「よーし、お嬢様、もう一周勝負だー!」
「受けて立つわ!今度は絶対に負けませんからっ」
ちょっとー・・・まだ滑るわけ?
私は背後の手すりにもたれかかって、若干うんざりした視線を2人に向けた。
11:00。スケート場に来てから、すでに30分近く経っている。
バス乗り過ごし事件があったものの、なっきぃたちとの約束どおり、ロスタイムは+15分以内に収めることができた。
よっぽど楽しみにしていたのか、ロッカーでスケート靴に履き替えると、もう千聖は私のことなんて気にもせず、ものすごい勢いでリンクを滑り出してしまった。そして、そのまま放置プレイをくらっているというわけだ。
“あはははは!ここまでおいでー”
“舞美さんたら、お待ちになって!命令よ!”
何だよー、私と千聖のデートなのに。舞美ちゃんとお姉ちゃんは、お互い手加減無用で勝負できるのが楽しいらしく、さっきからジャンプ対決やスピード対決ですごく楽しそうだ。
舞美ちゃんはいつもどおり豪快で全力な滑りで、千聖はふわふわ優雅に進んでいるのに異様に早い。
綺麗なフォームですいすい滑る2人を、周りの人たちはものめずらしそうに見ている。そうだよ、私の自慢の彼女(誇張)とお姉ちゃんだもん。でも、さすがに
「・・・・つまらん。舞一人じゃん。バカ千聖にバカお姉ちゃんめ。」
舌打ちまじりにそんなことをいいつつ、2人を追いかけるようにヨロヨロ滑っていたら、いつのまにかサーッと周りから人が引いていた。・・・すみません、我慢の利かない性分なもので。
「舞」
すると、後ろからポンと肩を叩かれた。もう、やっとこっち来てくれた。本当は顔がとろけちゃうぐらい嬉しかったけれど、態度に出すのはなんか悔しいから、わざと仏頂面を作った。
「何?ずっと待ってて飽きちゃったんだけど」
口を尖らせて、拗ねた声で言ってみる。
「ごめんなさいね。久しぶりにスケートをしたから、楽しくて楽しくて。まだまだ滑り足りないくらい。」
少し赤くなったほっぺを緩めて、千聖は本当に嬉しそうに笑う。もう、そんな幸せそうな顔されたら怒れないじゃん。
「お姉ちゃんは?」
「ちょっとお休みになるそうよ。舞美さんたら、一面氷だっていうのに、たくさん汗をかかれていたわ。ウフフ」
「千聖は休まなくていいの?」
「ええ、まだまだ大丈夫。気分が高揚しているからかしら、全く疲れを感じないの。舞、よかったらお付き合いいただけないかしら?」
ニコニコ笑いながら、優雅に1回転ターン。もう、しょうがないなあ。やっぱり、この無邪気さにはかなわない。
「・・・だったら、舞に上手く滑れるコツ教えてよ。運動あんまり得意じゃないから、少しは上達しときたいし」
自分で言うのもなんだけど、私は人よりいろいろ“デキる”タイプだから、自分の苦手を人に教えるのがとても苦手。でも、千聖なら嫌じゃない。むしろ、私の得意なことも不得意なことも全部わかってほしい。
「上手に教えて差し上げられるかしら」
笑いながら差し出される手を、自分の方に引き寄せるようにして捕まえる。引っ付かれるのが嫌いな千聖も、こういう状況なら全然拒まないでくれる。正直、ちょっと優越感(主に栞菜に)。
「舞。氷の上ではね、刃を斜めにするといいわ。・・・舞?」
「ふふん」
千聖、独占。とか言ってw
「もう、そんなにくっついていたら、滑れるようにならないわよ、舞ったら」
「いいの、これで」
――お姉ちゃん、まだまだゆっくり休んでていいからね。なーんて、私は少々悪い子な願望を頭に思い浮かべた。
****裏デートツアー***
「なぁーにが、“正直、ちょっと優越感(特に栞菜)”だっ!オラァ!」
言ってない、言ってない。エスパー栞菜おそろしや。
「ねえ、ちょっと落ち着い・・・」
「あぁっお嬢様!舞ちゃんたらあんなにひっついて!許せないかんな!」
子供用スケートリンクを我が物顔で独占している栞菜は、スケート選手のように高速回転しながらくだをまいている。チビッ子たちはおびえている。
「まったく、心配して来てみたら、もう!舞美は何やってるの!本当に!」
一方、大きな大きな目をカッと見開いているめぐぅは、高く跳躍したと思ったら、空中でくるんくるんターンして優雅に着地してみせた。
「・・・めぐぅ、4回転半とか女子の身体能力超えてるから」
「知るかっ!あー、千聖ったら転びそうになって!もう見てられんわ!」
どうやら、目の前の大きいほうのスケートリンクで舞ちゃんとお嬢様がイチャイチャするたびに、二人のフィギュアスケート技が冴え渡っていくらしい。
栞菜なんてもう、肉眼で確認できないぐらいの超絶スピンを披露している。すごいけど、怖い。すごいけど、はずかしい。
“やっぱり舞美だけじゃ心配だから、お嬢様と舞ちゃんの一日を見届けたい”
栞菜の鼻息荒いその主張にめぐと二人で乗っかったはいいけど、正直、私と2人との間の温度差は激しかった。
この分じゃ、そのうち妨害しだすんじゃないの、この人たち。
「・・・デートを見守るって話じゃなかったのぉ・・・?」
私、梅田えりかのむなしい独り言は、当然のように2人の耳には届かず、冷たいスケートリンクに吸い込まれていった。
最終更新:2013年11月24日 08:59