だんだんと、私が人の物を隠して、それを超能力で見つけたようにインチキしているんじゃないかという噂が流れました。」
「舞波さん・・」
「それでも、みんな表面上は仲良くしてくれる。でも、私はその笑顔の裏が見えてしまう。それがどうしようもなく辛かった。
今までのように自然に友達と接することができなくなって、神様だった私は、いつのまにか陰では宇宙人とか変人って呼ばれるようになっていました。
靴を隠されたり、グループ分けで仲間はずれというのもあったなぁ。ちょっとあれは辛かった。
こんなことになるなら、人見知りの頃のまま、ずっと一人ぼっちでいれば良かった。そしたら、誰も私の能力で混乱したり、嫌な気持ちになることはなかったのに」


「待ってよ、何で舞波さんが悪いみたいな話になるわけ」


黙って最後まで聞くつもりだったのに、私はたまらなくなって、ついに口を挟んだ。


「神様とか変な扱いをしたのは、周りの人たちでしょ?そんなふうに勝手に盛り上がって、自分たちの思うとおりの力じゃなかったら今度は勝手に失望して。」
「でも、私がのぼせ上がっていたのは事実ですから」
「仮にそうだとしても、それが人を傷つけていい理由になんてならない。何だ、陰口って。言いたいことがあるなら直接言うべきでしょ。ばっかみたい」


顔も知らない、これから知り合うこともないであろう人たちへの怒りが沸々とわいて来る。
私は短気だし、この性格が災いして人とぶつかることもしょっちゅうある。だけど、イジメや仲間はずれだけは絶対にしない。気に入らないことがあれば本人に言うし、戦う必要があるなら一人で向かっていく。謝るべきと判断したら謝る。それでいいじゃないか。

――まあ、言ってるほどのことを実行できてるかはわからないけれど。雅のことだって、結局傷つけたまま宙ぶらりんになってしまってるし。


「うふふ。もう、私なんかのことで、そんなに怒らなくていいんですよ。本当、めぐさんとお嬢様は似ていらっしゃる。お嬢様にもこのお話をしたとき、とても怖い顔をしてた。」
「・・・お嬢様は、“舞波ちゃんは、あんな人たちの所に戻ることはないのに”と言っていました。何のことだかわからなかったけれど、イジメのことだったんですね」

私がそう切り出すと、舞波さんはふと笑顔を引っ込めて、真剣な表情に戻った。

「私は、今でもあれをイジメだとは思っていません。」
「どうして?」
「そんな風に思ったら、少しでも仲良くしてくれたクラスメートに失礼だから。原因が私にある以上、一方的な被害者のようには振舞えません。」
「でも・・・」
「結局私は、また一人になることを選びました。誰とも話さず、目立たずに生活していれば、誰にも迷惑がかからないから。
なのに、一度でも友達と過ごす時間を知ってしまったら、もうその楽しかった感覚からは逃れられなくなってしまうんですね。
休み時間、自分の後ろの席で盛り上がる声を聞くのが辛くて。お昼の時間、一人で給食を食べるのが悲しくて。
私は少しずつ、自分が誰で、どういう性格で、これからどうするべきなのか。そういうことがよくわからなくなっていきました。そして、ついに学校に行くことすらできなくなった。
その日から小学校はもちろん、地元の公立中学校にも、結局一度も行っていません。・・・これが、私が学校へ行っていない理由です。」



舞波さんはゆっくり目を閉じて、深いため息をついた。だけどその顔は沈んではいなかった。むしろ、大きなことをやりとげた後のような、すがすがしい達成感に満ちた表情にすら見える。


「ごめんなさいね、つまらない話をしてしまって」
「・・・いや、むしろつまらなくなさすぎて、何にも言えないんですけど」


舞波さんは強い。人を恨んだり憎んだりする気持ちを、全て自己責任のように処理してしまっている。だけど、傷ついた自分を赦して癒すことのできない弱い人でもある気がした。



「不登校になって、しばらくの間はずっと家にいました。両親は“舞波のペースでがんばればいい”と言ってくれたから、勉強したりボーッとしたり。そんな感じで過ごしていたんですけど」




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