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大きい熊さんとかすぎゃさんとか、岡井さんはちょっと変わった呼び方をする。私の名前とか、本当にちゃんと覚えているのかぶっちゃけ疑わしい(スギヤさんだと思ってたりして)。


「で、熊井ちゃんがどうしたの?私確かに仲いいけど」
「いえ、あの・・・なんか、大きい熊さんは羨ましいなって、私」
「うらやましい?何が??」

別に熊井ちゃんがどうっていうわけじゃなくて、岡井さんみたいな超お嬢様が誰かをうらやむなんて、ちょっと意外な気がした。
だって、世の中の大体のものはお金で手に入るじゃない?魔女っ子志願の私が言うのも夢がないけど。それでも、望んでも手に入らないものって言うと・・・


「・・・身長?」
「ウフフ・・・そうね、それもうらやましいわ。でも、特に“これ”っていう限定ではないの。何だか、大きな熊さんという存在がうらやましくて」


――それはまた、スケールの大きな・・・。私は熊井ちゃんのほえーっとしたなんともいえないあの笑顔を頭に思い浮かべてみた。
熊井ちゃんは背が高いし、今日みたいなやりすぎメイクじゃなければかなり美人ちゃんだと思う。一見近寄りがたくも見えるけど、中身はあのとおりののんびりマイペースさんだから、後輩から結構人気がある。私の友達にもファンがいるぐらいだ。
岡井さんも、熊井ちゃんのファンなのかな?でもそれにしては落ち着いているし、さっき2人が廊下で喋っていたときものほほんとした空気だった。


「少し話が逸れるけれど・・・私ね、1年生に妹がいるの」
「うん、知ってるよ。有名だもんね」


ちょっと頭をめぐらせていると、岡井さんはまた喋りだした。この春、中等部に入学した妹ちゃんのことらしい。

岡井さんのおうちは複雑らしく、パパやママ、兄弟と離れて暮らしているのは愛理から聞いていた。で、中学生になる区切りとして、上の妹ちゃんもこっちで暮らす事になった、と。

新入生歓迎会では、もうすでにお取り巻きさんを従えていた岡井さんの妹ちゃん。顔は岡井さんに似てない事もないけど、言われなければ姉妹だって気づかないかもしれないぐらい。岡井さんが可愛らしい感じで、妹ちゃんは美人系だな、なんて思っていた。


結構気の強いタイプみたいで、なにやら岡井さんが言い負かされているのを見た事もある。仲が悪いっていうか、尻にしかれてるって感じだった。岡井さんとはキャラが全然違う、っていうのが私の印象。


「それでね、あの・・その、私、どうも、何ていうのかしら・・・姉として扱われていない気がして」
「イヒヒヒ。ちょっとわかるかも」
「ずっと一緒に暮らしていなかったから仕方ないのかもしれないけれど・・・しょっちゅう“お姉ちゃんって、子供!”なんて言われてしまうのよ。口げんかをしても、私が負かされてしまうし。」


岡井さんは口を尖らせて愚痴を言い始めた。何か、普通の中学生って感じで新鮮だ。


「舞も私のことを子供だって言うし、めぐ・・・うちのメイドにも言われるわ。だから、そんなに子供子供と言うなら、私ももっと大人っぽくならなきゃいけないと思って」
「思って?」
「今朝ね、少しだけお化粧をして、スカートを一段だけ折って履いてみたの。本当に、少しだけなのよ。・・・でも、寮の玄関ですぐになっきぃに見つかって怒られてしまったの。」


なっき・・・風紀委員長さんのことか。そういえば、寮に住んでいるって愛理が言ってたっけ。毎朝風紀チェックがあるんだよーなんて。


「でも今、メイクしてないじゃん」
「その場ですぐにクレンジングシートで顔を拭われたわ」
「ひぇー、委員長さんメイク落とし携帯してるんだ。超キビシーね!」
「そう、そうよね?なっきぃは厳しいわよね?もう、妹にはにやにや笑われるし、私悔しいわ!」


