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ずっと話し込んでいたら、さすがに夜風で部屋が冷たくなってきた。舞波さんはクシュンと小さなくしゃみを1つすると、チェストからブランケットを引きずり出して、2人の足を隠すように広げてくれた。どうやら、まだ話は続くらしい。


「少し前に、お嬢・・・千聖のお父様の大きなお祝い事があって、それまで全く関わりのなかったうちの家族も、招待されたんです。
私はこんな状態だし、両親だけ行く予定だったけど、是非出席をとお願いされてしまって。そこで、初めて千聖と出会いました。」



*****************

“「舞波ちゃん、勉強はどう?」
「忙しい時期でしょう?友達はできたの?」


某高級ホテルの、結婚式でしか使われないような庭園レストラン。
硬直するお母さんの手をテーブルの下で握りながら、私は目の前のご婦人に、学校には行っていないんです、返事をした。この人、誰だっけ。・・・父方の叔母さんの小母さん、だったかな。
さっきお母さんが、私が学校に行っていないっていう説明をしていたはずだけど・・・それでも私に、直接聞かなければ気が済まなかったのかな。変な人。

「まあ、可哀想。うちの姪子はね、舞波ちゃんと同い年で、おかげさまで進学校に合格して、今日は部活で忙しいから来れなかったけれど・・・あぁ、ごめんなさい。こんな話、辛いわよね?」
「いえ、別に。お気になさらないでください。」

私のリアクションが予想と違ったのか、その人はあからさまにつまらなそうな顔をして、目の前のテリーヌに乱暴にフォークを刺した。


やっぱり、来ないほうが良かったのかな。

自分が何を言われても別に大丈夫だけれど、お母さんやお父さんが辛そうなのは嫌だと思う。どうして私がこの宴に呼ばれたのかよくわからないし、気持ち悪くなったとか適当な理由をつけて、そろそろ退席する準備をしようかな。
せっかく東京に出てきたのだから、こんなところでモヤモヤしていないで、両親と観光に行った方がよっぽど楽しそうだ。


「ご歓談中、失礼いたします。石村舞波さんでいらっしゃいますか」


「あ、はい。」

そんなことを考えていると、ふいに後ろから声をかけられた。黒いスーツにリボンタイの初老男性――今日はあちらこちらで同じ服装の人を見かけるから、執事さんだろうか――が、振り向いた私に一礼して、スッと青い封筒を差し出してきた。


「千聖お嬢様から、こちらをお預かりして参りました。」
「私に?」
「出来れば、早めに目を通していただきたいとのことです」
「はぁ・・・」


私は横目で、上座に陣取る家族の方を伺い見た。

本日の主役である、精悍な顔立ちで存在感のある凛々しい旦那様。
次々挨拶に訪れる客人に、愛想良く対応する美しい奥様。傍らの揺り籠では、赤ちゃんが眠っている。
そして、その隣に座っているのが、この手紙の差出人である、千聖お嬢様だった。

男の子みたいに短くそろえられた髪。旦那様譲りの小麦色の肌。中学2年生と聞いていたけれど、それよりもずいぶん幼く見える。
せわしなくキョロキョロ動くビー玉みたいな目が可愛くてジッと見つめていると、思いっきり視線がぶつかってしまった。


「あっ」
「あっ」


かなり席は離れているけれど、同時ぐらいにお互い息を呑んだのがなんとなくわかった。


「舞波?」
「ちょっと、外出てくるね。」

私が席を立つと、視界の隅っこで、千聖お嬢様も慌てて立ち上がったのが見えた。ジュースでもこぼしちゃったのか、軽い悲鳴と奥様の叱咤の声が聞こえる。

その声を背に、一足先に私は中庭へと足を運んだ。
美しい草花に囲まれたベンチで目を閉じてぼんやりしていたら、さっきまでの少し沈んでいた気持ちが落ち着いてきた。

そろそろ、来るかな?

なんとなくそう思って、目を開けて姿勢を正した。


ジャストタイミングだ。数秒遅れて、蔦の絡まる柱の陰から、千聖お嬢様がよたよたと歩いてきた。慣れないミュールのヒールが憎らしいのか、困った顔で何度も踵と地面を見比べている。


