「何、今の!?愛理・・・」

どうしたものかとオロオロしながら、愛理と生徒会長さんを交互に見比べる。不思議なことに、慌てる私とは対照的に、2人は落ち着いていた。

「うーん。今のはレベル2ってとこかな。とかいってw」
「あはは。様子見に行こうかぁ。梨沙子、待ってる?」
「え、や、行きます。一緒に連れてって」


ソファの横の扉を開けると、そこは緑の生い茂るお庭になっていた。
外国の公園にありそうなこげ茶色のベンチ。綺麗に手入れされた小さな池。白い箱型のブランコ。
今は私たち以外誰もいないから、静かで少し淋しい感じもするけれど、本来はきっと、にぎやかに楽しく過ごしている空間なんだろう。手作りっぽいラックにごちゃごちゃ詰め込まれた寮生さんたちの外遊び用の私物が、それを物語っているようだった。

いいなぁ、こんなところでお昼ごはんとか食べてみたい。寮に来たのは初めてだったから、こんな素敵な場所だったなんて全然知らなかった。私がイメージする、学生寮というものとは全然違っている。
森が生い茂っているからか、学校からそう離れてもいないのに、空気まで全然違う気がする。周辺の景観にボーッと見入っていると、いつのまにか愛理と生徒会長さんは、先に歩いていってしまっていた。

「待ってよぅ」

慌てて追いかけると、2人は奥の方にある、大きな扉の前で立ち止まった。


「あれ・・・風紀委員長さん?」


その扉にもたれかかるように座り込んでいたのは、今日何かとご縁のある、委員長さんだった。・・・予想通り、顔に落書きもとい面白メイクを半分だけ施されて。


「ギュフゥ・・・」

「あははは、なっきぃもやられたの?うけるー」
「みっ、みぃたん!?ゆゆゆゆりなちゃんめ、私のみぃたんにまでっ」


委員長さんは、背後の荘厳な門扉を悔しげにゴーンと叩いた。ということは、あの向こう側に岡井さんと熊井ちゃんがいる。つまり、岡井さんのお屋敷は、この向こう側にあるんだろう。多分。


「・・・さっき、ブランコで本読んでたら、いきなり友理奈ちゃんにはがいじめにされたの。何事かと思っていたら、両手いっぱいにコスメ持ったお嬢様が近づいてきて、いきなり私の顔をパレットにし始めて。
悲鳴上げたら2人して笑いながら逃げていくんだもの。まったく、どうせ友理奈ちゃんがお嬢様を唆したんだよ!私にはわかる!」


――す、すみません・・・・私は何一つ悪くないけど、何かすみません・・・。委員長さんの視界から極力外れるべく、愛理と生徒会長さんの後ろにこそっと身を潜める。


「あーそうだったんだぁ。私はね、ソファでうとうとしてたら2人が両隣に座ったのね。そんで“舞美さん、お化粧の練習をさせていただけるかしら”なんて言われて、寝起きで適当にうなずいてたら、いつのまにかこんなんなってたよ。あははは」

一方の生徒会長さんは、おかしなことになってるお顔のことなんて全然気にしてない様子で、紫色の唇をニッと広げてさわやかに笑う。


「あ・・・あの、熊井ちゃん、と岡井さんのこと・・怒らないんですか?」
「え?怒る?お嬢様にお友達ができて、楽しそうなのはいいことじゃない?」
「はぁ、そうですか・・・」
「よくないよくないよくない!みぃたんは騙されてるケロ!」


――委員長さんのおっしゃるとおり。普通そんな顔にされたら怒るだろ・・・なんて突っ込みを心の中で入れてみた。生徒会長さんもかなり天然(もも、愛理談)という話だから、いつもこんなほわほわ陽だまりみたいなペースなのかもしれない。
その生徒会長さんを、ちゃきちゃきしっかりものの風紀委員長兼生徒会副会長さんがしっかり支えていて、“今年の生徒会はバランスがいい”なんて先生たちが言ってる意味がなんとなくわかった。

「なっきぃ、怒りすぎだよー。こんなお化粧する機会なんてめったにないし、私は別に面白いからいいよ?」
「もー、みぃたんたらそんな暢気な事言って!友理奈ちゃんは危険なんだからねっ!千聖お嬢様の真っ白なキャンバスのような美しい心に、あの卑猥なししし縞パンのような模様をつけてしまうかもしれないの!
あぁ、お嬢様の輝かしい未来が縞パン模様に・・・・ありえない!早く止めないとお嬢様が非行に走ってしまうかも!ね、そうだよね、菅谷さん!?」
「へぇっ?あ、は、はい!そのとおりですね!」
「よかったーわかってくれて!菅谷さんはもぉ軍団の良心だよ、キュフフフ」
「はは・・・」


正直何を言ってるのかよくわからなかったけど、あまりの迫力に思わずうなずいてしまった。――ごめん、熊井ちゃん。ヘンタイ縞パン野郎みたいな扱いにしてしまって。私は長いものには巻かれる主義なんです・・・。