岡井さんは我が意を得たりといった感じに、興奮して声が大きくなっている。みんなの目が痛い。慌てて唇の前で指を立てると、若干乗り出し気味だった体を椅子に落ち着けて、“皆さん、失礼いたしました”なんてすました声で言った。


「あのね、千聖はなっきぃのことを嫌いなわけじゃないのよ。大好きなのよ」
「うん、わかるよ。仲良しなの知ってるもん」


「ウフフ、良かった。・・・でもね、なっきぃは心配性なの。だから、私がいつもと違うことをしようとすると、泣きそうな顔で止めるの。私はほんの少しだけ、大人っぽいことをしてみたいだけなのに。
それで今朝、少し不機嫌になっていたのだけれど・・・・たまたま校門で、なっきぃの服装検査を受ける大きな熊さんを見て、私は何ていうのかしら、とても感動したの。
とてもしっかりお化粧なさっていて、スカートも見た事がないぐらい短かったのに、堂々とお口をぱくぱくさせているなっきぃの横を通り抜けていったのよ。少し泣いていらしたみたいだけれど」
「えー・・・」

確かに、さっき熊井ちゃんが言っていた話と合致する。普通はドン引きするであろうその場面に感銘を受けるとは、岡井さんはやっぱり只者じゃない気がした。


「何も今日のことだけじゃなくて、大きな熊さんはいつも堂々としていらっしゃるわ。とても勇ましくて、まっすぐで、疚しい気持ちなんて少しも感じない。だからね、私、決めたの。私も熊さんみたいに、自分のしたいことを堂々とするわ。
だからさっそく、大きな熊さんを放課後千聖のおうちに誘ったの。いろいろ教えていただこうと思って」
「・・・・・・えええー!?」


熊井ちゃんと岡井さん、2人がびっくりメイクにわかめちゃんスカートで仲良く歩いているところを想像してしまった。泣き崩れる委員長さん。ぶちキレて無差別テロを行う舞ちゃん。「ギャルは萎えるかんな」となぞの言葉を発する有原さん。具体的に地獄絵図が予想できる。


「や、やめたほうがいいんじゃない」
「あら、どうして?」
「だってさ、熊井ちゃんはちょっと極端っていうかぁ」
「でも、千聖にとってはそういう流されないところも魅力的だわ」


岡井さんはもう私の忠告なんて耳に入らないみたいだ。放課後の事を考えているのか、ニコニコ笑って目を三日月の形にしている。


「さっき、大きな熊さんが読んでる雑誌もお借りしたのよ。後でじっくり拝見しないと」
「本気なの?岡井さん・・・」


熊井ちゃんが最近愛読している雑誌と言ったら、ものすごい髪を盛りまくったギャルが、ラインストーンのぎっしり敷き詰められたケータイをパカパカさせながら「パネェウチらのマジ恋トーク」とか言う座談会を開いているような、なかなかパンチの効いた代物だった気がする。


「ええ、もちろん本気よ。」

岡井さんは話すだけ話すともう満足したのか、またプリントを埋める作業に戻ってしまった。


――別に、私が一緒に変身プランを考えてあげてもよかったんだけどな。その方がもっと上手くいく気がするし。


まあ、そんなこと今更思っても、完全にそれを言い出すタイミングを逸してしまった。どうもまだ、岡井さんの性格は把握しきれていない。

とはいえ、今日の動向はかなり気になるところだ。心配半分、どんな悲惨な変身を遂げるのか邪な期待半分で、これはもう自習どころじゃない。


私はケータイを取り出すと、手早くメールを打った。

「あら、メール?」
「うん、ちょっとね。イヒヒヒ」


“今日、愛理の部屋に遊びに行っていい?”


よし、送信完了。


多分、断られることはないはず。放課後のほんのり悪趣味な楽しみが出来て、私は若干心がウキウキしてきたのだった。



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