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「パーティーの後、千聖以外の家族・・・旦那様たちは、仕事が押しているとかで、ここには立ち寄らずにまた出張に出られてしまって。最初は日帰りのつもりでここに立ち寄ったんですが、結局こうして住まわせてもらって、今に至ります。
両親も驚いてはいましたが、ずっと家に引きこもっているよりは、環境を変えてみるのはいいかもしれないと賛成してくれて。何より、お嬢様からかなりの説得があったみたいなんですけれど」
「なるほど・・」
「長くなっちゃった。ごめんなさいね」


舞波さんは大きく伸びをすると、ブランケットから這い出して、「お茶、入れてきます」と部屋を出て行った。
手持ち無沙汰になった私は、とりあえずケータイを取り出して、いつのまにか地元の友達から来ていたとりとめのないメールに目を通した。
返事でも打とうかなと思ったけれど、あんまり気分が乗らない。あれだけ衝撃的な話を聞いた後、いきなりのほほんとした気持ちになるのは難しい。



「・・・ちっちゃいなぁ、私。」


ため息とともに、自分らしくもない独り言が漏れた。

イジメや不登校は、小・中学校の頃に、よそのクラスの話として聞いたことはあった。
だけど私はこういう性格だからターゲットにはならなかったし、不思議とそういうことが起こりにくい学級にいたから、ピンとこなかった。
正直、いじめられるのは立ち向かわないから、不登校は甘えてるからなんじゃないかって意識を持っていた。
でも、舞波さんのように、人を傷つけない代わりに自分を傷つけて、結果的に動けなくなってしまう人もいる。それを弱さとは呼べない気がする。
大体、みんながみんな私のような直情型の性格だったら、毎日血みどろのバトルでそれこそあっという間に学級崩壊になるだろう。

自分の境遇のことにしたってそうだ。
私はたしかに、大きな挫折を一気にいくつも味わって、どん底の気分を味わっていた。
でも、私にはこうしてつながりを切らないでいてくれる友達がたくさんいる。こじれているものの、何かあれば助けてもらえる距離に、両親がいる。
この仕事だって、自分で望んでお母さんも支援してくれた。・・・全然、恵まれてるじゃん。


「・・・お待たせ、めぐさん。ジャスミンティーでいいかな?」
「あ・・・ありがとう」


とりとめないことを延々考えていると、舞波さんがお盆を持って戻ってきた。


「今日はこの後、就寝までに予定あります?」
「えーと、特にはないですけど・・・」
「それじゃ、お茶飲んだらお風呂入りに行きませんか?メイドは共同浴場なんですけど、この時間なら貸切状態ですよ。」
「・・・そうですね。じゃあ、準備するんで」


直前にあんなヘビーな話をしていた人とは思えないような、とても落ち着いた振舞い。むしろ、私のほうが動揺しているみたいだ。



「お風呂の時、中学校の話とか聞かせてもらえますか?一度も通っていないから、部活の話とか授業の話も聞いてみたいです」
「もちろん。・・・舞波さんも、いろいろ教えてくださいね。胸がおっきくなる秘訣とか」
「やーだ、めぐさんたら。ウフフ」


――こんな話、してる場合じゃないと思うんだけどな。

目を合わせて笑いあいつつ、私は小骨がひっかかったような違和感をいつまでも拭い去れないでいた。


翌日。
朝食を取り終えた私は、まっすぐ3階のお嬢様のお部屋へ向かった。

「お嬢様、村上です。今、よろしいでしょうか。ちょっとお話が」
「あら・・・大丈夫よ、入って。」


昨日あれだけやりあった後だ。少しはしおらしいところを見せようと、鏡の前で練習した“貞淑で清楚なメイドスマイル”を浮かべつつ、そっとドアを開けた。


「おはようございます、村上さん。」
「あ、ど、どうも」

部屋の中には、お嬢様だけじゃなく、数日前に顔を合わせた舞美さんが一緒にいた。汗びっちょりな自分のことはさておいて、舞美さんはお嬢様の小さな頭をタオルで優しく撫でつけていた。


「ランニングに行ってきたのよ。楽しかったわ」
「村上さんも今度、一緒にどうですか?とかいってw」
「・・・いや、遠慮させていただきます。」


朝っぱらから好き好んで走るなんて、ちょっと考えられん。中学のテニス部の朝練でさえだれていた私をみくびらないでほしいものだ。
2人は会話は少ないものの、さわやかに微笑みあったりしていい感じだ。こんな和やかな空気の中に、今から自分が爆弾をぶちこむのかと思うと、少々気が滅入る。