「千聖お嬢様、こんにちは。はじめまして」
「きゃっ!」

いきなり声をかけたから、驚かせてしまったらしい。小柄な体が派手によろける。
私はベンチから離れて、よろけた千聖お嬢様を受け止めるように手を差し伸べた。


「あ・・・」

一瞬、触れた肩が強張った。そっか、触られるのは苦手なのかな。あまり気を使わせないよう、なるべく自然に手を離して、「大丈夫ですか?」と声をかけた。



「えと、はい、大丈夫です。支えてくださって、ありがとうございます。」

緊張しぃなのか、お嬢様はほっぺたを赤くして、若干モゴモゴした口調になっていた。


「あの、舞波さん。ありがとうございます。」
「え?」
「だって、お手紙、すぐに読んでくださったのでしょう?だからここに・・・・」


そう話しだしたお嬢様は、私の手元に視線を移すと、不思議そうな顔をした。

「あら・・?読んでいらっしゃらないの?でも、それならどうして?」

しまった。もらった手紙を持ったままにしていたから、シールでしっかり封をした、開けられた形跡のない封筒が、お嬢様の目にとまってしまった。

執事さんに聞きましたとか、言い訳できなくもなかったけれど、なんとなくこのお嬢様には嘘をつきたくなかった。・・・というより、話してもいい、となぜか思えた。自分の、特殊な能力のことを。


「お嬢様。話半分で聞いていただきたいのですが、実は私・・・」





「・・・そう、だったの。とても勘がすぐれているのね。だから、千聖のお手紙の内容が、読まなくてもなんとなくわかってしまった」

丁度話の区切りがついたところで、お嬢様は微笑した。
ライトイエローのドレスから伸びるお嬢様の小麦色の足が、庭園の土を軽く蹴って、二人乗りのブランコが緩やかに動く。

「驚いたわ。お呼び出しした場所までわかるなんて」
「なんとなく、ですけど。イメージが沸いてくるんです。」

驚いたとはいうものの、私の能力の話を聞いても、お嬢様は特別大きなリアクションは起こさなかった。最初は両親でさえ軽くパニックを起こしたというのに、この反応は新鮮だった。


「まるで、魔法使いのようね。千聖のクラスにも、魔法に憧れている方がいるのよ。あんまり話したことがないけれど・・・きっと、すぎゃ・・彼女が聞いたら、うらやましがるわね。」
「でも、百発百中ではないんですよ。外れれば人に迷惑をかけるし、あんまりお見せするものではなかったですね。すみません、不注意でした。」


私が頭を下げると、千聖お嬢様は不思議そうな顔をした。


「どうして?失敗は誰にでもあることでしょう。千聖も走るのがとても得意だけれど、転んでビリになってしまうこともあるわ。舞波さんもせっかく素敵な力をお持ちなのだから、失敗を恐れることはないと思うけれど・・・
きっとその能力は、人を笑顔にする素敵なものなのではないかしら。・・・舞波さん?どうなさったの?」
「いえ、あの・・・」

あまりにも予想外なお嬢様の言葉が心に刺さって、私は身動きが取れなくなってしまった。ここ数年、淡々と、心を揺さぶられることなく生きてきた私にとって、リハビリもなにもかもすっ飛ばしたいきなりの激情だった。


「舞波さん?」
「あ・・・すみません、何かそんな風に言ってもらえるなんて、びっくりして、目から鱗っていうかっ」


何とか場をつなごうとして口を開くと、昂ぶっていた神経がそうさせたのか、いきなり涙があふれた。


「ごめ、ちょっと、すいません、私ったら」
「まあ。舞波さんたら、目から鱗じゃなくて涙が零れてしまったのね」

私の目じりを、お嬢様が優しくハンカチで拭いてくれる。バニラのいい香りがした。


「あのね、舞波さん。今日ここに舞波さんを強引にお誘いしたのは、私なの。」
「どうして・・・?」
「わからないわ。お父様から、遠縁の親戚で年の近い方がいるって聞いたときに、なぜか無性に会いたくなったの。きっと、素敵なお友達になってくださるような気がして。これは、きっと千聖の超能力ね。舞波さんに出会えてよかった」

お嬢様はそう言って、ウフフと笑った。


「よかったら、これから千聖のおうちに遊びに来ない?ここから近いの。車で10分ぐらいよ。せっかくお友達になれたのだから、もっと千聖のことを知って欲しいわ。」


「でも」
「お願い。ね、舞波さん?舞波さんのお父様とお母様にも、千聖からお願いしてみるから」
「ウフフ、わかりました。では、2人で交渉してみましょう。」
「本当?嬉しい。後で妹弟のことも紹介するわね。そうね、まずは、会場に戻りましょう。」


千聖お嬢様はパァッと明るい表情になって、勢いよくブランコを飛び降りた。

「もう、お嬢様ったら、ミュールで危ないですよ」
「大丈夫よ。早く行きましょう、・・・舞波、ちゃん」
「もう、そんなに急かさないでくださいって。・・・・千聖。」


一歩間違えれば大変な無礼にもなるけれど、きっと、これがお嬢様の望み。案の定、お嬢様・・千聖は少し目を丸くした後、目をくしゅっと細めて笑った。


「やっぱり、舞波ちゃんはすごいのね。千聖の自慢のお友達だわ。」


まるで羽でも生えているように、軽やかな足取りで、千聖は走る。その背中を見つめ追いかけながら、私は初めて、この能力を持って生まれてきたことに心から感謝した。



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