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怒りと興奮で、頭がクラクラする。ついこの前までは舞波さんを応援するような気持ちだったのに、我ながら感情的だなとは思うけれど、口が勝手にベラベラと言葉をつむいでいく。

「お嬢様が声出なくなっちゃったの、別に舞波さんのせいだなんて思ってないよ。でも、舞波さんが傍にいれば治るかもしれないでしょ。どうして一緒にいてあげないの?」
「・・・大丈夫です。あの症状はちゃんと治まりますから」
「それも、未来が見えてるっていうの?でも100%じゃないんでしょ?どうしてそんなにここを出て行くことにこだわるの?・・・舞波さん、冷たいよ」

舞波さんの声はあくまで冷静で、そのことが余計に私を苛立たせる。どうして私の方が焦っているのか、舞波さんは淡々としていられるのか、全然理解できなかった。


“旦那様が、明日戻られると・・・”
“主治医の診察の時間が・・・”


ドアの外で、他のメイドさんや執事さんが話している声が耳に入るけれど、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。まるで、このお屋敷には私たちしか存在していないかのように。

「めぐさん」

舞波さんの真っ黒な瞳は穏やかに光って、暗い室内の中でも、私をじっと見つめているのがはっきりわかった。



「私は、お嬢様の近くにいないほうがいいんです。」

しばらくして、舞波さんが発したその言葉に、私は心臓を突き刺されたような痛みを覚えた。


「・・・どういうこと」
「今のお嬢様は、私のことしか見えていないから。私がそばにいる限り、これから何度でも同じことが起きると思うんです。」


息が詰まって、返事ができない。私はその先に続くであろう言葉を、もう知っていた。


“私とばっかりいることで、みやびの世界が・・・”
「私の存在がお嬢様の世界が狭めてしまうから」

“私たち、いつまでも今のままじゃいられないんだよ”
「お嬢様だって、いつまでも、お屋敷から出ないわけにはいかないですし」

“私たち、もっと自立した上でまた・・・”
「一度離れてみて、お互いの生活基盤ができたら、また・・・」


「やめて!!」

私は怒鳴るように、大声で舞波さんの言葉を遮った。ぴたりと口をつぐんだ舞波さんの顔を、見ることはできなかった。目を合わせたら、私の心が砕けてしまいそうだったから。
私は乱暴に舞波さんの肩を離すと、ベッドから飛び降りた。


「・・めぐさん」

「・・・舞波さんは、お嬢様のためだって思ってるのかもしれないけど。そうやって勝手に決めちゃったことが間違ってたら、取り返しのつかないことになるんだから。」

そのまま、ドアを閉めて小走りに非常口へ向かう。ドアを開けて、鍵を閉めて。ズルズルと扉にもたれかかって、私はもう一歩も動けなくなってしまった。

「みやび・・・」

やっと、私は自分がみやびに投げつけた言葉の重さを理解した。さっき舞波さんにぶつけた言葉は、自分自身に投げつけたようなものだった。


「ごめん」

唇が震えた。

「ごめんね、みやび」


ずっと、口にするのを避けていた大好きな友達の名前。思い出すのは、くだらないことで一緒に笑いあっていた頃のみやび。隣にいられなくなったときから、心に開いたままの大きな穴に、強い風が吹き抜けていったように胸が痛んだ。

私は誰よりも舞波さんの気持ちがわかる。わかるからこそ、私と同じ過ちを繰り返してほしくなかった。あんな形で友達を失うのは、もう私一人でじゅうぶん。
舞波さんは、優しそうな外見のわりに、かなり頑固者なんだと思う。お嬢様が弱れば弱るほど、舞波さんはお嬢様を引き離して、袋小路に迷い込んでしまう。私にはそれが、手にとるようにわかる。


