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ほどなくして、後ろ歩きの熊井ちゃんが、首を傾げながら階段を数歩だけ下りてきた。

「あー、梨沙子だー」
「うわああ」


にっこり笑いかけてくる熊井ちゃんの顔を見て、私は大きくのけぞった。


シャープな目元にぶっといアイライン。顔中に散らばったキラキララメ。ムカデのように細く長くびっしり敷き詰められた付けまつげ。・・・緑の縞パン丸出しの青いチェックのスカート。何それ、怖い!


「あばばばばば」

さっき風紀委員長さんが言っていた「宝塚メイク」とやらは、これのことだったのか!通り過ぎる人がみんな熊井ちゃんを見て、気まずそうに視線を逸らしていた理由がやっとわかった。


「聞いてよー梨沙子ー。さっきなかさきちゃんにいじめられてー、」
「・・・っていうか、よくそれでチェック通ったね」
「なんかー、むかついて泣いたらなかさきちゃんも泣いたから通れた」


すみません、全然意味わかんない。でも、熊井ちゃんだからな、と思うとなぜか納得できてしまう。


「熊井ちゃん、イメチェン?」
「そうー。せっかく高等部になったんだし、大人っぽくしてみようと思って。どうかな?」


わかめちゃんスカートをひらりとはためかせて一回転する熊井ちゃん。それ、履いてる意味あるんですか。・・・ここが共学じゃなくてよかったと心底思った。


「・・・ちょっと、スカート短すぎない?熊井ちゃん足長いんだからさー、そんなにしなくても。あと、メイクもつけまとかいらなくない?それに・・・・」
「ぬゎんで梨沙子はなかさきちゃんと同じこというの!もー!」

とりあえず率直な意見を述べてみると、熊井ちゃんは鼻の穴を膨らませて怒り出した。


「や、だってさー、見えてるし!パンツ!メイクはあとで研究しなおせばいいとして、スカートだけは直したほうがいいって!絶対!折ってるんでしょ、それ?梨沙子も手伝うから今・・・」
「・・・切ったの」
「え?」
「スカート、短くていいやって思ったから。昨日はさみで切って、端っこミシンで縫ったのー。それ言ったら、なかさきちゃん腰抜かしてた。あははは」


な、何てことを!そこで得意げになるのか理由が心底わからない。あまり私の反応が芳しくないのが気に食わないのか、熊井ちゃんは顔をしかめた。


「もー、結局うちの気持ちをわかってくれるのは、千聖お嬢様だけなんだ!」
「え?岡井さん?何で?」


ちょっと意外な名前を耳にして、思わず突っ込もうとしたところで本鈴が鳴ってしまった。あんな格好でも生活態度は真面目な熊井ちゃんは、「あっやばい!梨沙子またあとでねー」と大慌てで階段を上がっていってしまった。


「なんなんだろー?」

何でまた、岡井さん?最近、熊井ちゃんが岡井さんに興味を持っていて、少し仲良くなったという話は聞いていたんだけれど・・・何と言っても岡井さんは超お嬢様だし、いつも常識的な服装しかしていない。あの熊井ちゃんの身なりを支持するとは思えないんだけどな。

首を捻りながら教室に入ると、学級委員の子がプリントを配っている最中だった。1限の現代文は自習になったらしい。いつもクラスで一緒にいるグループのみんなが、さっそく机をくっつけて分担作業に入っていた。


「梨沙子、おそーい。ねー、早く準備して一緒にやろうよ」


「んー、今日はちょっと・・・」

せっかく声をかけてもらったけれど、私はゴメンネと手を合わせて、窓際の席へ向かった。

「岡井さん」
「・・・」

頬杖をついて、窓の外を眺める横顔に声をかける。・・・返事がない。

「お・か・い・さん!」
「きゃっ!・・・あ、すぎゃさん。おはようございます」
「うん」


最近なんとなくわかったけど、岡井さんは考え事や集中力を使うことをしていると、まったく周りの音が耳に入らなくなるタイプのようだった。
それを、“お嬢様がすごく怒っている”って解釈して、勝手にビビッちゃう子も多い。で、どう接していいかわからなくて、変な気を使って、余計に孤立させてしまう、と。・・・そんなの、ちゃんと接してみれば誤解だってすぐわかるのに。


「古文、やらないの?」
「あ・・・そうですね、私ったら。外を見ていたら、夢中になってしまって」

私もその視線を辿ってみる。今日は愛理のクラスと、生徒会長さんやもものクラスが合同授業でフットサルをやっているみたいだ。
生徒会長さんはバシバシゴール決めててかっこいい。愛理はパス回しが上手。

「楽しそうだねー・・イヒヒ」
「ええ、本当・・・あらっ、ウフフ」

しばらくのんびり見ていたけれど、クネクネ走りでオウンゴールかましてチームメイトにキレられるももに、同時に吹き出してしまった。

「・・・一緒にやろうよ、プリント」
「え?」
「いいからいいから」

少し空気が和んだところで、私は有無を言わさず、自分の机を運んで岡井さんのとくっつけた。

「すぎゃさん、あの・・・」

岡井さんは、私の仲良しグループのみんなの方をチラッと見た。あちらもこっちを気にしていたみたいで、「梨沙子とお嬢様もお誘い・・・」なんて声が聞こえてくる。

「いいの、りぃのワガママだから。今日は2人でやりたい気分」
「千聖で、いいんですか?」
「嫌だったら誘うわけないじゃーん」

少し顔を赤くした岡井さんは、何か口の中でモゴモゴ呟いて微笑んだ。・・・可愛いじゃないですか。つられて自分の顔が赤くなるのを感じた。(舞ちゃんに見られたらぶっとばされそう・・・)

岡井さんはいつも、自習の時は一人でプリントを埋めている。もちろん他にもそういう子は何人もいるから、それほど気にしていなかったけれど・・こんな風に笑ってくれるなら、声かけてみてよかった。


「・・・そういえば」

分担を決めて、しばらく無言で問題を解いていると、ふいに岡井さんが顔を上げた。

「ん?」
「梨沙子さんは、大きな熊さんと親しくていらっしゃるのよね?」

「大き・・・イヒヒヒ、その呼び方!」



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