「とりあえず、みぃたんはそのメイクを落とす!」
「もったいないよー。せっかくお嬢様にやってもらったんだから今日一日・・・」
「もー、みぃたんたら!今からお嬢様を救出に行くんだから、そんな顔じゃ気合が入らないでしょうが!ね、そうだよね、菅谷さん!?」
「へぇっ?あ、は、はい!そのとおりですね!」
「よかったーわかって(以下略)」


まるでコントみたいな私たちのやりとりに、愛理は八重歯をのぞかせて「ケッケッケ」と笑っている。とくに言葉はないけれど、面白がっているのはよくわかる。――この後は愛理のお部屋でまったりおしゃべりの予定だったのに、どうしてこうなった・・・。


「そうと決まったら、さっそくお屋敷に行こう!囚われのお嬢様を救うの!」
「あ、あの、熊井ちゃんはそこまで悪い子じゃ・・・」
「ケッケッケ。ピーチサト姫とクマイッパ大王だね。そしてヨッシーならぬナッキー」


――全然うまくない。何かすごく語呂が悪いよ愛理!普段は失笑しちゃうそのオヤジギャグ(?)も、なぜか私の心に焦燥感を与える。


「そうと決まれば、さっそくお屋敷に・・・んぎゃ!」


そして、その大きな門扉に委員長さんが手をかけた時だった。同時に向こう側からも強い力がかかったらしく、扉が委員長さん側にグワッと押されて、その華奢な体が軽く吹っ飛んだ。

「わー!なっきぃ!」

幸い、運動神経抜群の生徒会長さんがサッと手を伸ばして抱きとめたから、塀に叩き付けられたりすることはなかった。

「キュフゥ・・・みぃたん・・」

何、委員長さんちょっとうっとりしてるし!何なのさ、委員長さんはしっかり者だと思ってたのに、この寮の人たちってば変わり者ばっかりじゃん!(愛理含)


「・・・ちょっと、舞美!!!いるんでしょ!」


そんなカオスな庭園に、あちらの扉から風紀委員長さんを押し出した張本人様が顔を出した。


「うひゃあ」

紺色のシックなワンピース。白いエプロンに、頭にはレースのカチューシャ。誰がどう見ても、一発でその人の職業がわかる、ベタなコスチュームだ。


「メイドさんって、本当にいるんだ・・・」

私の間抜けな独り言に、そのメイドさんは一瞬ギロリとこちらを見据えて、すぐに生徒会長さんのほうへ視線を戻した。何この人・・・怖いんですけど!メイドさんって、もっとふんわり優しいおしとやかな感じじゃないの?
大きな目をギラつかせているメイドさんは、怒りのオーラギンギンで竹箒を武器みたいに構えていた。絶対、戦闘民族だと思う。


「舞美!何なのあのビッグな痴女は!学園の子なんでしょ!?あの人千聖に何をするつもりなわけ!?千聖がどうしてもって言うから中に入れたけど、一体どうなってるの、舞美生徒会長でしょうが!いいの、あのスカートは!あれで!」
「えっ?え?よくわかんな・・・え?」

あばばばば、痴女って、痴女って!もう、熊井ちゃんなにやってんだ!

「そう!めぐもそう思うよね!お嬢様が感化されて制服をあの丈にしたら・・・」
「そんなの、絶対許さーん!!!千聖は私のなんだから!」
「違うよ、なっきぃのだし!」
「はぁ!?舞のだから!」


「何言ってんだー!誰がお嬢様の夜の恋人だと思ってるかんな!」
「かんちゃんは黙るケロ!」


いつの間にかめぐの後ろから現れた舞ちゃんと有原さんが、超自然にその不毛な論争に参加していた。


「あ、愛理ぃ・・・」
「ケッケッケ、寮ではよくあることだよ」


もともと口げんかや争いごとは苦手な私はもう涙目だったけど、愛理は楽しそうだった。・・・一瞬でも入寮の夢を見たのが馬鹿だった。毎日こんなんなるなんて、無理無理絶対無理!



「あのー・・・、お忙しいところもうしわけないんだけどぉ・・・」


岡井さんをめぐって一触即発みたくなっていると、さらにもう一人、門扉のとこから顔を出した。手をメガホンにしてみんなに呼びかけている。


「梅田先輩!」
「あれ?菅谷さんだ。こんにちはー。」


愛理の言うとおり、この光景が日常茶飯事というのは本当らしい。梅田先輩も淡々としている。


「あ、えり。どうしたの?」
「うん、お嬢様がね、お披露目したいことがあるから、みんなに集まって欲しいんだってさ。もうちょっと時間かかるけど、お屋敷でおやつでも食べて待っててって言ってたよー。菅谷さんも、一緒にどう?」
「はぁ・・・」



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最終更新:2013年11月23日 08:22