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だけど、その後舞波さんとゆっくり話す機会は、なかなか訪れなかった。
ベテランのメイドさんが1人、風邪で休暇を取ったため、見習い中の私まで即戦力として扱われるほど、てんてこまいになってしまったから。
急遽作り直されたシフトでは、私が昼謹で舞波さんが夜勤。・・・私たちに課せられた仕事は、お嬢様の、専属のお世話。
といっても、舞波さんを説得するという件を私がばっさり断ったあの日から、お嬢様は「もう構わないで」と言い、めっきり部屋の外に出なくなってしまったから、実質他のメイドさんたちのお手伝いが主になっているけど。

お嬢様の部屋には専用のトイレもお風呂もあって、冷蔵庫には十分な食料の蓄えがあるから、別に閉じこもっていても大きな問題はないらしい(閉じこもってること自体問題だと思うけど・・・)
「よくあることだから気にしないで」と他のメイドさんたちは言うけど、引きこもってしまった原因の大本であろう張本人としては、気がかりで仕方ない。

「お嬢様、村上ですけど。少しお話をしませんか?
「・・・もう、いいの。千聖に構わないで」


ドアの外から声をかけても、覇気のない声で拒絶されるだけ。ワガママで小生意気だった数日前が嘘みたいだ。


「はぁ・・・」

ため息をつきながら、庭の掃除でもしようかと玄関に向かう。すると、寮との区切りになっている門扉のあたりから、何人かの話し声が聞こえてきた。


「・・舞美さん。と、愛理さん。」
「あー、メイドさん。こんにちは」

手を振る舞美さんにつられるように近づいていくと、二人の影に、もう1人いた。

「・・・どうも」
「・・・・こんにちは」


大きな目が印象的な、萩原さん。中学1年生。お嬢様のお友だち。・・・先日、私がお嬢様と激しくやりあってるのを目撃して、指差し付きで私を非難した気の強い子。舞美さんや愛理さんにはわからないだろう、ビミョーな空気が私たちの間を通り抜ける。


「・・・お嬢様、どうですか?」
「あいかわらず、お顔も見せてくださらなくて。舞波さんでも、お部屋の中に入る事はできないみたいです」
「そうですか・・・。舞ちゃんも、今は会いたくないって言われちゃったみたい。」
「別に、メイドさんにそんな話・・・」

萩原さんは、目が合う寸前、私の視線から逃れるように顔を横に向けた。

「私たちもなるべくお屋敷を訪れるようにしますから、もし何かあったらすぐに教えてください。これ、私と愛理のメアドなんで」
「あ・・・はい。それじゃ、あとでメールするんで・・・。では、仕事があるのでこのへんで」

舞美さんから受け取った紙をポケットに入れて、会釈と同時にお屋敷の中へと引き返した。
こんな状況でなかったら、仲良くなりたかった人からメアド教えてもらえたなんて、嬉しい事なのに。今後しばらく、主な連絡事項となるであろう、お嬢様の顔を思い浮かべたら心が沈んだ。

「・・・あれ、村上さん?お庭の掃除は?」
「今、寮の方たちが使っているんで、また後で。なんか仕事探してきます」

考えのまとまらないまま、足の赴くままに歩き続けた私は、気がつくとまた、3階奥――お嬢様の部屋、の前に来ていた。

うーん。そりゃ、今一番気がかりなのは、この部屋の中だけど。
何せさっき拒絶されたばっかりだし、いくら神経図太いと言われる私でも、さすがに1日に二度も拒まれるのは心臓に悪い。
かといって、今何か他の仕事をやったとしても、どうせ上の空でろくなことにならないような気もする。

(よーし・・・)

私はひとつ咳払いをすると、軽く拳を作ってドアをノックしようとした。・・・その時。

バタン!!