「村上さん、それで、お話というのは?」
「あ・・はい、ええと」

今、話してもいいものか。舞美さんの方をチラッと伺うと、「あ、私は大丈夫ですよ。」なんて言われてしまった。いや、そうじゃなくて。

「昨日の、舞波さんの件かしら?でしたら、舞美さんもある程度はご存知だから平気よ」
「そう、ですか。」


どうやら、私が心を入れ替えて“協力します”と言うものだと思っているらしい。お嬢様はまったく曇りのない子犬みたいな瞳で、私の返答を待っているようだった。


「私なりに、よく考えて出した結論です。・・・・私は、舞波さんを引き止めることはできません。昨日、舞波さんとお話して、私はむしろ、舞波さんの決断を支持したいと。そう思っています」


瞳が見開かれて、信じられないものを見るかのような視線を私にぶつけてくる。

「どうして・・・」

掠れた声が、心に引っかかって痛い。だけど、ここでこの話を終わらせることはできないことぐらい、わかっている。


「私が、舞波さんのことを好きだからです。舞波さんとはまだほんの少ししか接していませんが、とても誠実で、優しい方だと感じました。お嬢様が舞波さんのことを、お傍に置いておきたいと願う気持ちもよくわかります。」

口を挟もうとするお嬢様をさえぎるように、私は夢中でしゃべった。舞美さんの手が、震えるお嬢様の肩に添えられた。


「そんな思いやりのある方が、大好きなお嬢様を置いて、ここを去られるというのは、生半可な覚悟ではないと思うんです。どうして出て行くのか、その理由まではわかりませんが・・・それでも私は、舞波さんを応援したいです。だからお嬢様も」
「もう、いいわ」
「聞いてください、お嬢様」
「やめて。わかったから。お願い、もうやめて」


それは昨日、私と激しくやりあった人物とは思えないほど、弱弱しくて儚い声で、私は思わず口ごもってしまった。



「あ、あの・・・な、なんか、飲みもみっものとか!持ってきいぃましょうか!」

押し黙ってしまった私達を気遣ってくれているのか、舞美さんが激しく噛みながら、この場に似つかわしくないようなテンションの高い声を出した。


「・・・舞美さん、ありがとう。私、大丈夫ですから。学校に遅れてしまうわ、寮にお戻りになって。」
「お嬢様・・・」
「ごめんなさい。一人にして」

お嬢様は抑揚のない声で独り言のようにそう呟くと、ふらふらした足取りで踵を返した。そのまま、胎児みたいな体勢でベッドに潜り込んで、もうピクリとも動かなかった。

――どうしよう、傷つけてしまった。
自分の言ったこと、考えたことが間違っているとは思わない。だけど、もっと他に、柔らかい言い方というものがあったかもしれない・・・

「村上さん」

どうしようもなくて立ち尽くす私を、舞美さんが目線で促した。対処方法がわからないから、ここはひとまず引き下がろう。

「失礼いたしました」
「・・・・」

そっとドアを閉めた瞬間、お嬢様のしゃくりあげるような声が聞こえた気がした。

「・・・あの、多分、大丈夫ですよ」
「え?」
「お嬢様、たまーにお部屋に閉じこもってしまうことがあるみたいですけど・・・気が済んだら元に戻りますから」

舞美さんは寮に、私はメイドルームに戻る途中、ずっと無言だった舞美さんは、唐突にそうしゃべりだした。

「そう、かな」
「何か、あの、あんまりくわしいお話の内容はわからなかったけど、村上さんの言ってることが変だとは思わなかったし。
舞波さんはいい人だから、お嬢様が寂しがるのはわかるけど・・・・私も、お嬢様のこと、好きなんだけどな。愛理や村上さんもいるし、一人ぼっちになるわけじゃないのにな」
「舞美さん・・うん、そうだよね。私も、それを伝えたかったんだけど、言いそびれてしまった。」
「難しいねぇ」

舞美さんは少し寂しそうに笑いながら、「じゃあ、私はここで」と軽く手を振って走っていった。さわやかで、迷いがないその姿勢に、私は勇気付けられて、少しだけ元気を取り戻すことができた。

もう一度、舞波さんとゆっくり話そう。
決意を新たに、私は前を向いて歩き出した。



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