「でも、言い過ぎちゃったかな・・・」

あまりにも自分のことと重なるから、余計にもどかしくて、ついキツイことを言ってしまった。舞波さんがどれだけお嬢様のことを思っているのか、わかっていたのに。
実際、このまま舞波さんが残ったところで、お嬢様の声が元に戻るなんて保証はどこにもない。だけど私は、自分の過去の過ちを、舞波さんに払拭してほしかった。
突き放すんじゃなくて、寄り添うことが正しかったと教えられたかった。それを目の当たりにし、苦しむことが、みやびへの贖罪になると思っていたのかもしれない。また自分の勝手な思いで、人を傷つけてしまった。


「もー・・・なんで私ってこうなんだろう・・・」

新鮮な外の空気に晒されていると、少しずつ頭が落ち着いてくる。私がバカだったって、よく考えればわかる。何でもずけずけ言いたい放題言った後後悔するなんて、子供か私は。


「すー、はー。すー、はー。・・・よしっ」


何か言う前に、一歩立ち止まって考える。考えるのが間に合わなかったら、後でもいいから思い返す。大きく深呼吸。それで、悪いと思ったらすぐに謝る。

案外へこみやすい私のために、みやびが考えてくれた反省の手引きは、まだまだ有効だった。

地面にべったりへばりついていたおしりを上げて、気合を入れて体を起こす。

舞波さんに謝る。それが、今すぐにやらなきゃいけないことだと思う。
私と舞波さんは違う。どんなに似た状況にあったとしても、舞波さんには舞波さんのやりかたや考え方があるんだから、自分の正義を押し付けたりするのはよくない。


メイドルームの扉は、うっすら開いていた。・・・中から光は漏れていない。さっき2人でいた時より、日が落ちてもっと暗くなっているのに。

さほど広くない部屋の奥、満月の覗く出窓に、舞波さんは深く腰掛けていた。何となく声を掛けるのがためらわれて、私はその静かな横顔に見入った。



「・・・ね」

「え・・?」
ふいに、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声をキャッチしたような気がして、少しだけ足を進めた。

「・・・めんね・・・・」
「舞波さん・・」


「ごめんね、千聖・・・」



舞波さんは、泣いていた。表情も変えず、ただ静かに、ごめんねと繰り返しながら。

こういう悲しみ方もあるんだ、と初めて知った。


私のように、悲しみに怒りを乗せてぶつけるわけでもなく、お嬢様のように、打ちのめされて身体を損なってしまうわけでもなく、穏やかで、どこまでも深い悲壮。
私は言葉を失って、茫然と立ち尽くした。


「・・・めぐさん」

5分か、それとも1時間か。

時間の感覚も忘れて、月明かりの下の舞波さんを見つめていると、漸くその顔が、私の方に向けられた。
不思議なことに、もう涙は頬を伝っていなかった。いつもの舞波さんの顔。仄かに微笑みが浮かんでいるようにすらみえる。


「あ・・・あのね、さっき、あの・・・」

私らしくもない。口ごもったり言いよどんだりすることなんてめったにないのに、まるで心の中を見透かされているみたいで、心がざわついた。

「ごめんなさいね、さっき。言いにくいことを言わせてしまって」

ちょっと眉を寄せて、申し訳なさそうに頭を下げる舞波さん。私はあわてて首を横に振った。

「えっ!そんな、全然。謝らなければいけないのは私のほうだから。私本当、頭と口が直結してるってみや・・・友達にも言われてるぐらいで。だから、なんていうか、さっきのは別に嘘の気持ちじゃないけど・・・・とにかく、ごめんなさい!私・・・」

尚もベラベラと喋り続けていると、胸の辺りで柔らかい感触がぶつかった。

「うわっわっ」

舞波さんが、抱きついてきていた。あんまりこういう愛情表現を受けたことがない私は、手の置き場に困って、舞波さんの腰のあたりで両手をぎこちなく組んだ。付き合いたてのカップルか。

「私、ちゃんと千聖お嬢様のこと、好きです」
「うん、わかりました。その言葉が聞けてよかったです」


舞波さんが出て行くまで、あと3日。結局、ここに残るとは言ってくれなかったけれど、私の心は少し軽くなった。



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