「うわっ」

向こう側からドアが開く大きな音とともに、体全体を強い風で吹き飛ばされるような感覚が走った。思いっきり走ってきたお嬢様のタックルをくらったと気づいたのは、お尻から床に叩きつけられた時だった。


「いたたた・・・」

よっぽど勢いがあったのか、反対側の壁に背中をぶつけた。一瞬呼吸が詰まる。

一方、お嬢様は、私に馬乗りになったまま微動だにしない。正直、お尻が痛いし乗っかられると重いんだけど、やっと数日ぶりに出てきてくれたところを、下手に刺激したくない。


“お嬢様は、スキンシップは好まれない方だから”

引継ぎの際、舞波さんがそう言ってたことを思い出す。
それじゃ、こんなにしがみついてくるのはかなりレアなことなのかもしれない。
どうしたもんかと思い、とりあえずかるーく背中を撫でてみる。薄手の部屋着の下で、心臓がものすごく早く律動しているのが手のひらに伝わってきた。

「お嬢様」

名前を呼んでみると、その小さな体全体がビクッと跳ねた。同時に、私の肩を掴む手に力が篭る。

「痛いよ、お嬢様」


宥めるように髪を撫でると、お嬢様はゆっくりと顔を上げた。・・・思ったとおり、顔中が涙に濡れて、ぐしゃぐしゃになってしまっている。


「何か、ありました?」

話しかけても、お嬢様は呆然とした顔で首を振るだけ。普通の泣きかたと全然違うのは、様子を見ていてわかる。正直、どうしたらいいのかわからなくて、私もパニックになりそうだった。


だけど、今のお嬢様がすがれるのは、私しかいない。そう思うことで何とか冷静さを保ちながら、私は極力優しい口調で問いかけた。


「大丈夫ですよ、お嬢様。私、あの、あんまり口は良くないほうですけど・・・秘密は守れるんで」


ヒックヒックとしゃくり上げる音を抑えるように、お嬢様は喉を押さえて、私の顔をジッと見た。ある意味天敵のようになっている私に、ここまで縋らなければならないなんて、一体・・・

「お嬢様?」
「っ・・・」

お嬢様の口から、動物が弱った時みたいな小さな声が漏れた。だけど、それは言葉にはならなくて・・・苦しそうに、苛立たしそうに、お嬢様は何度も私の胸を叩いてきた。

「いたた・・・落ち着いて、お嬢様。どうしたんです」

いつもは何かにつけ「命令よ!」とか言ってキーキー騒ぎ立てるお嬢様なのに、黙って涙を流し続けるお嬢様に、私は違和感を覚えた。

のどがヒクンと動く。口も結ばれてはいない。魚みたいに、パクパク開閉を繰り返している。なのに、言葉だけが・・



「まさか、お嬢様、声が・・・・」



******

「・・・お医者さん、何て?」

メイドの部屋に戻ってきた舞波さんを、私は強引に引っ張って自分の隣に座らせた。

あの後、さらに激しく嗚咽を繰り返すお嬢様を抱きしめ続けていると、いきなり舞波さんが現れた。驚きはしなかった。舞波さんの不思議な力のことは、もう疑う余地がなかったから。

きっと私より、舞波さんがついていたほうがいい。そう判断して、お嬢様を舞波さんに託し、私は主治医さんを呼びに行った。そして今、舞波さんがやっと戻ってきたというわけだ。
「器官に異常はないそうです。精神的な疲労が原因かもしれないって。あまり睡眠も取っていなかったようで、今はお部屋でお休みになっています」
「精神って・・・」

その原因はもうはっきりわかっている。なのに、舞波さんはやっぱりいつもどおりの顔をしていた。そのことが、私を無性に苛立たせた。


「舞波さん・・・もし、舞波さんがここを発たれる日までに、お嬢様の声が元に戻らなかったらどうする?それでも、出て行くんですか?」
「・・・ええ、そうですね」
「ちょっと、本気で言ってるの、それ」


自分から引き出した答えなのに、私はカッと頭が熱くなって、思わず舞波さんの肩を揺さぶった。


「あんなことになって、声も出せなくなるぐらい傷ついて、それでも舞波さんは何にも思わないの?いいじゃん、少しぐらい滞在期間延ばしたって。何が変わるっていうの?全然理解できない。このまま治らなくなったらどうするわけ?」



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